退院前訪問指導の結論:当日は「段取り」と「持ち物」で 8 割決まる
退院前訪問指導(家屋調査・退院支援の一部)は、退院後の転倒・介助量・サービス設計に直結する「現場の意思決定イベント」です。成功の鍵は、①当日の進め方(タイムライン)②持ち物(採寸・記録・安全の担保)③観察ポイント(動作で判断)の 3 点を“型”で固定することです。
本記事では、新人 PT でも再現できるように「当日 60–90 分の流れ」「持ち物リスト」「場所別の観察と採寸」「記録の書き方」「よくある失敗」を一枚ずつ整理します。関連して、採寸とチェックの詳細は 家屋調査チェックリスト(採寸・写真・理由書) も合わせて使うと抜けが減ります。
当日の流れ(60–90 分):結論から逆算して回る
訪問指導は「できる/できない」ではなく、「安全に続けられる形に落とす」ことが目的です。最初に“退院後の生活像(誰が・どこで・何を・どれくらい)”を揃え、最後に“提案の優先順位”を 3 つに絞ると、説明も記録も短くなります。
| 時間(目安) | 場面 | 目的 | やること(最小セット) | 記録の核(1 行) |
|---|---|---|---|---|
| 0–10 分 | 導入・生活像の確認 | ゴールと制約の共有 | 同居/介護力、日中の居場所、トイレ・入浴の頻度、屋外動線、福祉用具の有無を確認 | 「退院後の主動線:寝室→トイレ→居間。介助者:妻(昼)/娘(夜)」 |
| 10–25 分 | 玄関〜屋内動線 | 転倒リスクの把握 | 段差、照明、手すり候補、床材、歩行補助具の通過性(幅)を確認 | 「玄関上がり框 18 cm。廊下幅 78 cm、歩行器は難」 |
| 25–45 分 | トイレ | 最優先の自立課題 | 立ち座り・旋回・衣服操作を“実際の位置”で確認(手すり仮設で再試行) | 「右片麻痺で立位旋回不安定。L 字手すりより縦手すり優先」 |
| 45–65 分 | 浴室(脱衣〜洗体〜出入り) | 危険場面の可視化 | またぎ、滑り、温冷、介助スペース、椅子・手すり候補を確認 | 「浴槽またぎ 40 cm。現状は危険、シャワーチェア先行」 |
| 65–80 分 | 寝室・起居動作 | 夜間リスクと介助量 | ベッド高さ、立ち上がり、夜間動線、ポータブルの要否を確認 | 「ベッド高 38 cmで立ち上がり困難。 45 cm へ調整」 |
| 80–90 分 | まとめ(優先順位づけ) | 提案を 3 つに絞る | ①今すぐ(退院まで)②退院後 1 か月以内③様子見、の 3 段で整理して合意 | 「最優先:トイレ手すり/次:浴室は福祉用具で代替/第 3:玄関段差」 |
持ち物リスト:採寸・仮設・記録の 3 点セット
“忘れると詰む”のは採寸と記録です。訪問中は判断が連続するため、測る→試す→写真→メモを同時進行できる道具を優先します。現場での手戻り(再訪問・電話確認)を減らすことが最重要です。
| カテゴリ | 優先 | 具体例 | 使う場面 | 代替案 |
|---|---|---|---|---|
| 採寸 | 必須 | メジャー( 3–5 m )、折りたたみ定規 | 段差高、通過幅、手すり位置、椅子・便座高さ | スマホ計測は誤差が出やすいので補助に留める |
| 記録 | 必須 | チェックシート、クリップボード、ペン 2 本 | 見落とし防止、家族説明の根拠づけ | タブレットでも可(ただしバッテリー要注意) |
| 撮影 | 必須 | スマホ(予備バッテリー)、撮影ルールメモ | 段差と動線、危険箇所、福祉用具の置き場 | 施設の規定に従い、同意と撮影範囲を必ず確認 |
| 仮設 | 推奨 | 養生テープ、滑り止めシート(小) | 手すり位置の仮置き、動線の仮表示 | 家具移動で代替する場合は家族同席で安全確保 |
| 安全 | 推奨 | 室内用の上履き、消毒、手袋 | 感染対策、足元の安定 | 施設のルール優先 |
| 情報 | 推奨 | 現病歴・ADL・介助量メモ、退院予定日、福祉用具候補 | 説明の一貫性、関係職種への共有 | 当日聞く前提にせず、事前に最小限まとめる |
場所別:見るべきは「構造」より「動作の失敗」
住宅側の情報(幅・段差・高さ)だけでは提案になりません。実際の環境で起こる“動作の失敗”を 1 つずつ特定し、失敗の原因(支持面/把持/旋回/注意)を言語化できると、改修か福祉用具かの判断が速くなります。
| 場所 | 観察(動作) | 採寸(数値) | 詰まりやすい理由 | まず出す代替案 |
|---|---|---|---|---|
| 玄関 | 上がり框の一歩目、方向転換、靴の着脱 | 上がり框高、手すり候補までの距離 | “段差”より“把持位置”が決まらない | 踏み台・段差ステップ+縦手すり |
| 廊下・動線 | すれ違い、補助具の通過、夜間の歩行 | 最狭部の幅、曲がり角の内寸 | 幅が足りず介助が増える | 家具配置変更・動線の再設計 |
| トイレ | 立ち座り、旋回、衣服操作、片手動作 | 便座高、手すり設置可能域 | “衣服操作”で転びやすい | 縦手すり+便座高調整(補高) |
| 浴室 | またぎ、濡れ床、洗体時の前屈、立ち上がり | 浴槽縁高、出入口幅、脱衣所スペース | 危険が多く、優先順位を誤りやすい | まずはシャワーチェア・滑り止め・手すり仮設 |
| 寝室 | 起き上がり、立ち上がり、夜間トイレ動線 | ベッド高、足底接地の可否 | 日中より夜間の事故が多い | ベッド高調整+照明(足元) |
現場の詰まりどころ:よくある失敗を先に潰す
訪問指導は“目の前の家”に引っ張られやすく、重要論点が後回しになりがちです。下の NG パターンを避けるだけで、提案の説得力と多職種連携が一段ラクになります。
| NG(起きがち) | 何が問題か | OK(回避策) | 記録の一言 |
|---|---|---|---|
| 採寸せずに「手すりが必要」だけ言う | 業者・ケアマネに伝わらず手戻り | 必要最小限の数値(高さ・幅・距離)を残す | 「便座高 39 cm、立ち座りで膝伸展が遅れる」 |
| トイレより浴室の話から入る | 優先順位が逆転し介助量が増える | 最初に“トイレの自立”を確認して優先度を決める | 「最優先は排泄動作の安全確保」 |
| 本人の“できる”だけで判断する | 疲労・夜間・急ぎで崩れる | 失敗条件(疲労・注意低下・片手)を観察する | 「疲労時に右へのふらつき増悪」 |
| 改修を先に決め打ちする | 福祉用具で代替できるのにコスト増 | 福祉用具→配置変更→改修の順で検討する | 「まず用具で代替し、再評価で改修判断」 |
| 家族の介護力を曖昧にしたまま提案する | 現実に回らず介助事故が起きる | 介助者の動作も一緒に確認する | 「介助者は腰痛あり、片介助は短時間のみ」 |
記録の書き方:提案は「理由→優先順位→次の一手」
訪問指導の記録は、詳細な描写よりも“意思決定の根拠”が価値になります。おすすめは、①問題(リスク)②原因(動作と環境)③提案(代替案を含む)④優先順位(いつまでに)を 1 セットで書く型です。
| 場面 | 問題(リスク) | 原因(動作×環境) | 提案(優先順位つき) |
|---|---|---|---|
| トイレ | 立位旋回時にふらつき、転倒リスク | 右支持低下+把持点が遠く片手操作が不安定 | 最優先:縦手すり設置(把持点確保)/次:便座高調整(立ち上がり負担軽減) |
| 浴室 | またぎ動作でバランス崩れやすい | 浴槽縁高が大きく、濡れ床で支持が不安定 | まず:シャワーチェア・滑り止めで代替/再評価後に手すり位置を最終決定 |
| 玄関 | 上がり框で一歩目が不安定 | 段差高+把持点不足で重心移動が遅れる | 踏み台で段差分割+縦手すり(最優先)/動線確保のため玄関内を整理 |
よくある質問
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
訪問指導は「どこから見る」のが正解ですか?
基本は「退院後の主動線(寝室→トイレ→居間)」から始めます。理由は、最短で介助量と転倒リスクが決まるからです。トイレが安全に回れば、他の提案(浴室・玄関)は“優先順位”として整理しやすくなります。
採寸は全部やる必要がありますか?
全部は不要です。手戻りを防ぐために「最狭部の幅」「段差高」「座面・便座・ベッド高」「手すり位置の根拠になる距離」だけは最小セットとして残します。迷ったら“提案に直結する数値”を優先します。
本人が「できる」と言うとき、どこを追加で見ますか?
疲労・夜間・急ぎ・片手操作の 4 条件で崩れないかを確認します。特に排泄は“急ぎ”が入りやすく、日中より失敗しやすいので、トイレの一連動作(立つ→旋回→衣服→着座)をセットで観察します。
住宅改修と福祉用具、どちらを先に検討しますか?
原則は「福祉用具→配置変更→住宅改修」です。福祉用具で安全に回るなら、コストと工期を抑えられ、再評価で微調整しやすいからです。ただし、明確な危険(段差が大きく転倒高リスクなど)がある場合は、改修を優先することもあります。
おわりに
退院前訪問指導は「安全の確保→段取り固定→動作の失敗を特定→提案を 3 つに絞る→再評価」というリズムで回すと、説明も記録も一気にラクになります。まずは“タイムライン”と“持ち物”を固定して、現場の判断を最短化しましょう。
退院支援をやり切るには、教育体制や連携の強い職場に身を置くことも重要です。面談準備チェックや職場評価シートを使って整理したい場合は、マイナビコメディカルの記事(固定ページ)の「ダウンロード」節を活用してみてください。
参考文献
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下
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