股関節周囲の整形外科テストとは
股関節周囲の整形外科テストは、股関節脱臼・骨折、変形性股関節症、股関節炎、中殿筋機能低下、筋短縮や拘縮などを切り分けるために用いられます。代表例として、Allis テスト(股関節脱臼・骨折)、Patrick テスト(FABER)、Trendelenburg テスト、Ober テスト、Ely テスト、Thomas テストなどがありますが、いずれも画像検査や歩容観察、疼痛誘発動作と組み合わせて解釈することが前提です。
本記事では、これらのテストを「骨折・脱臼」「関節内病変」「中殿筋機能」「拘縮・筋短縮」の 4 つの視点で整理し、理学療法士が押さえておきたいレッドフラッグや禁忌、評価結果をリハビリテーションにどう落とし込むかを解説します。股関節単独の問題に見えても、腰椎・仙腸関節・膝関節・足部など他部位の影響を受けやすいことを念頭に置きましょう。
股関節脱臼・骨折を疑うテスト(Allis など)
転倒・交通外傷・高度の疼痛と荷重不能がある場合は、まず股関節周囲骨折や脱臼といったレッドフラッグを念頭に置きます。Allis テスト(Allis sign)は、仰臥位で膝を立てた際の膝高や下肢長の左右差から、股関節脱臼や大腿骨頸部骨折などを疑うスクリーングです。通常は、患側の膝高が低く見える・下肢短縮が目立つなどの所見がヒントになります。
ただし、Allis テスト単独で診断を確定できるわけではなく、痛みの強い症例に無理な肢位変換を強いるのは禁忌です。外傷歴・突然の荷重不能・安静時も強い痛み・骨粗鬆症などが揃う場合には、整形外科でのレントゲン・ CT など画像検査を最優先とし、テストはあくまで「骨折や脱臼がありそうかどうか」を大まかに把握する程度にとどめます。理学療法士が強引に評価を進めるより、医師への迅速な報告と安静保持が重要です。
股関節炎・変形性股関節症を疑うテスト(Patrick/FABER)
鼠径部痛・殿部痛・立ち上がりや歩行開始時の痛みなどがある場合には、股関節内の炎症や変形性股関節症を考えます。Patrick テスト(FABER テスト)は、股関節屈曲・外転・外旋位で膝を反対側大腿上にのせ、膝を軽く押し下げたときの疼痛と可動域制限を評価するテストです。
| 疼痛・違和感の主な部位 | 考えられる部位 |
|---|---|
| 鼠径部〜大腿前内側 | 股関節内病変(変形性股関節症・股関節炎など) |
| 殿部〜仙腸関節付近 | 仙腸関節障害・腰椎由来の可能性 |
| 膝内側・外側 | 膝関節病変や筋・筋膜由来の痛み |
FABER が陽性でも、股関節だけが原因とは限りません。疼痛部位・痛みの質・荷重時の変化、さらに股関節自動/他動可動域や単純 X 線像などと合わせて総合的に判断する必要があります。理学療法では、股関節内病変が主体であっても、骨盤前傾・後傾や腰椎アライメント、股関節周囲筋の協調性などを含めて評価し、痛みの少ない荷重ラインや動作パターンを探ることが重要です。
中殿筋機能低下を疑うテスト(Trendelenburg)
片脚立位での骨盤の傾きや歩行中の側方動揺が目立つ症例では、中殿筋機能低下を疑います。Trendelenburg テストは、片脚立位姿勢を保持させたときに、遊脚側骨盤が下制するかどうかを観察するテストです。遊脚側が下がる場合、支持側中殿筋が骨盤を支えきれていない可能性があります。
ただし、膝関節痛や足関節不安定性、足部アライメントの問題、体幹側屈の代償などがあると、Trendelenburg 様の所見が出ることがあります。片脚立位の保持時間や骨盤だけでなく体幹・肩帯の動きも含めて観察し、膝・足部の評価も並行して行うことが重要です。純粋な中殿筋筋力低下か、痛み回避や恐怖による代償かを区別しましょう。
リハビリテーションでは、側臥位での単純な外転運動だけでなく、立位での側方荷重、ステップ動作、股関節伸展を含む機能的課題を通じて、中殿筋を中心とした側方安定化を強化していきます。Trendelenburg 所見の変化は、筋力の回復だけでなく、動作パターンの改善を確認する指標としても有用です。
股関節拘縮・筋短縮を疑うテスト(Ober・Ely・Thomas)
立位や歩行時の骨盤前傾・後傾の偏り、腰椎前弯の変化、うつ伏せでの腰部伸展感などが見られる場合には、股関節周囲筋の短縮・拘縮を評価します。代表的なテストが Ober テスト(大腿筋膜張筋・腸脛靱帯短縮)、Ely テスト(大腿直筋短縮)、Thomas テスト(股関節屈筋群短縮)です。
| テスト名 | 主な操作 | 狙う筋・構造 |
|---|---|---|
| Ober テスト | 側臥位で股関節外転・伸展後に下垂を観察 | 大腿筋膜張筋・腸脛靱帯の短縮 |
| Ely テスト | 腹臥位で膝関節を屈曲し、骨盤前傾の有無を見る | 大腿直筋の短縮(股関節伸展方向との関係) |
| Thomas テスト | 一側股関節最大屈曲時、反対側下肢の挙上を観察 | 腸腰筋・大腿直筋など股関節屈筋群の短縮 |
これらのテストは、股関節可動域だけでなく、腰椎前弯や骨盤の前後傾と密接に関係します。Ely や Thomas で骨盤前傾が強く出る場合には、単純な筋短縮だけでなく、腹筋群や殿筋群の協調性低下、姿勢制御の問題が背景にあることも少なくありません。疼痛が強い急性期に強制的なストレッチを行うのは避け、まずは痛みの少ない肢位での筋活動やポジショニングから始めることが大切です。
リハビリでは、短縮している筋を一方的に伸ばすだけでなく、反対側の筋群の働きを高めたり、骨盤・体幹全体のアライメントを整えることを意識します。歩行や階段昇降など機能的な動作の中で、股関節の伸展・外転・内転がバランス良く使えるように練習していきます。
評価結果をリハビリテーションにどう落とし込むか
股関節周囲の整形外科テストは、「どこに」「どのような質の」痛みや違和感が出るかを明らかにし、安全性(骨折・脱臼)→関節内病変→筋・筋膜・神経→拘縮・アライメント の順で整理するための道具です。Allis で骨折・脱臼が疑われるケースでは、治療介入よりもまず医師への報告と荷重制限が優先されます。
FABER や Trendelenburg、筋短縮テストの結果は、介入ターゲットを決める材料になります。股関節内病変が主体であれば、痛みの少ない荷重ラインや挙上方向を探りつつ、股関節周囲筋の協調性や骨盤・体幹の安定化を図ります。中殿筋機能低下や筋短縮が前景に出ている症例では、局所の筋力強化に加えて、歩容全体・階段昇降・方向転換など機能的な課題を通じて、動作のクセを修正することが重要です。
再評価では、毎回すべてのテストを行うのではなく、診断仮説と介入ターゲットに直結する 1〜3 個のテストに絞り、痛み・可動域・機能の変化を追います。股関節の整形外科テストを、単なるチェックリストではなく「評価→治療→再評価」を循環させるためのナビゲーションとして活用していきましょう。
配布物・チェックシートの活用(働き方の整理にも)
変形性股関節症や股関節周囲骨折の症例では、入院〜在宅まで長期にわたる関わりとなることが多く、評価・治療の工夫だけでなく、チーム連携や施設選択、勤務体制など「働き方」もリハビリテーションの質に影響します。症例を通じて自分の臨床スキルを高めながら、「どんな職場なら長く働き続けられるか」を考える時間も大切です。
働き方を見直すときの抜け漏れ防止に。見学や情報収集の段階でも使える面談準備チェック( A4・ 5 分)と職場評価シート( A4 )を無料公開しています。印刷してそのまま使えます。ダウンロードページを見る。
おわりに
股関節の整形外科テストは、安全性の確認(骨折・脱臼の除外)から始まり、関節内病変・筋短縮・中殿筋機能・歩容の評価へとつなげていくことで、「安全の確保 → 病態の整理 → 動作への翻訳 → 再評価」 というリズムを作るのに役立ちます。テスト名や手順にとらわれすぎず、「なぜこのテストを今行うのか」「何がわかれば次の一手が決まるのか」を意識することが、股関節症例で迷わないコツです。
面談準備チェックと職場評価シートも活用しながら、自分の学び方と働き方を定期的に振り返り、股関節評価・歩行分析に強いセラピストとしての引き出しを少しずつ増やしていきましょう。日々の臨床で得た気づきをチーム内で共有することが、患者さんのアウトカムと自分自身のキャリアの両方を支えてくれます。
よくある質問
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FABER テストで殿部側だけが痛い場合、股関節ではないのでしょうか?
FABER テストで殿部〜仙腸関節付近にのみ痛みが出る場合、仙腸関節障害や腰椎由来の痛みが関与している可能性があります。ただし、股関節内病変と併存しているケースもあり、「殿部だから股関節ではない」とは言い切れません。疼痛部位・可動域・荷重時の痛み、腰椎や仙腸関節の評価、画像所見などを組み合わせて総合的に判断することが大切です。
Trendelenburg 陽性なら必ず中殿筋筋力トレーニングをすべきですか?
Trendelenburg 陽性は中殿筋機能低下を示唆しますが、膝痛や足部アライメントの問題、痛み回避の代償でも似た所見が出ることがあります。まずは痛みの部位や強さ、荷重時の不安感を評価し、必要に応じて膝・足部の治療やインソールなども検討します。そのうえで、中殿筋トレーニングを含めた側方安定化トレーニングを、安全な範囲から段階的に導入していくのが現実的です。
Thomas テストが陽性でも、ストレッチを強くかけてはいけない症例はありますか?
はい、股関節屈筋群の短縮があっても、股関節内の炎症が強い急性期や、股関節周囲骨折後の初期、腰椎不安定性が強い症例などでは、強いストレッチは禁忌あるいは慎重投与です。痛みや炎症が落ち着くまでは、痛みの少ない可動域内での運動や、体幹・殿筋の協調性改善を優先し、ストレッチは負荷と角度を細かく調整しながら慎重に進める必要があります。
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

