IMT と呼吸筋トレーニングの目的と適応
IMT( Inspiratory Muscle Training )は、吸気筋トレーニング( IMT )用デバイスを使い、呼吸筋に計画的な過負荷をかける呼吸訓練です。期待できる効果は、最大吸気圧( MIP )の改善、労作時の息切れ軽減、運動耐容能の向上などです。対象は、 MIP 低下や労作時呼吸困難、排痰力低下があり、循環動態が安定している成人例が中心となります。
IMT による呼吸筋トレーニングは、COPD・心不全・高齢フレイルなどでエビデンスが蓄積されており、「どのくらいの負荷から、どう増やすか」を定型化しておくことで、病棟や在宅でも安全に継続しやすくなります。本稿では、 IMT を用いた呼吸筋トレーニングのやり方と負荷設定を、現場でそのまま使えるプロトコルとして整理します。
準備物と安全管理(チェックリスト)
IMT を始める前に、「デバイス・モニタリング・禁忌と中止基準」をひとまとめに確認しておくと、現場で迷いにくくなります。特に心血管系のリスクがある症例では、リハ前カンファレンスや主治医との事前共有が欠かせません。
- デバイス:閾値負荷式(スプリング式)/可変抵抗式(ダイヤル式・電子式)。鼻クリップ、タイマー、パルスオキシメータ( SpO₂ )、主観的息切れ( Borg・RPE )や VAS を準備。
- 禁忌の例:不安定狭心症、急性心不全・急性呼吸不全、未調整の重度高血圧、急性胸痛、コントロール不良の重症不整脈など。
- 中止基準:著明な SpO₂ 低下(例:安静時から 4 ポイント以上低下)、胸痛・失神前駆、新規または増悪する不整脈、強いめまい・冷汗、呼吸苦の急激な増悪。
- 衛生管理:マウスピース・フィルタは患者ごとに管理し、使用後はメーカー指示に従い洗浄・清拭・乾燥。共有デバイスは定期的に感染対策部門と運用を確認。
初期設定(開始負荷と頻度)
IMT の開始負荷は「再現性のある MIP 測定」とセットで決めることが重要です。何% PImax で始めるかだけでなく、「患者がどのくらいしんどいと感じているか( RPE )」を合わせて見ておくと、日々の微調整がしやすくなります。
- MIP を標準手順で測定する(鼻クリップ使用、リーク防止、 3〜5 回実施し最良値を採用、体位は背もたれ付き座位などで統一)。
- 開始負荷の目安:おおむね 30〜50% PImax。フレイルや高度心肺機能低下例では 20〜30% 程度から開始し、 RPE で 4〜6 程度を目標にする。
- 頻度・期間の目安:週 5〜7 日、30 呼吸 × 1〜2 セット / 日 を 6〜8 週 継続する。病棟では 1 日 1 回から、在宅や外来ではセルフトレーニングの指導も検討。
セッション台本( 1 回分の流れ)
IMT を「いつも同じ台本で」進めることで、リハスタッフ間でのばらつきを減らし、経時変化を比較しやすくなります。ここでは 1 セッション( 30 呼吸 )の標準的な流れを示します。
- 椅子座位またはベッド上端座位で姿勢を整え、鼻クリップを装着。口唇とマウスピースの密着を確認する。
- 「胸郭を広げる意識で最後まで吸う → その後ゆっくり息を吐ききる」という 1 呼吸の流れを、デモンストレーションを交えて説明する。
- テンポは 約 6〜8 秒 / 呼吸(吸気 2〜3 秒+呼気 4〜5 秒)を目安に、メトロノームや声かけで一定に保つ。肩をすくめる浅い呼吸になっていないかをチェック。
- 30 呼吸完了後、 RPE・息切れ・胸部症状・ SpO₂ を記録し、「きつさ」の変化や症状の残り具合を聞き取る。
呼吸筋トレーニング器具の選び方
呼吸筋トレーニング器具の効果は、「どのタイプの負荷を、どのくらい継続できるか」で決まります。高機能な器具でも、患者さんが扱いにくければ継続は難しくなります。ここでは代表的なタイプと選び方のポイントを整理します。
- 閾値負荷式デバイス:一定以上の陰圧でバネが開くタイプ。負荷設定がシンプルで、 IMT 初心者や病棟での運用に向く。ダイヤル表示がわかりやすい製品を選ぶと、スタッフ間で共有しやすい。
- 可変抵抗・電子式デバイス:呼吸波形のフィードバックや細かな負荷調整が可能。外来フォローや在宅セルフトレーニングで「モチベーション維持」に貢献しやすい一方、導入コストや操作説明の時間はやや増える。
- 選び方の目安:病棟中心でシンプルに始めるなら閾値負荷式、長期的なセルフ IMT やアスリート・心不全外来などでは電子式も選択肢になる。どちらも「負荷が再現よく設定・記録できるか」を最優先にする。
増負荷ルール(チェックポイント)
IMT の増負荷は、「 RPE ・症状・ SpO₂ ・達成度」の 4 点をチェックしながら少しずつ進めるのが原則です。負荷を急激に上げると、息切れや胸部症状の悪化につながることがあるため、週単位でじわじわ上げるイメージを共有しておきます。
| 判定 | 次の一手 | 備考 |
|---|---|---|
| RPE 3 以下で 30 呼吸 × 2 セットを容易に完遂 | +5% PImax | 同じ負荷を 2〜3 セッション維持して様子を見てから次段階へ |
| RPE 4〜6・症状安定・ SpO₂ 変化軽微 | 現行維持 または +2〜5% PImax | 疲労の残り方や日常生活の息切れを聞き取り、日単位で微調整 |
| RPE 7 以上 または症状悪化 | -5〜10% PImax に減負荷 | 十分な休息後に再評価し、併用療法(有酸素運動・薬物治療)も含めて見直す |
よくあるミス【 OK / NG 早見】
IMT では「やり方が少し違うだけ」で負荷の実効性が大きく変わります。ここでは、よくある NG パターンと、その是正ポイントを一覧で整理します。
| NG | OK | 理由 |
|---|---|---|
| 口周囲から空気が漏れている | 口唇とマウスピースをしっかり密着+鼻クリップ使用 | 漏れがあると設定負荷どおりにトレーニングできず、再現性も低下する |
| 速すぎる浅い吸気(肩で吸う動きが強い) | 胸郭拡張を意識し、一定テンポでゆっくり深く吸う | 補助呼吸筋優位となり、狙いたい吸気筋トレーニングとずれやすい |
| 息切れやめまいがあっても負荷を下げない | RPE・症状・ SpO₂ を確認し、必要に応じて 2〜5% 単位で減負荷 | 安全マージンを超えると、継続困難や有害事象のリスクが高まる |
併用療法(合わせ技で効かせる)
IMT 単独よりも、「全身の有酸素運動や下肢筋力トレーニングと組み合わせる」ことで、息切れや生活レベルの改善につながりやすくなります。また、喀痰貯留が目立つ症例では、トレーニング前後の体位ドレナージや排痰手技をセットで計画することが多いです。
- 歩行・下肢レジスタンストレーニング: IMT で吸気筋を強化しつつ、 6 分間歩行やインターバル歩行などで全身耐容能も並行して高める。
- 排痰介入との組み合わせ:喀痰量が多い日は、先に排痰手技で気道をクリアにしてから IMT を行うことで、息苦しさを減らしやすい。
- 薬物療法との連携:気管支拡張薬の効果発現時間などを踏まえ、主治医と相談しながら IMT 実施タイミングを調整する。
記録テンプレ(コピペ用)
IMT の効果判定には、MIP や 6 分間歩行などの評価に加えて、日々のセッション記録が役立ちます。以下のような様式をカルテや共有シートにコピペしておくと、チーム内で経過を共有しやすくなります。
| 日付 | MIP(cmH2O) | 負荷(% PImax) | セット数 | RPE | SpO₂ 最低 | 症状 | メモ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025-10-07 | 1–2 |
現場の詰まりどころ
IMT は手順自体はシンプルですが、「いつ始めるか」「どこまで続けるか」で迷いやすい介入です。典型的なのは、安静時は安定しているが、軽い運動でも強い息切れが出る心不全例や、高齢フレイルで体力・理解度がばらつくケースです。
詰まりやすいポイントとしては、①心不全増悪直後で IMT を始めるタイミング(薬物・安静度とのバランス)、②患者さんが器具に慣れる前に「きついから無理」と中断してしまうケース、③効果判定指標( MIP ・ 6 分間歩行・質問紙など)が統一されておらず、続けるべきかどうか判断しづらい、などがあります。こうした場合は、「 2〜3 週ごとに MIP と自覚症状で評価する」「まずは 1 セットだけから始め、成功体験を積む」など、施設としてのミニルールを作っておくと運用がスムーズになります。
おわりに
IMT による呼吸筋トレーニングは、「再現性のある測定 → 適正な開始負荷 → 少しずつ増やす → 安全に見守りながら継続する」という流れを守ることで、息切れや運動耐容能の改善に現実的な効果が期待できます。一方で、全身状態や栄養状態、体組成などの背景が整っていないと、トレーニングだけでは十分な変化が出にくい症例も少なくありません。
特に高齢者や慢性心不全・ COPD を対象とする場合、呼吸筋サルコペニアの有無や全身の筋量低下をあらかじめ把握しておくことで、 IMT の位置づけがクリアになります。呼吸筋サルコペニアの概念や評価方法の整理は、呼吸筋サルコペニア(概念と評価)も参考にしつつ、呼吸リハ全体の中での IMT の役割をチームで共有していきましょう。
参考文献
- Langer D, et al. Inspiratory muscle training in patients with chronic obstructive pulmonary disease: Is it worthwhile? Phys Ther. 2015;95(9):1264–1273. Link
- Vázquez-Gandullo E, et al. Clinical Benefits of Inspiratory Muscle Training in Patients with Chronic Obstructive Pulmonary Disease. Int J Environ Res Public Health. 2022;19(9):5564. Link
- Laveneziana P, et al. ERS statement on respiratory muscle testing at rest and during exercise. Eur Respir J. 2019;53(6):1801214. Full text
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下
よくある質問
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
Q. IMT はどのくらい続けると効果が見えてきますか?
A. 研究報告では、おおむね 6〜8 週程度の継続で MIP や運動耐容能の改善が報告されています。ただし、基礎疾患やベースの活動量によって変わるため、「週 5〜7 日・ 30 呼吸 × 1〜2 セット」を 2〜3 週ごとに評価しながら続けるイメージが現実的です。途中で心不全増悪や呼吸器感染があれば、主治医と相談のうえ一時中断や負荷調整を行います。
Q. 高齢で理解がゆっくりな患者さんにも IMT は勧めてよいですか?
A. 認知機能や理解力に応じた説明とサポートが前提になりますが、「呼吸がしやすくなる」「階段や歩行が少し楽になる」といった具体的なメリットをイメージしてもらうと取り組みやすくなります。安全面では、スタート負荷を低め( 20〜30% PImax 程度)に設定し、短時間( 10〜15 呼吸)から始めて成功体験を積んでもらうのがおすすめです。
Q. IMT と全身トレーニングのどちらを優先すべきか迷います。
A. 息切れの主な要因が呼吸筋の弱さなのか、全身持久力や下肢筋力なのかによって優先度は変わります。実際の臨床では、 IMT を「 1 日 1 セットだけでも継続」しつつ、歩行や下肢レジスタンストレーニングで全身耐容能を底上げする併用が現実的です。時間や体力が限られる場合は、目標とする ADL や IADL に直結しやすい方から優先する、という考え方も有効です。


