腰椎・骨盤まわりの整形外科テストとは
腰痛や坐骨神経痛の評価では、画像検査や徒手検査に加えて、整形外科的テストをどう組み合わせるかが悩みどころです。とはいえ、テストそのものが診断を「確定」するわけではなく、あくまで 病態仮説を絞り込むための道具 です。本記事では、日常的に使うテストを「症状パターン別」に整理し、理学療法での実務的な使い方をまとめます。
レッドフラッグ(骨折・感染・腫瘍・急性の神経障害)を早期に見抜きつつ、椎間板ヘルニア・脊柱管狭窄症・仙腸関節障害などの可能性を段階的に考えられるように整理していきます。痛みの数値だけでなく、動作や生活への影響評価などは、痛み評価スケールや歩行・バランス評価の記事もあわせて活用してください。
下肢伸展で悪化する坐骨神経痛パターンをみるテスト
片側の殿部〜大腿後面への放散痛やしびれを訴える患者では、まず 下肢伸展で症状がどう変化するか を押さえると、腰椎椎間板ヘルニアや神経根障害の可能性をイメージしやすくなります。ここで重要なのは、「何度でどの部位に痛みが出たか」「しびれ優位か、腰痛優位か」を具体的に記録することです。
代表的なテストには、下肢伸展挙上テスト(SLR テスト)、Bragard 徴候、Lasègue 徴候、Bowstring 徴候、Flip テスト、大腿神経伸展テスト(FNS テスト)などがあります。それぞれをバラバラに覚えるのではなく、「仰臥位でのパッシブ伸展」「座位での神経伸張」「大腿神経優位」など、狙っている神経伸張パターンでグループ化すると整理しやすくなります。
| テスト名 | 主な肢位・動き | 想定する主な病態 |
|---|---|---|
| SLR テスト | 仰臥位で下肢を伸展挙上 | L4–S1 神経根障害、椎間板ヘルニアなど |
| Bragard 徴候 | SLR で症状が出た角度から足関節背屈 | 坐骨神経への伸張刺激の増悪確認 |
| Lasègue 徴候 | 殿部〜大腿後面の放散痛の再現 | 坐骨神経痛の再現性の確認 |
| Bowstring 徴候 | 膝窩部で神経を押圧 | 神経伸張での疼痛再現 |
| Flip テスト | 座位での膝伸展(SLR 相当) | 仰臥位困難時の代替評価 |
| FNS テスト | 腹臥位で膝屈曲+股関節伸展 | L2–4 大腿神経根障害 |
実施時のポイントは、痛みが出る角度・部位・性状 を丁寧に聞き取ることです。10–30 度の早期で殿部より近位の強い腰痛が出る場合と、30–70 度で下腿遠位にしびれが出る場合では、同じ「陽性」でも背景が異なります。また、恐怖回避が強い症例では、痛みが出る前から防御的に股関節屈曲や骨盤後傾が入り、偽陽性が増えやすくなる点にも注意します。
禁忌・注意点としては、明らかな骨粗鬆症で急な体動が危険な症例や、急性の椎体骨折が疑われるケース、安静時も増悪し続ける激痛などがあります。その場合はテストを無理に完遂するのではなく、「痛みを増悪させない範囲の観察」にとどめ、画像検査や主治医への報告を優先します。
体幹伸展で増悪する腰痛をみるテスト
前屈よりも伸展や立位保持で腰痛が増悪する症例では、椎間関節障害や腰部脊柱管狭窄症の関与を考えます。ここでは、体幹伸展と回旋を組み合わせる Kemp テスト や、棘突起叩打テストを活用しながら、「どのレベルに、どのような痛みが出るか」を整理していきます。
Kemp テストで片側に腰痛と下肢放散痛が再現されるケースと、両側の伸展で腰部中心の鈍い痛みが増悪するケースでは、同じ「陽性」でもニュアンスが異なります。さらに、棘突起叩打テストで局所の鋭い疼痛や異常な叩打痛がある場合には、椎体骨折や腫瘍などレッドフラッグの可能性も念頭に置きます。
理学療法の立場では、Kemp テストを「危ない動き」として一切避けるというよりも、「どの方向・角度で症状が変化するか」を把握し、エクササイズの進め方に反映させることが重要です。たとえば、軽度伸展で症状が改善する症例では伸展系エクササイズが有効なこともあれば、伸展で悪化・屈曲で軽減する症例では、屈曲優位の姿勢戦略や座位中心の動作指導が優先されます。
ただし、安静時も増悪し続ける強い腰痛、夜間痛、原因不明の体重減少、発熱などが併存する場合は、運動療法よりもまず原因精査が優先されます。テストで痛みを「引き出す」前に、問診や既往歴からレッドフラッグをチェックしておく習慣をつけましょう。
仙腸関節障害・骨盤不安定性をみるテスト
仙腸関節や骨盤帯の問題では、殿部〜鼠径部の鈍痛や「片側の腰の奥の痛み」など、はっきりとした神経放散痛として出ないことも多くあります。そのため、股関節や腰椎由来の痛みと混同しやすく、テスト結果の解釈に迷う場面が少なくありません。
代表的なテストとして、Gaenslen テスト、骨盤不安定性テスト(Pelvic Rock Test)、FADIRF テストなどがあります。これらはそれぞれ、仙腸関節への剪断ストレスや圧縮ストレス、股関節屈曲・内転・内旋でのインピンジメントを利用して、痛みの再現部位とパターンを確認するテストです。
ポイントは、単一のテスト結果だけで「仙腸関節障害」と決めつけない ことです。複数のテストで同じ側の仙腸関節近傍に痛みが再現されるかどうか、股関節の可動域制限やクリック感がないか、腰椎伸展での症状変化はどうかなど、所見を組み合わせて判断します。また、妊娠後期や産後、外傷後の症例では、骨盤帯の靱帯性支持が一時的に低下しており、同じストレスでも痛みの出方が変わる点に留意します。
リハビリテーションへのつなぎ方としては、痛みが出やすい肢位や荷重方向を把握したうえで、荷重位での骨盤安定化トレーニング や、起立・歩行動作の指導に落とし込むことが重要です。特に、片脚立位や階段昇降で痛みが強い場合には、股関節外転筋・殿筋群の機能と体幹の側方安定性を評価し、必要に応じて上肢支持や段差の高さ調整などを組み合わせていきます。
末梢循環・レッドフラッグを疑うときの補助テスト
腰痛や下肢痛を訴える患者の中には、整形外科的な問題ではなく、末梢動脈疾患や血栓症など循環器・血管系の問題が隠れていることもあります。安静時痛や夜間痛、下肢の冷感・蒼白、間欠性跛行などが強い場合には、整形外科テストだけに頼らず、循環評価も視野に入れる必要があります。
Buerger テストは、下肢を挙上したときの皮膚色の変化や、挙上角度による循環不全の兆候をみるテストです。理学療法士が比較的簡便に実施できる一方で、「異常がある=すぐに運動療法で改善を図る」というよりは、末梢循環の問題を疑い、主治医に共有・相談するためのスクリーニング として捉えるのが安全です。
特に、深部静脈血栓症を疑うホーマンズ徴候などは、評価に際して慎重な判断が必要です。強いふくらはぎ痛、腫脹、発赤、呼吸苦などを伴う場合には、テストで疼痛を「引き出す」前に、医師への即時報告と安静保持を優先します。整形外科的テストで循環器系の問題まで確定診断しようとせず、「危険なサインを見逃さないこと」を第一に考えましょう。
評価で終わらせないためのリハ介入へのつなぎ方
整形外科的テストは、「陽性か陰性か」をメモして終わりではなく、その結果を 運動療法・動作指導・生活指導の設計にどう落とし込むか が本番です。たとえば、SLR で早期から下肢放散痛が強い症例では、神経伸張ストレスを避けたポジショニングや、体幹・骨盤の安定化から段階的にアプローチする必要があります。
一方、Kemp テストで体幹伸展・回旋方向の局所痛が中心で、下肢症状が乏しい症例では、椎間関節由来の痛みを念頭に、伸展方向の負荷コントロールや姿勢調整が有効な場合があります。また、Gaenslen テストなどで仙腸関節近傍の痛みが再現される症例では、片脚荷重動作や歩行時の骨盤制御に着目し、日常生活動作を通して負担軽減を図っていきます。
再評価のタイミングについては、毎回すべてのテストを繰り返すのではなく、治療ターゲットとなっている病態に関係するテストを数個に絞って追う と、患者の負担も少なく経時変化を追いやすくなります。痛みの主観的評価や機能評価については、NRS・VAS・PDAS などの疼痛評価スケールや、歩行・バランス評価の記事も組み合わせて、記録と共有の質を高めていきましょう。
配布物・チェックシートの活用(働き方の整理にも)
整形外科的テストの使い分けを学びつつ、日々の臨床の中で自分の判断プロセスを言語化しておくと、症例検討やカンファレンスでの共有が格段にやりやすくなります。同時に、「どんな職場環境なら学び続けやすいか」を整理しておくことも、長期的な臨床力の維持には欠かせません。
働き方を見直すときの抜け漏れ防止に。見学や情報収集の段階でも使える面談準備チェック(A4・5 分)と職場評価シート(A4)を無料公開しています。印刷してそのまま使えます。ダウンロードページを見る。
おわりに
腰椎・骨盤まわりの整形外科テストは、「どの病態を想定しているのか」「陽性・陰性で運動療法をどう組み立てるのか」を意識して使うことで、評価→介入→再評価のリズムが整ってきます。レッドフラッグを見逃さず、必要なときには画像検査や専門医への紹介につなげつつ、リハビリテーションでできることを最大化していきましょう。
上で紹介した面談準備チェックと職場評価シートも活用しながら、自分の学び方や働き方を定期的に振り返り、腰痛評価・運動器評価のスキルアップとキャリア形成を並行して進めていける環境づくりを意識してみてください。
よくある質問
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SLR テストは何度まで挙上できれば「正常」と考えてよいですか?
一般的には 70 度前後まで痛みなく挙上できると「正常範囲」とされることが多いですが、年齢や柔軟性、職業歴などで大きく変わります。重要なのは角度そのものよりも、痛みが出る角度・部位・性状と、日常生活で困っている動作とのつながり です。たとえば 50 度で下肢放散痛が出ても、座位や立位では症状がほぼない場合と、数分の立位で強い症状が出る場合では、評価の意味合いが変わります。
整形外科テストがすべて陰性なら、運動器由来の痛みではないと考えてよいですか?
いいえ、すべて陰性でも運動器由来の痛みが否定できるわけではありません。テストはあくまで「その肢位・その負荷条件」での反応をみているだけであり、日常生活の動作や長時間負荷とは条件が異なります。テスト結果だけで完結させず、問診・動作分析・疼痛評価を組み合わせて総合的に判断することが大切です。
腰痛患者さんにどこまで整形外科テストを行ってよいか不安です。
まずはレッドフラッグ(骨折・感染・腫瘍・急性神経障害など)を問診と視診でチェックし、「少しでも危険な可能性があれば無理なストレスをかけない」という方針を徹底することが前提です。そのうえで、痛みの強さや恐怖回避の程度に応じてテストを選び、再現したい症状と負荷の大きさを意識しながら段階的に実施すると安全性が高まります。迷う場合は、主治医に評価方針を相談しておくと安心です。
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

