この記事のゴール(脳血管障害の ST 嚥下初期評価をフロー化する)
本記事のゴールは、成人の脳血管障害患者に対して、入院後 24〜48 時間で言語聴覚士( ST )が行う嚥下初期評価を「いつ・何を・どの順番で」行うかフローとして整理することです。安全な経口摂取の可否や食形態の目安を、やみくもな試験摂食ではなく、意識・呼吸・姿勢・口腔機能・嚥下観察の積み上げで判断できる状態を目指します。
あわせて、看護・栄養・ PT / OT との役割分担や情報共有のポイントも整理し、「評価 → 対応 → 再評価」を 1〜2 日単位のサイクルで回すイメージが持てるように構成しています。嚥下調整食や JDD2021、脳卒中ガイドラインとの整合も意識しつつ、病棟でそのまま使える実務寄りの内容を意図しています。
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ST 嚥下初期評価の全体像(いつ・誰と・どこで)
脳血管障害の嚥下初期評価は、ざっくりと「入院直後〜 24 時間」「24〜48 時間」の 2 フェーズで考えると整理しやすくなります。入院直後〜 24 時間は主として全身状態・意識レベル・呼吸状態・既往歴などのスクリーニング中心、24〜48 時間は状態が許せば口腔機能・嚥下関連機能のチェックや試験摂食の可否を検討するフェーズです。
実務上は、医師の指示・看護師による食事観察・栄養士による栄養評価とも密接に絡みます。 ST は「誤嚥リスクと経口摂取の可能性を統合して判断し、多職種が動きやすい形で情報提供する役割」を担うイメージで、病棟カンファレンスや電子カルテのフォーマットに合わせて評価内容を組み立てていきます。
入院直後〜 24 時間で押さえること(問診・観察のチェックポイント)
入院直後〜 24 時間は、全例に対して「試験摂食をする/しない」に関わらず必ず行う観察フェーズと位置づけます。既往歴(誤嚥性肺炎・嚥下障害歴・認知症など)、現在の食形態・経管栄養の有無、薬剤(鎮静薬・抗精神病薬など)を確認し、意識レベル・呼吸状態・ SpO₂ ・痰の性状・湿性嗄声の有無・咳嗽の質などを系統的に見ておきます。
この段階での目的は、どちらかと言えば「絶対にやってはいけないこと(試験摂食の禁忌)」を見抜くことです。重度の意識障害、呼吸不全、持続する湿性嗄声、安静時からの喘鳴・努力呼吸などがあれば、経口摂取は見送り、経管栄養や輸液による栄養・水分管理を優先する方向で医師・看護とコンセンサスを取ります。
口腔・嚥下関連機能のチェック(嚥下 5 期モデルの視点)
全身状態が許す場合、24〜48 時間のどこかで口腔・嚥下関連機能を系統立てて評価します。口腔内の清潔度・粘膜状態・義歯の適合、口唇閉鎖、舌の可動性・筋力、頬の保持力、軟口蓋の挙上、咽頭反射、喉頭挙上の触診などを、表情や随意運動の左右差とあわせて丁寧に確認していきます。
ここでは、いわゆる嚥下 5 期モデル(口腔準備期・口腔期・咽頭期・食道期・準備〜移行期)に沿って「どの段階で破綻しそうか」をイメージしながら、リスクと強みの両方を拾うことがポイントです。例えば口唇閉鎖や舌運動の協調性が保たれていれば、食形態や一口量を調整することで安全に試せる余地が広がりますし、口腔内環境が不良であれば誤嚥だけでなく誤嚥性肺炎のリスクも同時に意識する必要があります。
試験摂食を行うかどうかの判断と進め方
試験摂食に踏み切る前に、少なくとも意識レベル(例: JCS 1 桁程度)、呼吸状態の安定(安静時 SpO₂ ≧ 94% 目安)、座位保持の可否、湿性嗄声の有無、随意咳嗽の質を確認します。これらが明らかに不良な場合は試験摂食は見送り、状態の安定化と口腔ケア・姿勢調整などの前処置を優先します。
実施する場合は、まず安定した座位または半座位を確保し、嚥下しやすい一口量( 2〜3 mL 程度の水ゼリーやトロミ水など)から開始します。最初の数口では、嚥下反射のタイミング、喉頭挙上の有無、嚥下後の湿性嗄声・咳嗽・呼吸苦、口腔内残留に特に注意します。リスクが高いと判断した時点で直ちに中止し、医師へフィードバックして VE / VF の検討や食形態調整につなげます。
多職種への情報共有(何をどう伝えるか)
評価結果は、単に「嚥下障害あり/なし」といったラベリングではなく、「リスク」「安全にできること」「条件が整えばできること」の 3 区分で整理して共有すると、多職種が動きやすくなります。例えば「誤嚥リスクは高めだが、少量のトロミ水なら座位 45 度以上・看護見守り付きで可」など、条件付きの許可を具体的に言語化します。
看護には食事介助時の観察ポイント(むせ・喉頭クリア・疲労のサインなど)、栄養士には嚥下調整食レベルやトロミ濃度の目安、 PT / OT には姿勢調整やポジショニングの注意点をそれぞれ伝えます。カルテには SOAP 形式やチェックリストを活用し、「いつ・何を根拠に・どう判断したか」が時間経過とともに追えるように記録しておくことが重要です。
現場の詰まりどころ(よくあるつまずき)
嚥下初期評価でよくあるつまずきの一つは、「早く経口摂取を再開したい焦り」と「誤嚥が怖くて何も試せない不安」の両極端に振れてしまうことです。全身状態や口腔・嚥下機能の評価が曖昧なまま試験摂食に進むと誤嚥リスクが高まり、逆に安全に試せる症例でも過度に経口を止めてしまうと、廃用や QOL 低下につながります。
もう一つは、ST が不在の時間帯のリスクマネジメントです。夜勤帯の食事や水分摂取で看護師が迷い、結果として水分摂取が極端に制限されてしまう場合があります。あらかじめ「できること」「条件付きでできること」「禁忌事項」を病棟チームで共有し、迷った時の連絡先や判断フローを明示しておくと、現場の不安を減らしやすくなります。
よくある質問( FAQ )
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Q1.意識レベルが「ややぼんやり」している患者さんでは、どこまで評価しても良いですか?
意識レベルが JCS 2 桁や GCS の軽度低下レベルの場合、「安全に協力してもらえるかどうか」が一つの目安になります。開眼や簡単な口頭指示に応じられるなら、呼吸状態や循環動態が安定している前提で、口腔機能や嚥下関連機能の評価までは行って構いません。一方で、指示理解が不十分・突然眠り込む・姿勢保持が困難といった場合は、無理に試験摂食まで進めず、口腔ケアや座位耐性の向上など前段階の介入を優先します。
Q2.VE / VF を依頼するタイミングの目安はありますか?
VE / VF は、「ベッドサイド評価だけではリスクと可能性のバランスが判断しきれないとき」に検討します。例えば、むせや湿性嗄声があるにもかかわらず、少量なら経口摂取を継続したい場合や、誤嚥性肺炎を繰り返し、食形態やトロミ濃度の微調整が必要なケースなどです。全身状態・搬送可否・患者さんの負担を総合的に考え、医師と相談しながら「検査で判断が変わり得るかどうか」を基準にオーダーを検討します。
Q3.口から摂取が難しいと判断したとき、家族にはどう説明すればよいですか?
家族説明では、まず「むせているから危険」ではなく、「今の状態では気道を守る力が十分でない」ことを、画像や図を用いながら分かりやすく伝えます。そのうえで、一定期間は経管栄養中心としつつ、口腔ケア・姿勢調整・リハビリを通じて、少しでも安全に口から味わえる可能性を探っていく方針を共有します。「絶対に一生食べられない」と断定するのではなく、経過を見ながら評価と方針を見直すこと、評価時期の目安をセットで説明することが大切です。
おわりに(評価 → 対応 → 再評価の 24〜48 時間サイクル)
脳血管障害における ST 嚥下初期評価は、「安全の確認 → 小さく試す → 条件調整 → 再評価」というリズムで、入院後 24〜48 時間のサイクルを回していく営みと言えます。全身状態や画像所見だけで「食べられる/食べられない」を決めるのではなく、ベッドサイドでの観察と多職種連携を通じて、患者さんにとっての最適な経口摂取の形を探る視点が重要です。
一方で、こうした高度な判断や多職種調整を日々積み重ねるには、勤務環境や教育体制も大きく影響します。もし「今の職場では嚥下リハの学びや実践を深めにくい」と感じる場合は、マイナビコメディカルの面談準備チェック&職場評価シートも参考にしながら、自分に合った環境づくりを整えていくことも選択肢の一つです。
参考文献
1)Dysphagia Diet Committee of the Japanese Society of Dysphagia Rehabilitation. The Japanese Dysphagia Diet of 2021 by the Japanese Society of Dysphagia Rehabilitation. Jpn J Compr Rehabil Sci. 2022;13:64–77. DOI:10.11336/jjcrs.13.64
2)The Committee for Stroke Guideline 2021, the Japan Stroke Society. Japan Stroke Society Guideline 2021 for the Treatment of Stroke. Int J Stroke. 2022;17(9):1039–1049. DOI:10.1177/17474930221090347
3)Logemann JA, Hutcheson KA, Starmer HM, et al. Logemann’s Evaluation and Treatment of Swallowing Disorders. 3rd ed. PRO-ED; 2022.(ISBN:9781416411888) Publisher site
4)Shirai Y, et al. Nutrition Support in Dysphagia: Japan Nationwide Hospital Survey on Nutritional Values, Diet Characteristics, and Dietitians’ Roles in Texture-modified Diets. Cureus. 2025;17(4):eXXXXX. DOI(オンライン版)(アクセス日:2025 年 12 月)
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

