この記事のねらい
本稿は「 EIH が出にくい患者で、どう見極め、どう処方するか」に特化した臨床プロトコルです。EIH 自体の概説は別記事に譲り、ここでは初回スクリーニング → その場の反応判定 → 初期 6 週の運用テンプレ → 非反応時の代替戦略という順で“手順化”します。読み終えたら、初回介入から在宅フォローまで一貫して実装できる状態を目指します。
対象は運動器慢性疼痛の成人。抑制系( CPM 相当機能)と心理要因(恐怖回避・カタストロフィ)をふまえ、運動様式・強度・部位の選択を最適化して EIH を引き出します。併読推奨:疼痛評価スケール(主観)、6 分間歩行( 6MWT )プロトコル
※ EIH の基礎解説は こちら を参照してください。
初回スクリーニング(5 分)
介入前に「痛みの現状」「安全性」「反応が出やすい条件」の 3 点を簡潔に把握します。評価は 5 分で終える想定です。機器がなくても運用できる項目に限定し、当日の介入可否と初期処方の当たりを付けます。
恐怖回避が強い・夜間痛が強い・神経学的徴候がある場合は、量を控え教育と低強度有酸素から導入します。NRS は安静 / 誘発動作の 2 点を必ず取得し、後の“その場判定”の基準にします。
領域 | 内容 | カットポイント目安 |
---|---|---|
痛み | NRS(安静 / 誘発)、誘発・緩和要因、広がり | 安静 NRS ≤ 3 で開始目安 |
安全 | めまい・動悸・発熱、著明な腫脹 / 熱感 | 全身サインありは中止 → 再評価 |
心理 | 恐怖回避簡易質問「動くのが怖い?」 0–10 | ≥ 6 は低強度・分割から |
抑制系 | 簡便 CPM 指標(痛くない部位の軽い圧痛確認) | 反応乏しければ非疼痛部位の運動から |
その場での反応判定( EIH の“見える化”)
介入前後で“同一指標”を比較し、 EIH の手応えをその場で可視化します。測定は簡便かつ再現可能なものに限定し、患者の成功体験につなげます。指標は NRS、恐怖動作の可遂時間 / 回数、歩行速度などから 1–2 個を固定します。
判定基準例:① NRS − 1 以上、② 恐怖動作が“楽にできる感覚”が出現、③ 同じ強度で歩行速度または可遂回数が微増。いずれかを満たせば当日の処方を維持し、満たさなければ次章の調整に進みます。
初期 6 週の運用テンプレ(処方)
まずは「非疼痛部位の有酸素」で反応を引き出し、その後に全身レジスタンスを追加します。強度は RPE を使用し、“時間 → 強度 → 回数”の順で微調整します。週次の目標と評価を表にまとめました。
6 週の到達目標は「有酸素 90–150 分 / 週 + 全身レジスタンス 2 回 / 週」。痛み増悪や疲労が強い日は分割( 5–8 分 × 2–3 )で対応します。参考:6MWT プロトコル
週 | 内容 | 強度/量 | 評価 |
---|---|---|---|
1 | 非疼痛部位の有酸素(歩行 / 自転車) | RPE 12–13、10–15 分、隔日 | NRS、恐怖動作の可遂時間 / 回数 |
2–3 | 有酸素の延長 + 全身レジスタンス導入 | 15–20 分 + 30–50% 1RM × 2 セット | 週 1 回は前後比較を固定化 |
4–6 | 量の安定化とモード選好の確立 | 90–150 分 / 週 + レジスタンス週 2 回 | 自己効力感、恐怖回避の再評価 |
“非反応 / 逆反応”時の代替戦略
反応が乏しい、または運動後に痛みが増える場合は、次の順で切り替えます。① 部位切替(痛部 → 非痛部)、② モード変更(等尺 → 有酸素/動的)、③ 強度低下( RPE 11–12 へ)、④ 分割( 5–8 分 × 2–3 )、⑤ 好みの様式を優先、⑥ 教育併用(運動の安全性と痛みの理解)。
オピオイド長期使用、広範囲疼痛、強い恐怖回避では EIH が出にくいことがあります。判定は“当日の前後差”で小さな成功体験を積み、良い日を増やす設計に切り替えます。関連:疼痛評価スケール(主観)
患者説明ミニ・スクリプト(30 秒)
教育は専門用語を避け、行動の安全性と可逆性を強調します。下記はそのまま使える短文です。
「今日は体の“痛みブレーキ”を働かせる軽い運動を試します。終わった直後に痛みや動きやすさをもう一度見ます。数分で下がれば成功です。痛みが強い日は時間を短く分けます。怖さが強い時は、痛くない部位の運動から行きましょう。」
フォローと中止基準
自宅では週 2–3 回の有酸素を基本に、好みの様式を選んでもらいます。毎回「開始前 NRS → 有酸素 10–15 分 → 終了直後 NRS」を記録し、成功回( NRS − 1 以上)に◎を付けます。 2 週間で◎が 4 回以上あれば処方を維持 / 微増します。
中止・医師連絡の目安:鋭い痛み、神経症状悪化、めまい・動悸・強い息切れ、著明な腫脹 / 熱感、夜間痛の増悪。迷ったら当日の運動は見送り、翌日に再開します。
参考文献(主要)
- Wewege MA, Jones MD. Exercise-Induced Hypoalgesia in Healthy Individuals and People With Chronic Musculoskeletal Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis. J Pain. 2021;22(1):21–31. https://doi.org/10.1016/j.jpain.2020.04.003
- Vaegter HB, Jones MD. Exercise-induced hypoalgesia after acute and regular exercise: experimental and clinical manifestations and possible mechanisms. Pain Rep. 2020;5(5):e823. https://doi.org/10.1097/PR9.0000000000000823
- Tomschi F, et al. Hypoalgesia after aerobic exercise in healthy subjects: systematic review and meta-analysis. J Sports Sci. 2024;42(7):574–588. https://doi.org/10.1080/02640414.2024.2352682