予測的姿勢制御( APA )とは(臨床で何が変わる?)
予測的姿勢制御( anticipatory postural adjustment: APA )は、動作が始まる直前に、重心( COM )や足圧( COP )・姿勢を先回りして整えるフィードフォワード制御です。自分で起こす外乱(立ち上がり、方向転換、持ち上げ、歩行開始など)を見越して、体幹・下肢の姿勢筋が先に働くことで、ふらつきや代償を減らします。
APA が遅れたり小さくなると、「一歩目」「回り始め」「持ち上げ始め」で崩れやすくなります。本記事は、 APA を見抜く(評価)→つなげる(介入)ために、臨床でそのまま使える観察ポイントと段階づけをまとめます。
APA と反応的姿勢制御の違い( 1 表で整理 )
転倒やふらつきは、動く前の準備( APA )なのか、崩れた後の立て直し(反応的)なのかで、評価と介入の優先順位が変わります。姿勢制御の総説でも、 APA は「随意運動に先行して安定性を確保する要素」として中核に位置づけられます。
※表は横にスクロールできます。
| 観点 | 予測的姿勢制御( APA ) | 反応的姿勢制御( RPA ) |
|---|---|---|
| 起こるタイミング | 動作の直前(外乱が起きる前) | 外乱の直後(崩れた後) |
| 典型的な場面 | 立ち上がり開始、方向転換開始、歩行開始、リフティング開始 | つまずき、押される、滑る、予期しない接触 |
| 臨床での“あるある” | 「一歩目でふらつく」「回り始めで止まる」「持ち上げ始めで腰が怖い」 | 「ステップが出ない」「反応が遅い」「踏み替えが小さい」 |
| 介入の主役 | 構えの学習(視線・呼吸・足圧・体幹セット)+課題特異的反復 | 外乱トレーニング(ステッピング反応、保護伸展、方向別の立て直し) |
「静的バランスは保てるのに、動き出しで崩れる」場合は、まず APA を疑うと整理が速くなります。
予測的姿勢制御のメカニズム(なぜ“構え”が必要?)
動作開始では、 COM を動かす必要がある一方で、 BOS から外れすぎると転倒します。そこで身体は、動作の直前に COP を意図的に操作し、 COM の軌道を“安全に動かし始める”準備をします。これが APA の見え方(足圧の移動、股関節前傾、体幹の先行など)です。
APA は、課題の経験(成功・失敗)や注意、疼痛、恐怖、感覚の信頼性によって変化します。高齢者やパーキンソン病、脳卒中では、先行収縮のタイミング遅延や振幅低下が問題になりやすいとされます。
APA が崩れる主因(臨床で多い順)
- 恐怖・転倒不安:動作を小さくして安全に見せようとして、準備も小さくなりやすい
- 疼痛:回避戦略で体幹・下肢の協調が崩れ、開始で引っかかる
- 注意配分:デュアルタスクで「構え」が削られる
- 感覚統合:足底・前庭・視覚の信頼性が不安定で、準備が一貫しない
まずはここだけ: 3 タスクで“構え”を見抜く
APA は機器がなくても、動作直前の「足圧・視線・体幹・股関節」の準備として観察できます。最初は 3 タスクに絞ると、チームで共有しやすいです。
※表は横にスクロールできます。
| タスク | 見たい“構え”(動作直前) | 遅れ・不足のサイン | その場での一手 |
|---|---|---|---|
| 立ち上がり開始 | 足圧の前方化、股関節前傾、視線の先行、両足の対称性 | 一歩目でふらつく/いったん止まる/上体が起きたまま引き上げる | 足位置を後方寄せ+「前に倒してから立つ」を分解練習 |
| 方向転換開始 | 視線先行→肩→骨盤の順、回旋前の荷重移動 | 回り始めで停止/小刻み歩行/回旋が分節化しない | 合図で「目→肩→骨盤」を声かけ順で固定 |
| 持ち上げ開始 | 呼吸のタイミング、骨盤セット、下肢優位の荷重、対象物への近接 | 持ち上げ始めで腰が怖い/息止め/背部優位で一気に引く | 軽量で「近づく→吐く→脚で押す」を反復( 1 要素ずつ追加) |
予測的姿勢制御の評価(テスト選択と解釈のコツ)
APA は「どの動作で、どのタイミングで、どの程度出ているか」を観察して言語化します。尺度は、所見をチームで共有し、再評価で比較するための道具として使うとブレにくいです。
- Mini-BESTest:予測的姿勢調整を含む 4 ドメインで、どこが弱いかを分解しやすい
- FGA:速度変化・方向転換・障害物など、歩行中の「準備」を拾いやすい
- mCTSIB:感覚統合(背景因子)を把握して、 APA の“出にくさ”の理由を補足する
「点数」だけで終えず、上の 3 タスク(立ち上がり/方向転換/持ち上げ)に戻して、どこを直すかに落とし込みます。
予測的姿勢制御のリハビリ(プライミング→段階づけ)
APA の改善は、筋力だけではなくタイミングと協調が主役です。運動前に「構え」を入れ、成功体験を反復して内部モデルを更新します。難易度は 1〜2 要素ずつ変えると、回避や恐怖の増悪を防げます。
介入の型(まず揃える 4 点)
- 視線:次に向かう場所へ先に置く
- 呼吸:息止めを避け、吐くタイミングで動き出す
- 足圧:動き出し方向に COP を“先に”作る
- 体幹:骨盤と胸郭の向きを揃え、主動作筋に先行するトニックを作る
段階づけの例(立ち上がり・方向転換)
- 立ち上がり:足位置調整 → 前傾だけ反復 → 起立だけ反復 → 連続立ち上がり → 速度変化 → 段差へ
- 方向転換:その場回旋(視線→肩→骨盤)→ 小回り → 大回り → 狭路・障害物 → 人混み想定
安全管理として、介助・補助具・環境設定(足元クリア、椅子高さ、手すり)を先に固定し、成功率を確保したうえで負荷を上げます。
デュアルタスク × バランス(現実場面へ汎化する)
日常生活では、会話・周囲確認・注意配分が常に乗ります。単一課題で APA が安定してきたら、少量のデュアルタスクを入れて現実場面へ橋渡しします。負荷が高すぎると APA が削られるため、まずは成功率 7〜8 割を目安に難易度を調整します。
パーキンソン病などで動作開始が難しい場合は、合図(聴覚・視覚・触覚)やリズム刺激を変えて、「構え」と「開始」をセットで誘導できるかを評価・訓練します。
現場の詰まりどころ(よくある失敗パターン)
- 静的バランスで終わる:開眼立位が良好でも、動き出しで転倒する例は多く、 APA を見ないと原因を取り逃がします。
- 筋トレ中心で“タイミング”に踏み込めない:下肢筋力が保たれていても、動作直前の準備が遅いと一歩目は安定しません。
- 恐怖・疼痛を別枠にしてしまう:怖さや痛みが強いと、 APA 自体が抑制されやすいので、成功体験の設計とセットで介入します。
- 難易度が急:高難度へ飛ぶと回避が増え、活動量低下につながります。負荷は 1 ステップずつが安全です。
- 評価と訓練がつながらない:スコアだけで終わらせず、「 3 タスク」のどこに落とすかを決めます。
なお、評価や手順の標準化と同じように、働き方の見直しも「抜け漏れ防止の型」があると迷いにくいです。見学や情報収集で使える面談準備チェックと職場評価シートを置いているので、必要なときに使ってください:面談準備チェック( A4 ・ 5 分)と職場評価シートのダウンロード
よくある質問( FAQ )
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Q1. 予測的姿勢制御( APA )と反応的姿勢制御はどう違いますか?
APA は「動作が始まる前」に、重心や足圧・姿勢筋を先回りして調整する制御です。反応的姿勢制御は外乱が加わった「後」に、ステップ反応などで姿勢を立て直す制御です。転倒が「一歩目」で起きるのか、「つまずき後」に起きるのかで、優先すべき評価と介入が変わります。
Q2. 機器がなくても APA は評価できますか?
可能です。臨床では「立ち上がり開始」「方向転換開始」「持ち上げ開始」など、動作直前の足圧移動・視線先行・体幹セットを観察して言語化します。まずは 3 タスクに絞り、同じ条件(椅子高さ、回る方向、荷物の重さ)で再評価できる形にすると比較が安定します。
Q3. 筋力トレーニングだけでも APA は改善しますか?
筋力やパワーは APA の出力を支える土台になりますが、「いつ・どの順番で働かせるか」というタイミングや協調は、課題特異的な反復がないと変わりにくいです。問題となる動作(立ち上がり、方向転換、持ち上げ)そのものを、構え込みで練習するのが近道です。
Q4. パーキンソン病の “すくみ足” と APA は関係しますか?
動作開始の難しさは、準備(構え)と開始の連結がうまくいかない形で現れることがあります。合図(聴覚・視覚・触覚)やリズム刺激を使い、「構え → 開始」をセットで誘導できるかを評価し、成功しやすい条件を見つけて反復します。
Q5. デュアルタスクはいつから入れるべきですか?
単一課題で APA がある程度安定し、「開始で崩れない」状態が作れたら、少量から入れます。難易度は成功率 7〜8 割を目安にし、失敗が続くなら負荷を下げて“成功体験”を優先します。
次の一手(おすすめの読み進め方)
- 姿勢制御の全体像(静的/予測的/反応的)を先に整理したい:バランス能力とは?姿勢制御を 3 軸で整理
- 崩れた後の立て直し(外乱応答)を深掘りしたい:反応的姿勢制御リハビリ|評価とアプローチ
- 評価を横串で整理して選びたい:評価ハブ(全体)
参考文献
- Bouisset S, Zattara M. Biomechanical study of the programming of anticipatory postural adjustments associated with voluntary movement. J Biomech. 1987;20(8):735-742. doi: 10.1016/0021-9290(87)90052-2
- Horak FB. Postural orientation and equilibrium: what do we need to know about neural control of balance to prevent falls? Age Ageing. 2006;35(Suppl 2):ii7-ii11. PMID: 16926210
- Yiou E, Caderby T, Hussein T. Adaptability of anticipatory postural adjustments associated with voluntary movement. World J Orthop. 2012;3(6):75-86. doi: 10.5312/wjo.v3.i6.75
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- Aruin AS, Latash ML. The role of motor action in anticipatory postural adjustments studied with self-induced and externally triggered perturbations. Exp Brain Res. 1995;106:291-300. doi: 10.1007/BF00241125
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- Franchignoni F, Horak F, Godi M, Nardone A, Giordano A. Using psychometric techniques to improve the Balance Evaluation Systems Test: the Mini-BESTest. J Rehabil Med. 2010;42(4):323-331. doi: 10.2340/16501977-0537
- Wrisley DM, Marchetti GF, Kuharsky DK, Whitney SL. Reliability, internal consistency, and validity of data obtained with the Functional Gait Assessment. Phys Ther. 2004;84(10):906-918. doi: 10.1093/ptj/84.10.906
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


