二重同時刺激(視覚)のやり方と判定
二重同時刺激(Double Simultaneous Stimulation, DSS)は、単独提示では両側とも認知できるのに、同時提示時に一側が消失する extinction(消去現象) を捉える検査です。USN(半側空間無視)のスクリーニングとして、抹消課題や線分二等分試験と組み合わせると、偏りの一貫性を確認しやすくなります。USN 評価全体の整理には 評価ハブ(リハビリ評価の索引) もあわせて参照してください。
やり方(1–2 分)
- 姿勢と注視:患者をベッドまたは椅子で正面座位とし、鼻尖や画面中央などの注視点を決めて固定します。開始前に「ここを見続けてください」と数回リハーサルします。
- 刺激:左右 10–15° 相当の位置にセラピストの指先や点カード・タブレットのマーカーを配置し、単独(L/R)と同時(LR)の視覚刺激を提示します(使用物品は施設で統一)。
- 教示(統一):「どちらで見えましたか? 左/右/両方 のいずれかで答えてください」と伝え、選択肢の順番も含めて毎回同じ言い回しを用います。
- 試行:単独と同時をランダム順でそれぞれ 10 回程度行います。1 試行 2–3 秒のテンポで、刺激の大きさ・明るさ・距離・背景コントラストを一定に保ちます。
- 記録:各試行ごとに回答(L/R/Both/無反応)を記録し、注視逸脱・反応遅延・取り違えなどの質的所見があれば併記します(例:途中で眠気が強くなった、右側への自発的注視が増えた等)。
判定指標(最小 3 点)
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| 指標 | 目的 | 測り方/記録 | 判定の目安 | 注意 |
|---|---|---|---|---|
| 単独検出率 | 視力・注意の基礎確認 | 単独 L/R の正答率(%) | 両側とも高率であれば同時試行の解釈が可能 | 単独で低率のときは視覚障害・理解の問題を優先評価 |
| 同時消失率(extinction) | 同時提示での競合の有無 | LR 試行で「片側のみ」回答となった割合(%) | 一側優位(例:左消失が高率)で USN を示唆 | 提示位置・明るさ・テンポを一定に保つ |
| 注視逸脱/誤反応 | 質的な注意障害の把握 | 注視外れ・反応遅延・無反応・左右取り違えの頻度 | 頻発する場合は所見に明記し、他検査と合わせて解釈 | 急がず一定のテンポで行い、疲労・覚醒レベルにも配慮 |
ランダム順の作り方(例)
| 試行 | 提示 | 回答欄 |
|---|---|---|
| 1 | L | ____ |
| 2 | LR | ____ |
| 3 | R | ____ |
| 4 | LR | ____ |
| 5 | L | ____ |
| 6 | R | ____ |
| 7 | LR | ____ |
| 8 | L | ____ |
| 9 | R | ____ |
| 10 | LR | ____ |
判定・記録の型(コピペ可)
| 項目 | 所見例 |
|---|---|
| 単独検出率 | L: 10/10, R: 10/10 |
| 同時消失率 | LR: 左消失 6/10(右のみ回答) |
| 質的所見 | 注視逸脱なし/反応遅延軽度 |
| まとめ | 同時提示で左の消失が高率。USN を示唆し、抹消・線分・時計描画の偏りと整合。 |
落とし穴と品質管理
- 注視の崩れ:提示前に「中心を見続ける」ことを再確認し、合図前に視線が動いた場合はその試行を無効としてやり直し、所見にも記録します。
- 刺激の不均等:左右の大きさ・明るさ・距離・背景コントラストをそろえ、セラピストの利き手や立ち位置による偏りを避けます(片側にだけ近づかない)。
- テンポの不均一:速すぎると無反応が増え、遅すぎると注意が散漫になります。メトロノームや心のカウントでリズムを決めておくと再現性が保ちやすくなります。
- 理解困難:単独試行で誤答が多い場合は、先に視力・言語理解・意識レベル・注意障害などの影響を評価し、「USN なのかどうか」を慎重に解釈します。
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現場の詰まりどころ
- 「単独がガタガタで同時が読めない」ケース:単独検出率が低いまま extinctions を見ようとしても判定不能になります。まずは眼鏡の有無・視力・覚醒レベルなどを整え、単独で 8/10 程度の正答を確保してから本検査に進むと迷いにくくなります。
- 「両方」が言いにくい・分かりにくい:失語や高次脳機能障害がある場合、「左/右/両方」の 3 択が負荷になることがあります。カードやジェスチャーを併用する、同じ選択肢を繰り返し提示するなど、教示の負荷を下げる工夫が有用です。
- 他検査との整合がつかない:抹消や線分二等分試験がほぼ正常でも、DSS のみで軽度の偏りを認めることがあります。その場合は「潜在的な競合の弱さ」として記述し、ADL 観察や時計描画などとあわせて総合的に判断すると記録がブレにくくなります。
- 評価者間でやり方がバラバラ:刺激物・距離・試行回数・ランダム順の作り方が人によって異なると、経時変化の比較が難しくなります。ログシートにプロトコルを固定し、「誰がやっても同じテンポ・同じ順番」を目指すとチームで共有しやすくなります。
よくある質問
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
DSS だけで USN(半側空間無視)と診断してよいですか?
いいえ、DSS 単独で USN を確定診断することは推奨されません。extinction は「競合状況で一側の入力が弱くなる」という現象であり、USN の一側面を反映していると考えられますが、抹消課題・線分二等分試験・描画課題・ADL 観察などと組み合わせて総合的に判断する必要があります。DSS で偏りがはっきりしていなくても、他の検査や日常場面で明らかな無視があれば USN は成立し得ます。
失語や構音障害がある場合はどう評価すればよいですか?
口頭で「左/右/両方」と答えることが難しい場合は、カードや指差しを使った 3 択にします。たとえば「左」「右」「両方」と書いたカードを提示し、見えた側を指差してもらう方法です。それでも選択が難しい場合は、DSS の位置づけを「参考所見」にとどめ、視線の向きや瞬きなどの非言語的反応を中心に質的に評価します。
練習試行はどの程度行えばよいですか?
一般的には、単独刺激を用いた練習 3〜5 試行で十分です。教示の理解や応答形式に問題がないことを確認したうえで本試行に入り、「練習で分からなかった試行」は正式なカウントには含めません。練習の段階で誤答が多い場合は、DSS 自体を実施する前に、視力・注意・理解面を再評価した方がよいことが多いです。
経過を追うときに、どの指標を必ず残しておくべきですか?
経過観察では、①単独検出率(L/R 別)、②同時消失率(どちら側がどれくらい消えるか)、③質的所見(注視逸脱・遅延・自発的な探索など)の 3 点を同じプロトコルで繰り返し記録することが重要です。単純な「有無」だけでなく、「消失頻度が減っているか」「探索行動が増えているか」を見ていくと、リハビリの効果や注意機能の変化を捉えやすくなります。
おわりに
二重同時刺激課題は、短時間で実施できる一方、注視の維持や刺激条件の統一が崩れると結果の解釈が難しくなる検査でもあります。単独検出率・同時消失率・質的所見という 3 つの視点で記録し、抹消課題や線分二等分試験など他の USN 視覚検査・ADL 観察と組み合わせて総合的に評価することで、治療方針や家族説明に活かしやすくなります。
臨床では「安全の確保 → 検査条件の標準化 → 結果の共有 → 再評価」というサイクルを意識すると、職種間で同じものさしを共有しやすくなります。今回のログシートや所見テンプレを、自施設のカンファレンスや教育の場でアレンジしながら使っていただければ幸いです。
参考文献
- Visual extinction / double simultaneous stimulation(総説・検索) PubMed
- Unilateral spatial neglect(背景知識・検索) PubMed
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


