FSST の評価方法とカットオフ【理学療法】

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FSST(Four Square Step Test)とは?敏捷性と転倒リスクをみる評価

Four Square Step Test(FSST)は、床に配置した 4 つの区画を前後・左右へ素早くステップし、所要時間から動的バランス能力と敏捷性を評価するテストです。方向転換や障害物跨ぎを含むため、単純な静的バランス検査だけでは捉えにくい「つまずきへの立て直し」や「外乱への素早い対応力」を反映しやすいのが特徴です。高齢者や脳卒中・パーキンソン病など神経疾患のリハビリテーション場面で、転倒リスク評価や機能的移動能力の指標として広く用いられています。

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転倒対策の重要性

入院や施設入所中に転倒が起こると、骨折などの外傷がなくても「また転ぶかもしれない」という恐怖心から活動性が低下し、リハビリへの意欲や自信が損なわれやすくなります。その結果、廃用による筋力低下やバランス悪化を招き、さらに転倒リスクが高まる悪循環に陥ることがあります。

地域在住高齢者の年間転倒率はおおむね 10〜25%、施設入所高齢者では 10〜50% 程度と報告されており、外傷の約半数以上に骨折や頭部外傷などの重篤な合併症が含まれます。大腿骨近位部骨折などは長期入院・寝たきりのきっかけとなり、医療費や介護費用の増大といった社会的コストにも直結します。したがって、転倒予防では「起きてしまった転倒への対応」だけでなく、その前段階でのリスク評価と早期介入が非常に重要です。

敏捷性の評価と転倒リスク

従来の転倒リスク評価は、下肢筋力や静的バランス能力(立位保持など)に焦点が当てられることが多くありました。しかし、実際の転倒は「方向転換中」「障害物をよけるとき」「二重課題下で注意が散漫なとき」など、より複雑な状況で起こることが少なくありません。こうした場面では、筋力だけでなく敏捷性(agility)の低下が大きく関与します。

敏捷性とは何か

敏捷性とは「環境や状況の変化に応じて、身体の動きを素早く・正確に切り替える能力」です。具体的には、以下のような複数要素の統合能力として捉えられます。

  • バランス制御(姿勢調整・支持基底面の操作)
  • 筋力および筋出力速度(rate of force development)
  • 注意・判断・予測といった認知機能

たとえば廊下での方向転換や、狭いスペースを歩く場面では、足関節や股関節まわりの素早い制御と同時に、「どこに足を置くか」「どの程度スピードを落とすか」といった瞬時の判断が求められます。敏捷性の低下は、こうした「立て直し」の遅れとして転倒に現れます。

敏捷性低下と転倒リスク

高齢者における転倒のリスク因子として、歩行速度や下肢筋力に加えて、「方向転換の遅れ」「二重課題下でのパフォーマンス低下」など敏捷性に関連する要素が重要であることが多く報告されています。特に、

  • 廊下や室内での方向転換時のつまずき
  • 会話をしながらの歩行、物品携行下での歩行
  • 予期せぬ外乱(人との接触、床の凹凸など)への対応

といった場面で敏捷性の不足が顕在化し、転倒に至るケースが少なくありません。FSST のような敏捷性評価を加えることで、静的バランス評価や筋力評価だけでは拾いきれないリスク層を把握できる可能性があります。

FSST(Four Square Step Test)の概要

FSST は 2002 年に Dite らによって開発された、動的バランスと敏捷性を評価する臨床テストです。床上の 4 つの区画を用い、前後・左右方向へのステップと低い障害物跨ぎを組み合わせることで、日常生活場面に近い複雑な移動課題を再現します。評価時間は数分と短く、特別な機器も不要なため、外来・病棟・通所など幅広い場面で活用しやすいのが利点です。

FSST の目的と特徴

  • 目的:多方向への素早いステップ能力(敏捷性)と動的バランスを評価する
  • 特徴:低い障害物を跨ぎながら前後・左右に方向転換を行うため、単純な前進歩行より実生活の場面に近い
  • 対象:地域在住高齢者、脳卒中・パーキンソン病などの神経疾患、整形外科疾患など幅広い成人集団
  • 所要時間:説明・練習を含めても数分程度で実施可能

FSST は、転倒リスク評価だけでなく、リハビリ介入による動的バランス・敏捷性の変化をフォローするアウトカム指標としても有用です。

バランス評価に求められる条件

バランス評価指標に求められる要件として、臨床的には次のようなポイントが重要です。

  1. 転倒リスクなどのアウトカムに対して判別性が高い(cut-off が設定できる)
  2. カットオフや解釈基準が明確である
  3. 簡便で特別な機材を必要としない
  4. 短時間で評価できる(ベッドサイドでも実施可能)
  5. 安全性が高く、被験者の負担が少ない

FSST はこれらの要件を概ね満たす指標であり、実際に臨床でも使いやすいバランス評価のひとつといえます。

評価方法(実施手順)

FSST の標準的な測定手順は以下の通りです。

  • 床に 4 本の杖やテープを十字に配置し、同じ大きさの 4 区画を作る(高さは約 2〜2.5 cm 程度)
  • 左前方の区画をスタート位置とし、時計回りに 1 周 → 続けて反時計回りに 1 周して、元の区画に戻るまでの時間を計測
  • 各区画では両足をしっかり接地し、できるだけ身体の向きを正面に保ったままステップする
FSST のステップ順序(例) 左前方の区画から時計回りに 1 周し、その後反時計回りに 1 周してスタート位置に戻るコース例。 1 左前 2 右前 4 左後 3 右後 START / GOAL
FSST のステップ順序(例)。左前方(1)から時計回りに 1 周したあと、反時計回りに 1 周してスタート位置に戻る。

説明例としては「杖に触れないように、できるだけ速く・順番通りに移動してください」「各マスで両足をしっかりつけてください」「向きはできるだけ前を向いたまま行ってください」などが一般的です。1 回練習したのち、本番を 2 回行い、速いほうのタイムを FSST のスコアとして記録します。測定中に杖への接触や転倒防止の介助が入った場合は、その試行は無効として再測定します。

信頼性と妥当性

Dite らの原著論文では、地域在住高齢者を対象に FSST の信頼性と妥当性が検討され、非常に高い再現性(ICC≈0.98〜0.99)と、他のバランス指標との良好な相関が示されています。また、脳卒中患者を対象とした研究でも、FSST は動的バランス能力を反映し、リハビリ期間中の変化を捉えられる有用なアウトカムとして報告されています。

さらに、近年のシステマティックレビューでは、FSST が複数の成人集団(高齢者、神経疾患、整形外科疾患など)で妥当性・信頼性の高い指標として位置づけられており、臨床研究でも頻用されるようになっています。

カットオフ値と臨床的意義

地域在住高齢者では、FSST の所要時間が15 秒以上の場合に転倒リスクが高いとする報告が広く引用されています。脳卒中やパーキンソン病など神経疾患集団においても、同様の基準値や、やや厳しめのカットオフが検証されており、疾患ごとのカットオフ設定や感度・特異度を確認しておくと解釈に役立ちます。

一方で、虚弱高齢者を対象とした国内研究では、FSST 単独では 6 か月後の転倒発生を十分に予測できなかったとの報告もあり、FSST を唯一のスクリーニング指標として用いることには限界がある点にも注意が必要です。他のバランス評価や歩行速度、転倒自己効力感などと組み合わせて、多面的にリスクを判断することが推奨されます。

リハビリテーションへの応用

FSST は評価だけでなく、以下のように介入設計にも応用できます。

  • 課題指向型トレーニング:FSST の動きを分解し、方向転換や障害物またぎを段階的に練習する
  • 二重課題トレーニング:計算課題や会話を加え、認知負荷を高めた状態での敏捷性向上を図る
  • 機能的トレーニング:段差昇降や狭い通路での方向転換など、実生活の場面を模したコースづくり

単なる筋力トレーニングや静的バランス練習だけでは得にくい「予期せぬ外乱への立て直し能力」を高める目的で、FSST の要素を取り入れたプログラムを設計すると、転倒予防効果の向上が期待できます。

FSST 以外のバランス評価指標と使い分け

FSST は有用なバランス評価指標ですが、バランス機能は単一のテストだけで評価しきれません。臨床では、対象者や目的に応じて複数の指標を組み合わせることが重要です。

  1. Timed Up and Go test(TUG)
    椅子からの立ち上がり・歩行・方向転換・着座を含む移動能力の評価です。歩行速度や機能的移動能力の視点から、転倒リスクのスクリーニングに広く用いられています。
  2. 片脚立位時間
    支持物なしで片脚立位を保持できる時間を計測する、静的バランス評価です。短時間で実施でき、外来や病棟でも取り入れやすい指標です。
  3. Functional Reach Test(FRT)
    足部を動かさずに、上肢を前方へどこまでリーチできるかを測定し、「安定性の限界」を評価します。立位姿勢制御の余裕度をみる際に有用です。
  4. Berg Balance Scale(BBS)
    座位・立位・移乗など 14 項目から構成される、総合的なバランス評価スケールです。評価に少し時間はかかりますが、バランス障害の全体像を把握するのに適しています。

BBS や TUG については、別記事で測定方法や解釈をまとめています。歩行・バランス系評価の全体像を整理したい場合は、次の記事もあわせてご覧ください。
【歩行の評価尺度】10 m 歩行、6MWT、FAC、TUG、BBS

また、バランス・歩行評価全体の整理には、当ブログの評価ハブページ(評価指標まとめ)も参考にしてみてください。

まとめ

FSST(Four Square Step Test)は、前後・左右へのステップと障害物跨ぎを組み合わせた敏捷性評価であり、高齢者や神経疾患患者の転倒リスクや動的バランス能力を簡便に把握できるツールです。所要時間のカットオフ(例:15 秒以上)を目安にしつつ、歩行速度や BBS、片脚立位時間など他の評価と組み合わせることで、より多面的なリスク評価が可能になります。

臨床では、FSST の測定結果をもとに、「方向転換」「障害物回避」「二重課題」など具体的なトレーニング課題へ落とし込むことで、単なる筋力強化以上の転倒予防効果が期待できます。安全に配慮しながら、対象者の病期や環境に応じて、FSST をバランス訓練プログラムの設計に活用していきましょう。

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参考文献

  1. 藤原求美,山口実果,手塚康貴,太田忠信.Four Square Step Test の信頼性と妥当性について.理学療法学.2006;33(67):330-333.
  2. Dite W, Temple VA. A clinical test of stepping and change of direction to identify multiple falling older adults. Arch Phys Med Rehabil. 2002;83(11):1566-1571.
  3. Blennerhassett JM, Jayalath VM. The Four Square Step Test is a feasible and valid clinical test of dynamic standing balance for use in ambulant people poststroke. Arch Phys Med Rehabil. 2008;89(11):2156-2161.
  4. Moore M, Barker K. The validity and reliability of the four square step test in different adult populations: a systematic review. Syst Rev. 2017;6:187.
  5. 菅田伊左夫,ほか.地域在住虚弱高齢者の 6 ヵ月後の転倒発生に対する Four Square Step Test の有用性.理学療法科学.2016;31(4):615-620.

著者情報

rehabilikun(理学療法士)

rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。

  • 脳卒中 認定理学療法士
  • 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
  • 登録理学療法士
  • 3 学会合同呼吸療法認定士
  • 福祉住環境コーディネーター 2 級

専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

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