不顕性誤嚥の評価とスクリーニング手順

栄養・嚥下
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不顕性誤嚥とは?読み方と誤嚥性肺炎との違い

不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)は、むせなどの症状が目立たないまま少量の唾液や水分・食物が気道へ流れ込む状態を指します。自覚症状に乏しく評価を行わないと見分け方が難しいため、本稿では RSST → MWST → 咳テストを 10 分のスクリーニングセットにまとめ、禁忌・中止基準や判定アルゴリズム、記録テンプレまで 1 ページに集約します。PT/OT/ST の初学者でも明日から導入できる実践版です。

不顕性肺炎は画像や血液検査で初めて気づかれる「目立ちにくい肺炎」を指し、誤嚥性肺炎は誤嚥を原因とする肺炎全体の診断名です。不顕性誤嚥はその前段階の「隠れた誤嚥」と捉えると、不顕性誤嚥の評価やスクリーニングの意義がイメージしやすくなります。

不顕性誤嚥の評価対象と見分け方のゴール

評価対象は、嚥下障害が疑われる成人(入院/在宅)です。特に「むせが少ないのに肺炎を繰り返す」「湿性咳嗽や痰が長引く」「食後に SpO2 の低下や微熱が続く」といったケースでは、不顕性誤嚥の見分け方としてベッドサイドでのスクリーニングが重要になります。

本プロトコルの到達目標は、① 10 分での安全な不顕性誤嚥スクリーニング完遂、② 陽性時の初期対応(口腔ケア・体位・食形態・モニタリング)、③ VFSS/FEES への適切なトリアージ、の 3 点です。各テストの詳細な評価方法は専門記事や院内マニュアルに委ね、本稿では「組み合わせ方」と「判定フロー」に焦点を当てます。

不顕性誤嚥スクリーニング:10 分アルゴリズム

RSST・MWST・咳テストを組み合わせて、不顕性誤嚥を 10 分でスクリーニングするためのアルゴリズムです。各テストは単独では偽陰性・偽陽性を取りこぼすため、複数の所見を束ねて総合判定することが前提になります。

  1. RSST( 30 秒):反復嚥下回数を計測します。 2 回以下で陽性(疑い)とし、口腔ケア・体位/食形態調整・再評価を指示します。
  2. MWST( 30 mL 冷水):むせ・湿性嗄声・呼吸変化・酸素化を観察します。疑陽性/陽性では飲水を中止し、医師相談と ST 依頼を検討します。
  3. 咳テスト(CRT):施設採用プロトコル(30 秒法 または 1 分法)で実施します。クエン酸噴霧後の咳反応を評価します。
  4. 総合判定:いずれか 1 つでも陽性であれば VFSS/FEES を検討します。全陰性であっても、臨床徴候(微熱・ CRP 上昇・湿性咳嗽)や薬剤変更があれば、一定期間内の再評価を予約しておきます。

注意:本プロトコルはあくまでスクリーニングであり、経口可否の最終判断や嚥下障害の確定診断は行いません。疑陽性/陽性では安全第一で経口を控え、医師・ ST と方針を共有します。

不顕性誤嚥スクリーニング時の禁忌と中止基準

禁忌:急性増悪中の喘息/ COPD、重度低酸素血症、コントロール不良の気道過敏などでは、咳テストを含む誘発刺激そのものがリスクとなります。

慎重適応:発作間欠期の喘息、重度認知症で指示が通らない場合、血圧不安定・心不全増悪の疑いがある場合は、事前に医師と相談したうえで最小限の評価に留めます。実施前にはバイタル・ SpO2 を確認し、吸引器・酸素・リカバリ体制を準備しておきます。

水誘発の咳テストより、クエン酸誘発の方が安全性に優れるとされますが、いずれの方法でも「無理に咳を出させない」「低酸素・強い呼吸困難があれば即中止」を徹底します。

咳テスト(CRT:施設で 1 系に統一)

CRT の運用要点(誘発=クエン酸 1% w/v)
項目 30 秒法(Sato 2012) 1 分法(Wakasugi 2014)
投与 メッシュ/超音波ネブライザ。初回咳で終了 メッシュ/超音波ネブライザ。 1 分吸入
判定 30 秒以内に初回咳=陰性 咳 5 回以上=陰性
備考 高感度・高特異度 再現性良好(κ= 0.79)

院内では、 30 秒法か 1 分法のいずれかに統一し、「実施不可」「評価不能」を含めて記録フォーマットを事前に決めておくと、職種間連携がスムーズになります。

不顕性誤嚥スクリーニング記録テンプレ

不顕性誤嚥スクリーニング記録(成人・2025 年版)
日付 RSST(回/ 30 秒) MWST(所見) CRT(基準/結果) 対応 備考
YYYY-MM-DD 4 回 むせなし/湿性嗄声… 30 秒法: 25 秒→陰性 口腔ケア/体位/食形態 再評価予約

RSST・ MWST・ CRT のいずれかで陽性所見が出た場合は、「何が・どの程度・どのタイミングで起きたか」を自由記載欄に残しておくと、後日の VFSS/FEES や主治医カンファレンスでの共有に役立ちます。

陽性時の初期対応(ハンドオフ雛形)

不顕性誤嚥が疑われる場合の初期対応として、次のような項目をセットで検討します。

  • 口腔ケアの強化(保清頻度の一時的な増加)
  • 半座位または側臥位での休息・ポジショニング
  • 食形態を一段階ソフトへ一時調整(粥・軟菜・とろみ付与など)
  • SpO2・体温・咳嗽・痰性状のモニタリング
  • 家族・介護者への誤嚥徴候と受診目安の説明

必要に応じて ST 依頼と VFSS/FEES を調整し、「どの検査結果をもとに何を決めるのか」を事前に主治医・病棟チームと共有しておくと、再評価や経口再開のタイミングが整理しやすくなります。嚥下評価全体の整理や他のスクリーニングとの比較は、当ブログの 嚥下・栄養ハブ も参照してください。

おわりに

不顕性誤嚥は「見えにくい誤嚥」であり、評価を組み込まない限り、肺炎や全身状態の悪化として初めて気づかれることが少なくありません。RSST・ MWST・ 咳テストを 10 分のプロトコルとしてルーチン化しておくことで、「何となく怪しい」ケースでも一定水準のスクリーニングを担保しやすくなります。

臨床では、スクリーニング結果だけで判断を急がず、「禁忌・中止基準の確認 → ベッドサイド評価 → 記録と共有 → 再評価・精査(VFSS/FEES)」というリズムをチームで共有することが重要です。本稿の記録テンプレやハンドオフ雛形も活用しながら、現場のルールや院内マニュアルに合わせてプロトコルを微調整していきましょう。

参考文献

  1. Sato M, Tohara H, Iida T, et al. Simplified cough test for screening silent aspiration. Arch Phys Med Rehabil. 2012;93(11):1982–1986. DOI
  2. Wakasugi Y, Tohara H, Nakane A, et al. Usefulness of a handheld nebulizer in cough test to screen for silent aspiration. Odontology. 2014;102(1):76–80. DOI
  3. Guillén-Solà A, Chiarella SC, Martínez-Orfila J, et al. Usefulness of citric cough test for screening of silent aspiration in subacute stroke patients: a prospective study. Arch Phys Med Rehabil. 2015;96(7):1277–1283. DOI
  4. Miles A, Zeng ISL, McLauchlan H, Huckabee ML. Cough reflex testing in dysphagia following stroke: a randomized controlled trial. J Clin Med Res. 2013;5(3):222–233. Full text

著者情報

rehabilikun(理学療法士)

rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。

  • 脳卒中 認定理学療法士
  • 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
  • 登録理学療法士
  • 3 学会合同呼吸療法認定士
  • 福祉住環境コーディネーター 2 級

専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

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