この記事のゴール
本記事は、体圧分散マットレスの「種類や理論」の解説ではなく、導入前評価 → 導入時チェック → 導入後 72 時間のモニタリング に特化した実務プロトコルをまとめたものです。フォーム( reactive )・交互圧( active )・自動体位変換などの特徴そのものは別記事の総論(体圧分散マットレスの種類と選び方)で整理し、本稿では「決めたマットレスをどう安全に回すか」にフォーカスします。
Braden や厚労省危険因子評価票などのリスク評価、活動性・自力体位変換、夜間マンパワー、皮膚観察・体圧測定の所見を組み合わせて導入可否を判断し、導入直後〜 72 時間で“過不足のない支持面”に微調整していくことをゴールにします。
臨床もキャリアも「上向き」に。PT のキャリアガイドを見る導入前評価からマットレス決定までのフロー
まずは「どのマットレスを試すか」を決めるまでの流れを 5 ステップで整理します。ここではおおまかな判断枠組みだけを押さえ、詳細なスコアリングや種類の特徴はそれぞれの専用記事に委ねます。
- リスク評価で“守るべき部位”を可視化する
Braden/厚労省危険因子評価票などで褥瘡リスクをスクリーニングし、圧負荷に弱い部位(仙骨・踵・大転子など)とリスク要因(湿潤・摩擦・活動性低下など)を把握します。 - 活動性・自力体位変換の程度を確認する
寝返りや端座位がどの程度自立しているか、介助ならどのくらいの頻度で実施できるかを評価します。自発的・介助的な体位変換が十分に回るならフォーム中心、難しければ交互圧や自動体位変換を前向きに検討します。 - 夜間マンパワーとケア体制をすり合わせる
夜間 2–4 時間ごとの体位変換を安定して回せるか、看護・介護スタッフと事前に確認します。
・回せる → フォーム+体位変換の徹底
・回しきれない → 交互圧/自動体位変換の必要性を検討 - 禁忌・注意点をチェックする
循環動態が不安定なケース、不穏・せん妄が強いケース、ポンプ作動音への耐性が低い方などは、高機能機器の振幅・動揺がデメリットに働くことがあります。導入前に「悪化させないか」を必ず確認します。 - 候補マットレスを 1 つに絞り、トライアルに進む
ここまでの情報から候補を 1–2 種類に絞り、まずは 1 種類に限定してトライアルします。短期間で頻回に機種を変えると評価がブレるため、「導入前情報 → トライアル → 72 時間モニタリング」で 1 サイクル回すイメージを共有しておくとチームで動きやすくなります。
導入時チェックリスト(セットアップのポイント)
導入当日は「寝たとき」「端座位になったとき」「離床したとき」でチェックポイントが変わります。以下のリストをもとに、看護師・介護士と一緒に確認しておくとトラブルを減らせます。
- 沈み込み:仙骨・踵・肩甲部などに“点当たり”がないか。沈み込み過多で姿勢が崩れていないか。
- ズレ・滑り:頭側すべりや骨盤後傾が助長されていないか。特にギャッチアップ時の滑りに注意。
- 端座位の安定性:ベッド端座位で滑走や沈下が強くないか。足底支持が取りやすい高さか。
- 離床への影響:立ち上がりや移乗(スライディングボードなど)がやりにくくなっていないか。
- ポンプ・ホース:アラーム誤作動、ホース屈曲、電源コードのつまずきリスクがないか。
- 転落リスク:端部の沈下やマットレス厚みにより、ベッド柵を越えやすくなっていないか。
導入時は「よさそうかどうか」ではなく、どの条件なら安全に使えるか/どこに注意が必要かを具体的にメモしておくと、その後の 72 時間モニタリングで振り返りやすくなります。
導入後 72 時間のモニタリングプロトコル
導入後の 3 日間は、マットレスの良し悪しが“肌感覚”ではなくデータで分かるように、観察項目とタイミングをあらかじめ決めておきます。目安として、初回 24 時間・48 時間・72 時間の 3 ポイントで下記の項目を確認します。
| タイミング | 必ず見る項目 | 任意・状況に応じて |
|---|---|---|
| 0–24 時間 |
・皮膚所見(発赤の持続時間・硬結・水疱の有無) ・体位変換の実施状況(回数・間隔) ・端座位・離床のしやすさ(看護記録とのすり合わせ) |
・簡易な体圧測定(危険部位のスポットチェック) ・睡眠の妨げになっていないか(作動音・振動など) |
| 24–48 時間 |
・初期発赤の経過(改善/増悪/新たな発生) ・疼痛・不穏の変化(特定の体位で悪化していないか) ・離床回数・歩行距離の変化 |
・体圧測定の再実施(設定変更があれば前後比較) ・介護負担感(体位変換や清拭のしやすさ) |
| 48–72 時間 |
・褥瘡リスクの再評価(Braden 等の再スコアリング) ・皮膚所見の安定/悪化の総合判断 ・マットレス継続か、設定変更・機種変更かの検討 |
・睡眠の質(夜間覚醒回数・訴え) ・家族・本人の満足感や違和感の聞き取り |
必要に応じて、体圧測定を組み合わせると、「なんとなく良さそう/悪そう」ではなく、具体的なエビデンスを伴った判断につなげやすくなります。
よくあるシナリオ別の調整パターン
導入後の評価で「少し合っていないかも」と感じたときに、すぐ機種変更に走るのではなく、設定変更やケアの見直しで調整できないかを検討します。代表的なシナリオをいくつか挙げます。
ケース 1:フォーム導入後も仙骨発赤が残る
- まずは体位変換の頻度・内容を見直す(側臥位のバリエーション、ポジショニングクッションの追加)。
- ギャッチアップ角度が高すぎて滑り・摩擦が増えていないか確認する。
- それでも改善しない場合、高リスク部位をカバーできる交互圧や自動体位変換の導入を検討する。
ケース 2:交互圧に変更したが離床がうまく進まない
- ベッド高さ・端座位での沈み込みにより、立ち上がりが困難になっていないか評価。
- ポジショニングクッションの追加や、端座位・立ち上がり時のみベッドをフラットにするなどの工夫を試す。
- それでも ADL 低下が顕著であれば、フォーム+体位変換に戻すなど、「皮膚」と「活動性」のバランスで再検討する。
ケース 3:自動体位変換で睡眠障害やめまいが出現
- 体位変換の周期・角度を緩やかに調整し、症状との関係をみる。
- 特に高齢者や前庭機能低下が疑われる方では、夜間の動揺がめまい・不安感に直結することがある。
- 設定変更でも改善しない場合、夜間は交互圧やフォームに切り替えるなど、時間帯で使い分けることも選択肢となる。
記録とチーム連携のポイント
マットレスは「入れたら終わり」ではなく、評価と再評価をチームで回すツールです。SOAP や看護記録に、以下のような項目を意識して残しておくと、交代制でも質を保ちやすくなります。
- S:痛み・違和感・眠りにくさ・めまいなどの訴え。
- O:皮膚所見、体圧測定結果、体位変換状況、離床・歩行距離。
- A:選定したマットレスが現状のリスクと活動性に適合しているかの評価。
- P:設定変更・ケアの工夫・機種変更の方針と、次回再評価のタイミング。
リハビリテーション専門職は、姿勢管理や離床状況を含めて、マットレス選定の妥当性をフィードバックする役割が重要です。
おわりに
褥瘡対策の実務では、「禁忌や注意点の確認 → マットレス導入時チェック → 導入後 72 時間の再評価 → シナリオ別の調整 → 記録とチーム共有」というリズムで回していくことが大切です。体圧分散マットレスの種類や理論を押さえつつ、本稿のプロトコルを使って“入れて終わり”にならない運用を目指していきましょう。
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参考文献
- EPUAP/NPIAP/PPPIA. Prevention and Treatment of Pressure Ulcers/Injuries – International Guideline(2019)Support Surfaces 章. PDF
- Guideline Governance Group. Support Surfaces — International Guideline(更新:2025-02-25)SS3「圧再分配フォーム推奨(Strong)」. Link
- 日本皮膚科学会. 褥瘡診療ガイドライン 第 3 版(2023). J-STAGE
関連リンク(編集部セレクト)
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


