HDS-R の実施手順と採点・解釈のポイント
HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)は、短時間で実施できる認知機能スクリーニングです。本記事は、準備→実施→採点→解釈→共有までを「同じ流れで繰り返せる」形に整理し、現場で迷いやすいポイント(潜時、ヒントの扱い、体調要因、中断時の記録)を補います。
合計点だけで判断せず、反応の質(誤り方、固着、自己修正、疲労、聴こえ・見え)を短いメモで残すと、多職種共有と再評価が一気にやりやすくなります。
HDS-R で見る認知領域
| 領域 | 見たいこと | 観察ポイント | メモ例( 1 行) |
|---|---|---|---|
| 見当識 | 時間・場所の把握、環境への適応。 | 掲示物依存、入院直後の混乱、昼夜逆転。 | 「時間は一部誤り、自己修正なし、掲示物を注視」 |
| 記銘・想起 | 新規情報の保持と遅延後の取り出し。 | 自発想起と手がかり効果、潜時(秒)、学習曲線。 | 「自発低下→手がかりで改善、潜時 12 秒」 |
| 注意・作動記憶 | 注意の維持、更新、同時処理。 | 脱落、反復、途中での停止、聴覚負荷の影響。 | 「短い系列は可、長い系列で脱落、反復あり」 |
| 計算・遂行 | 規則的操作と遂行の持続。 | 規則逸脱、途中停止、焦りでの失点。 | 「開始は良好、途中停止、再開で規則は維持」 |
| 語想起 | 語の流暢性(量と質)。 | 反復、固着、偏り、疲労の影響。 | 「 60 秒で 8 語、反復 2 回、固着あり」 |
実施の標準化手順
再現性を高めるコツは「環境と声かけを固定」して、同じ条件で繰り返せるようにすることです。中断や配慮が入った場合は、時刻と理由を必ず残します。
| 段階 | やること | 記録すること |
|---|---|---|
| 前準備 | 静かな環境、眼鏡・補聴器、疼痛や息切れ、眠気、排泄の確認。 | 体調要因(睡眠、疼痛、薬、発熱など)と感覚補助の有無。 |
| 説明 | 目的と流れを短く説明し、聞こえ・見えの不安がないか確認。 | 説明理解の可否、聞き返し、緊張の程度。 |
| 実施 | 一定の話速と声量で進める。励ましは「採点に影響しない」範囲に留める。 | 潜時(秒)、ヒント要否、中断の有無(時刻と理由)。 |
| 採点 | ルール通りに採点し、迷った箇所は根拠メモを添える。 | 合計点と、引っかかった領域(見当識/想起/注意 など)。 |
| 共有 | 点数だけでなく反応の特徴と配慮点をセットで伝える。 | 次の一手(再評価時期、追加評価、生活場面観察)。 |
採点と解釈の実務ポイント
HDS-R は「スクリーニング」なので、合計点はあくまで入り口です。背景要因(年齢、教育歴、聴こえ・見え、睡眠、疼痛、薬、発熱、せん妄の疑い)を踏まえ、反応プロファイルで判断します。
| よくある状況 | 読み取りのコツ | 次の一手 |
|---|---|---|
| 合計点が低め | どの領域が落ちたか(見当識/想起/注意/語想起)で意味が変わる。 | 生活場面の観察(服薬、金銭、火の元)と追加評価を検討。 |
| 境界域 | 体調・環境の影響が大きい。潜時や自己修正、手がかり効果を必ず見る。 | 条件を整えて再評価(例: 1〜 2 週)+別尺度併用。 |
| 遅延想起だけ弱い | 自発想起と手がかり効果の差がヒントになる。 | メモや環境調整など代償手段の提案、家族指導に繋げる。 |
| 注意・作動記憶で崩れる | 難聴や疲労で悪化しやすい。聴覚負荷と集中の持続を切り分ける。 | 時間帯・休憩・環境調整の上で再評価、せん妄の確認。 |
| 語想起が少ない | 件数だけでなく反復や固着も重要。焦りで止まる人もいる。 | 会話場面の語の出方や、注意・抑うつの影響も併せて観察。 |
カットオフは「 20 点前後」を目安として扱われることが多い一方、対象や場面で変動します。数値を断定に使うより、「再評価の条件を揃える」「追加評価に繋げる」ための合図として運用すると安全です。
MMSE との違いと使い分け
| 観点 | HDS-R | MMSE | 使い分けの目安 |
|---|---|---|---|
| 得意な場面 | 日本の臨床で導入しやすく、短時間で回しやすい。 | 国際的に参照されやすく、研究や比較で使われやすい。 | 院内ルーティンは HDS-R、比較や紹介状は MMSE 併用も。 |
| 共有のコツ | 合計点+反応プロファイルのメモが重要。 | 合計点に加え、どこで失点したかの提示が重要。 | 「点数だけ」より「落ちた領域」を添えると伝わる。 |
現場の詰まりどころ
| 詰まり | 起きやすい理由 | 実務の対処 | 記録の型 |
|---|---|---|---|
| 聞こえの影響で点が落ちる | 聴覚入力が不十分だと、注意・記銘がまとめて崩れる。 | 補聴器・環境音・話速を整え、聞き返しは中断として記録。 | 「聞き返し 3 回、環境調整後に再開」 |
| 緊張で停止する | 検査場面で固くなり、計算や語想起で止まりやすい。 | 短い休憩、声かけは「安心の提供」に留め、ヒント化しない。 | 「途中停止あり、休憩後に再開」 |
| 中断が入って条件が崩れる | 呼吸苦、疼痛、排泄、ナースコール、処置など。 | 時刻と理由を必ず残し、次回は同条件で再評価できるようにする。 | 「 10:12 排泄で中断、 10:18 再開」 |
| 境界域で判断に迷う | 体調・睡眠・薬の影響が重なりやすい。 | 条件を整えて再評価、別尺度や生活観察で裏取りする。 | 「条件調整の上で 2 週後に再評価予定」 |
| 語想起の「質」を書けない | 件数だけで済ませがちで、経過が追いにくい。 | 反復・固着・偏りを 1 行で追記する。 | 「反復 2、固着あり、偏りあり」 |
記録用シート(院内共有用)
点数と反応プロファイルを同時に残せる「 1 枚メモ」です。項目の文言は書かず、観察とメモ欄を中心にしておくと共有がスムーズです。
| 区分 | 記入欄 | メモ |
|---|---|---|
| 実施情報 | 実施日:____ 開始:__:__ 終了:__:__ 中断:有/無 | 中断があれば「時刻・理由」を記録。 |
| 条件 | 眼鏡:有/無 補聴器:有/無 疼痛:有/無 眠気:有/無 発熱:有/無 | 睡眠、薬、呼吸苦、排泄の影響も一言。 |
| 合計点 | ____ / 30 | 合計点は入口。必ず領域メモも添える。 |
| 領域メモ | 見当識:____ 記銘・想起:____ 注意・作動記憶:____ 計算・遂行:____ 語想起:____ | 落ちた領域を○で囲むだけでも可。 |
| 反応プロファイル | 潜時(秒):____ ヒント要否:____ 自己修正:____ 誤りの型:____ | 「潜時」「手がかり効果」「固着」を優先。 |
| 共有・計画 | 共有先:医師/看護/ OT/ ST/ MSW/家族 次の一手:再評価(__週後)/追加評価/生活観察 | 再評価は「同条件」で行えるように条件も残す。 |
よくある質問(FAQ)
※各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
Q1. 所要時間の目安はどれくらいですか?
短時間で実施できる検査ですが、正確に見るには「前準備(眼鏡・補聴器、環境、体調確認)」を含めて時間を確保します。中断があった場合は、時刻と理由を残すと再評価に役立ちます。
Q2. 点数が境界域のとき、どう解釈すればよいですか?
体調、睡眠、疼痛、薬、感覚機能の影響を確認し、条件を整えて再評価します。合計点だけでなく、潜時や自己修正、手がかり効果、誤り方のメモが判断材料になります。
Q3. 難聴や疲労が強い人では、どう運用しますか?
聞こえや疲労で注意・記銘がまとめて崩れやすいので、まず条件を整えます(補聴器、環境音、話速、休憩)。聞き返しや中断は「検査結果の一部」として記録し、次回の条件統一に繋げます。
Q4. 多職種共有で、何を伝えるのが一番有用ですか?
合計点に加えて「落ちた領域」と「反応プロファイル(潜時、ヒント要否、誤りの型)」を短く共有すると、経過観察と介入計画が揃いやすくなります。
おわりに
HDS-R は「安全の確保 → 条件の統一 → 実施 → 点数+反応プロファイルの記録 → 再評価」で回すと、臨床の迷いが減ります。評価結果を踏まえて次の一手を整えるために、面談準備チェックと職場評価シートも合わせて使える マイナビコメディカルのまとめページも確認しておくと、現場での整理が速くなります。
参考文献
- 日本老年医学会. 高齢者診療におけるお役立ちツール:HDS-R. Web / 質問票 PDF tool_05.pdf.
- Gong Q, et al. Utility of a shortened Hasegawa Dementia Scale Revised questionnaire to rapidly screen and diagnose Alzheimer’s disease. Psychogeriatrics. 2021. PubMed: 34250428 / DOI: 10.1002/agm2.12152.
- Honjo Y, et al. Attention to the domains of Revised Hasegawa Dementia Scale according to age and education in Alzheimer’s disease. Psychogeriatrics. 2024. PubMed: 38403287.
- 東京都民医連. 改訂 HDS-R の使い方(資料). PDF.
- 長谷川和夫, 加藤伸司. 『改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の手引き』中央法規出版, 2020.
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


