6分間歩行( 6MWT )は、日常生活に近い機能的運動耐容能を短時間で評価できる検査です。30 m 直線コースで 6 分間に歩けた距離( 6MWD )を主要アウトカムとし、前後の Borg と HR・SpO₂ の変化を併読します。再現性の鍵はコース長・声かけ・装具/O₂ 条件の標準化です。
本記事は ATS 2002 と ERS/ATS 技術標準(2014)に準拠し、初めて実施する人でも迷わないよう「要点→手順→判定→ミス防止(表)」の順に整理しました。内部リンクは同一タブ、外部文献は新規タブで統一しています。
初めての人のクイックスタート(要点)
まず屋内に30 m 直線のコースを作り、 3 m 刻みの目印と折返しコーンを 2 個設置します。実施前は 10 分座位安静で BP・HR・SpO₂ と Borg を測定します。説明は「 6 分でできるだけ遠くへ。減速・休憩可、再開は任意」。試歩は行わず折返しの回り方のみ実演します。
テスト中は伴歩せず、毎分だけ標準フレーズで中立的に声かけします。症状と SpO₂ を監視し、終了 15 秒前に停止予告。終了後は総距離(端数 m )、最低 SpO₂、Borg を記録して次回以降の比較に備えます。まずは「安全・同一条件・簡潔な声かけ」を徹底しましょう。
実施環境と準備(コース・機器)
6MWT はコース長が結果に直結します。標準は 30 m 直線で、短いコースは折返しが増え 6MWD を短縮させ得ます。必要機器はタイマー、ラップカウンタ、軽量パルスオキシメータ、血圧計、可動式椅子、折返しコーン、Borg(息切れ/全身疲労)、酸素・AED です。
再検時は装具・O₂ 流量・機器を完全同一とし、場所・目印間隔・折返し位置も固定します。これらを記録テンプレート化しておくと、チーム内のばらつきを抑え、介入効果や病勢変化を正確に追跡できます。
最小セット
- 30 m 直線コース( 3 m 刻み目印)+コーン ×2 +スタート/フィニッシュ線
- タイマー、ラップカウンタ、Borg
- SpO₂/HR 測定(歩容を妨げない軽量型)
- 可動式椅子、血圧計、酸素・救急対応備品
禁忌と中止基準(表)
安全管理は手順の中核です。絶対禁忌(直近 1 か月の不安定狭心症・心筋梗塞)と相対禁忌(安静時 HR>120、SBP>180 mmHg、DBP>100 mmHg など)を事前に確認します。テスト中は症状と SpO₂ の両方を監視し、急変へ即応できる動線・人員を確保します。
中止基準は胸痛、強い呼吸困難、ふらつき・冷汗・蒼白、下肢けいれん、そして SpO₂ が < 80 % です。中止後は座位で観察し、回復が ≥ 85 % かつ症状軽快を確認して再開可とします。判定や処方に関わるため、最低 SpO₂、再開時点、中止理由を記録に残します。
区分 | 内容 |
---|---|
絶対禁忌 | 過去 1 か月の不安定狭心症・心筋梗塞 |
相対禁忌 | 安静時 HR>120、SBP>180 mmHg、DBP>100 mmHg など |
中止基準 | 胸痛、強い呼吸困難、ふらつき/失神前兆、下肢けいれん、冷汗・蒼白、SpO₂ < 80 % |
再開条件 | 症状軽快かつ SpO₂ ≥ 85 % で再開を検討 |
標準化された実施手順(声かけ台本)
手順の標準化は「ウォームアップ禁止」「毎分のみ定型フレーズ」「伴歩しない」の 3 点が柱です。開始前に 10 分座位安静で基準をそろえ、説明・折返しの実演を行ったら、 6 分カウントダウンで開始します。終了 15 秒前に停止予告し、停止地点をマーキングします。
休憩を要する場合は「壁にもたれて休めます。再開できるときに歩き始めてください。」と中立に伝えます。終了後に Borg、SpO₂/HR、総距離(端数 m )を記録します。声かけは毎分のみ、下表の標準フレーズを使用します(言い換え禁止)。
毎分の標準フレーズ(表・和訳例)
タイミング | 標準フレーズ |
---|---|
1 分経過 | 「順調です。あと 5 分です。」 |
残り 4 分 | 「いい調子です。あと 4 分です。」 |
残り 3 分 | 「順調です。半分まで来ました。」 |
残り 2 分 | 「いい調子です。あと 2 分です。」 |
残り 1 分 | 「順調です。あと 1 分です。」 |
終了 15 秒前 | 「まもなく『止まってください』と伝えます。その場で止まってください。」 |
記録と判定(MCID・予測値)
主評価は 6MWD( m )。連続評価では同一条件での再検が前提です。COPD における最小臨床重要差( MCID )は概ね 25 m(研究により 35 m の報告もあり)で、疾患や重症度により解釈が変わります。参照値は Enright & Sherrill の回帰式や日本人データを活用し、%予測も併記します。
解釈では 6MWD に加えて最低 SpO₂、Borg の前後差、回復過程を合わせ読みすると、循環・呼吸・末梢筋のボトルネックを推測しやすく、運動処方や酸素適応の判断に直結します。記録様式を統一して判定の再現性を担保しましょう。
予測式(Enright 1998)
- 男性:6MWD = 7.57×身長(cm) − 5.02×年齢 − 1.76×体重(kg) − 309
- 女性:6MWD = 2.11×身長(cm) − 2.29×体重(kg) − 5.78×年齢 + 667
参考:Enright 1998/日本人参照値(Ozasa 2010)/Holland 2010/Puhan 2008
よくあるミスと対策(OK/NG比較)
6MWT での誤差は「コース長」「声かけ」「装具・O₂ 条件」「伴歩」「ウォームアップ」の 5 項目に集約されます。OK/NG を一覧化し、記録ポイントまでセットで運用すると、チームの再現性が大幅に高まります。
下表を評価シートに転記して用いると、監査や症例検討でも情報共有が容易になります。内部リンクで手順や Borg の詳細へ遷移できる導線も用意しておくと学習効率が上がります。
項目 | NG | OK(推奨) | 記録ポイント |
---|---|---|---|
コース長 | 毎回長さが違う/短いコースで折返し多数 | 30 m 直線+ 3 m 目印+コーン ×2 を固定(スタート/フィニッシュ線明示) | 長さ・場所・目印間隔・折返し位置 |
声かけ | 励まし方が都度違う/随時声かけ | 毎分のみ標準フレーズ(言い換え禁止・中立的口調) | 標準フレーズの使用有無/逸脱内容 |
装具・O₂ | 再検時に補助具や O₂ 条件が異なる | 補助具・O₂ 流量・機器を完全に同一条件で再検 | 補助具種類,O₂ 流量/デバイス,装着位置 |
伴歩 | 横並び伴走や会話でペース影響 | 伴歩せずに距離を保って安全監視(必要時のみ最小限の介助) | 介助/中断の有無・理由・時点 |
ウォームアップ | 実施前に試歩やストレッチを行う | 10 分座位安静で基準化(試歩なし) | 安静時間,前後の HR・SpO₂・Borg |
中止基準 | 胸痛・強い呼吸困難・SpO₂ < 80 % でも継続 | 症状出現や SpO₂ < 80 % で即時中止(回復 ≥ 85 % で再開) | 中止理由,最低 SpO₂,再開時点 |
まとめ
6MWT は、実生活に近い運動耐容能を簡便に可視化できる信頼性の高い検査です。30 m 直線・毎分フレーズ・装具/O₂ 条件の統一・禁忌/中止基準の遵守という基礎を外さなければ、介入効果や病勢変化を感度高く追えます。
6MWD に最低 SpO₂ と Borg の変化を重ね、MCID と参照値を踏まえて解釈しましょう。記録テンプレートと OK/NG 表をセット化すれば、病棟から外来・在宅まで同一品質で運用できます。
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参考文献
- ATS Statement: Guidelines for the Six-Minute Walk Test. Am J Respir Crit Care Med. 2002;166(1):111–117. DOI: 10.1164/rccm.166/1/111 / PubMed / PDF
- ERS/ATS Technical Standard: Field Walking Tests in Chronic Respiratory Disease. Eur Respir J. 2014;44(6):1428–1446. DOI: 10.1183/09031936.00150314 / Article / PDF
- Holland AE, et al. Updating the Minimal Important Difference for 6MWD in COPD. Arch Phys Med Rehabil. 2010;91(2):221–225. DOI: 10.1016/j.apmr.2009.09.026 / PubMed
- Puhan MA, et al. Interpretation of treatment changes in 6MWD. Eur Respir J. 2008;32(3):637–643. PubMed
- Enright PL, Sherrill DL. Reference equations for the six-minute walk in healthy adults. Am J Respir Crit Care Med. 1998;158(5):1384–1387. DOI: 10.1164/ajrccm.158.5.9710086 / PubMed
- Ozasa N, et al. Six-Minute Walk Distance in Healthy Japanese Adults. General Medicine. 2010;11(1):25–30. J-STAGE