糖尿病の運動療法|開始・中止基準と血糖値の見方

臨床手技・プロトコル
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糖尿病の運動療法は「開始・補食・負荷変更・延期・中止」の5つで判断する

糖尿病患者の運動療法では、「血糖値が何mg/dLなら中止か」だけで判断するのではなく、血糖・ケトン・症状・薬剤・食事・足部・合併症を合わせて確認することが重要です。実務では、運動前の状態を「開始候補」「補食・再確認」「負荷変更」「延期・相談」「即時中止」の5つへ振り分けると判断を整理しやすくなります。

この記事では、病棟・外来・通所・訪問で糖尿病患者の運動療法に関わるPT・OT・看護師などを対象に、低血糖、高血糖、ケトン、足病変、網膜症、自律神経障害、運動中の危険所見から、どこで判断を変えるかを整理します。記事内容と同じ判断軸で使えるExcel・PDF版の実務シートも用意しています。

この記事の結論

  • 開始候補:血糖値だけで一律中止とせず、症状・治療内容・合併症まで確認する
  • 補食・再確認:低血糖または低血糖リスクがある場合は、そのまま開始しない
  • 負荷変更:足病変・網膜症・自律神経障害などでは、姿勢・荷重・強度・運動様式を変える
  • 延期・相談:安全性を担保できない高血糖・ケトン・急性症状などでは運動を見合わせる
  • 即時中止:運動中に低血糖、胸痛、強い呼吸困難、失神前症状などが出たらその場で止める

まず「開始候補・補食・負荷変更・延期・即時中止」に分ける

糖尿病の運動療法では、すべてを「実施する/中止する」の2択にすると判断しにくくなります。運動そのものを止める必要があるのか、補食後に再確認すればよいのか、荷重や強度だけ変えればよいのかを分けて考えることがポイントです。

糖尿病運動療法の5つの判断
判断 主な状態 実務対応
開始候補 血糖・症状・薬剤・足部・合併症を確認し、大きな問題がない 予定した運動を開始し、症状と反応を観察する
補食・再確認 低血糖、または低血糖リスクが高い 院内手順や個別指示に沿って補正し、再測定して再開可否を判断する
負荷変更 運動自体は可能だが、荷重・姿勢・強度・運動様式に制限が必要 低強度、座位、非荷重運動などへ変更する
延期・相談 安全性を担保できない高血糖・ケトン・急性症状・未評価の合併症など 開始せず、主治医・看護師等へ連携して再開条件を確認する
即時中止 運動中に低血糖や危険症状が出現 その場で運動を止め、安全確保と必要な対応・医療評価へ進む

「開始候補」は「安全が保証された」という意味ではありません。運動前に問題がなくても、運動中の血糖変化、循環応答、症状、足部の状態を継続して確認します。

糖尿病運動療法の安全判断フロー。血糖・ケトン、症状・薬剤・食事、足部・合併症、運動内容を確認し、開始候補・補食再確認・負荷変更・延期相談・即時中止の5つに判断する
糖尿病運動療法では、開始・補食/再確認・負荷変更・延期/相談・即時中止の5つに分けて考える

糖尿病運動療法の開始・変更・延期・中止 判断シート

本文の判断軸を、臨床で確認・記録しやすいようにA4実務シートへまとめています。Excel版は院内運用に合わせた編集・入力用、PDF版は印刷してそのまま確認する用途を想定しています。

糖尿病運動療法|開始・変更・延期・中止 判断シート

血糖・ケトン・症状・薬剤・足部・合併症を確認し、「開始候補/補食・再確認/負荷変更/延期・相談/即時中止」へ振り分けます。

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本シートは一般的な判断を補助する資料です。1型・2型糖尿病、インスリン使用、食事時刻、個別の運動指示、院内プロトコル、急性疾患の有無によって判断は変わるため、施設ルールと主治医の指示を優先してください。

運動前血糖値は「低い・高い」だけでなく治療内容とケトンを合わせて見る

運動前血糖は重要な判断材料ですが、1つの数値をすべての糖尿病患者に共通する絶対的な開始・中止基準として使うことはできません。特に低血糖側ではインスリンやインスリン分泌促進薬、高血糖側では病型・インスリン不足・ケトン・症状を合わせて確認します。[1][3]

運動前血糖値の実務上の整理
運動前血糖 考え方 主な対応
<70 mg/dL 臨床的に重要な低血糖。症状がなくてもそのまま開始しない 運動を開始せず低血糖対応へ。補正後に再測定し、再開条件を満たすか確認する
70〜89 mg/dL 特にインスリン・インスリン分泌促進薬使用者では、運動により低血糖へ進む可能性がある 運動内容、活動中インスリン、食事、時間帯を確認し、必要に応じ補食・再確認する
90〜249 mg/dL 血糖値だけを理由に一律中止とする範囲ではない。ただし「安全域」を意味しない 症状・薬剤・食事・足部・合併症を確認して開始候補とする
空腹時250 mg/dL以上 日本糖尿病学会の一般向け情報では、血糖コントロール不良時の運動を控える目安 運動をいったん見合わせ、病型、治療内容、ケトン、症状、個別指示を確認する
尿ケトン陽性 インスリン不足を伴う場合、運動で高血糖・ケトーシスが悪化する可能性がある 運動を控え、必要な医療評価・連携へ進む

ADA Standards of Care 2026では、インスリンまたはインスリン分泌促進薬を使用している人で、運動前血糖が90 mg/dL未満の場合には、運動の種類・強度・時間、インスリン調整などに応じて炭水化物摂取が必要となる場合があるとしています。[3]

また、70 mg/dL未満は低血糖として臨床的に重要であり、54 mg/dL未満はさらに重度の低血糖に分類されます。運動中に70 mg/dL未満となった場合も、そのまま継続せず低血糖への対応を優先します。[4]

250 mg/dLは、すべての場面で同じ意味の「絶対中止線」ではない

日本糖尿病学会の一般向け情報では、血糖コントロールが悪く空腹時血糖250 mg/dL以上、または尿ケトン体陽性の場合は運動を控えるとされています。[2]

一方で、随時血糖や食後血糖が250 mg/dLを超えた場面まで、条件を確認せず一律に同じ扱いとするのは適切ではありません。特に1型糖尿病やインスリン不足が疑われる高血糖ではケトン確認が重要で、ケトンを伴う高血糖では運動を延期します。ADAの運動に関するポジションステートメントでも、高血糖時はケトンの有無と運動強度を分けて考えることが示されています。[6]

実務ポイント:「250 mg/dL」という数字だけをカルテから拾うのではなく、空腹時か食後か、1型か2型か、インスリン使用の有無、ケトン、症状、食事摂取、個別指示まで確認して判断します。

血糖がそれほど高くなくてもケトアシドーシスを疑う場面がある

SGLT2阻害薬を使用している患者などでは、著明な高血糖を伴わないケトアシドーシスが起こることがあります。悪心・嘔吐、腹痛、強い倦怠感、脱水、食事摂取低下などがある場合は、「血糖が250 mg/dL未満だから大丈夫」と判断せず、運動を見合わせて医療評価につなげます。[7]

運動前チェック|血糖だけでなく7項目を確認する

開始前は、血糖値だけを見るのではなく、体調・血糖・ケトン・薬剤・食事・足部・合併症とバイタルを短時間で確認します。毎回同じ順番にすると、担当者による確認漏れを減らしやすくなります。

運動開始前に確認する7項目
確認項目 確認する内容 判断が変わる例
体調 発熱、感染徴候、胸部症状、呼吸苦、倦怠感、脱水、失神前症状 急性症状があれば延期・相談
運動前血糖 現在値、低下・上昇傾向、測定条件 低血糖なら補正、高血糖なら病型・ケトン等を追加確認
ケトン 高血糖やインスリン不足が疑われるときの尿・血中ケトン 陽性・上昇時は運動を控える
薬剤 インスリン、SU薬、グリニド系などと投与時刻 低血糖リスクに応じ補食・再確認を検討
食事 最終食事時刻、摂取量、絶食・食事遅延 薬剤との組み合わせで低血糖リスクが変わる
足部 創傷、出血、発赤、腫脹、熱感、疼痛、靴・装具 非荷重化、運動様式変更、専門評価が必要になる
合併症・バイタル 網膜症、末梢・自律神経障害、心血管疾患、腎疾患、血圧・脈拍など 姿勢・強度・運動様式の変更や開始延期を検討

血糖値が問題なくても、合併症によって運動方法を変更する

糖尿病では、血糖値が開始可能な範囲でも、網膜症、末梢神経障害、自律神経障害、足病変、心血管疾患などによって運動の種類や強度を変更する必要があります。[1][5]

糖尿病合併症があるときの運動療法の調整
状態 注意点 主な対応
進行した糖尿病網膜症 強い運動、息こらえ、衝撃、急激な血圧上昇などが問題となる 高強度・衝撃性運動などを避け、眼科評価と個別指示を確認
末梢神経障害 疼痛や圧迫を自覚しにくく、皮膚損傷・潰瘍を見逃しやすい 適切な靴、足部観察、荷重量・運動様式を調整
自律神経障害 起立性低血圧、心拍応答低下、体温調節障害、無自覚性低血糖など 姿勢変換を慎重にし、強度・環境・循環反応を個別評価
心血管・呼吸器疾患 糖尿病とは別に運動中有害事象のリスクがある 疾患別の運動可否・中止基準と主治医指示を優先
足部開放創・損傷 荷重によって創部への圧が増える可能性がある 荷重運動を避け、非荷重運動と専門評価を検討

運動中は「血糖値」より先に危険症状があれば即時中止する

開始前の条件を満たしていても、運動中に危険所見が出れば継続しません。低血糖、胸痛、強い呼吸困難、失神・失神前症状、意識変化、急な神経症状などは、数値の再確認より先に運動を中止して安全を確保します。

  • 血糖70 mg/dL未満、または低血糖を疑う症状
  • 新たに出現した胸痛・胸部圧迫感・放散痛
  • 通常の運動反応を超える強い呼吸困難
  • 失神、失神前症状、急激なふらつき
  • 意識状態の変化、急な混乱
  • 新たな麻痺・構音障害など急性神経症状
  • 新規の出血、足部損傷、強い足部痛
  • その他、施設で定めるリハビリテーション中止基準に該当する所見

低血糖の場合は運動を中止し、施設の低血糖対応手順に沿って補正・再測定します。胸痛、失神、急性神経症状などがある場合は、糖尿病の運動療法として処理するのではなく、緊急性のある症状として医療評価へつなげることが重要です。

足病変は「運動を全部止める」のではなく、荷重できるかを分けて考える

末梢神経障害があるだけで、すべての歩行や運動を禁止するわけではありません。適切な履物と足部観察を行い、皮膚損傷がなければ運動を実施できる場合があります。一方、足部の外傷や開放創がある場合は、荷重活動を制限して非荷重運動へ変更することが推奨されています。[3][5]

足部所見による運動方法の分け方
足部の状態 考え方 対応例
末梢神経障害のみ 足部損傷を見逃しやすいため観察を強化 靴・装具を確認し、運動前後に皮膚を観察
発赤・胼胝・圧迫部位 局所への反復荷重を再評価 荷重量、靴、装具、運動種目を調整
開放創・潰瘍 創部への荷重を避ける必要がある 非荷重活動へ変更し、創傷管理・専門評価へつなぐ
原因不明の腫脹・発赤・熱感 感染やCharcot神経関節症などを除外する必要がある 荷重を控え、早期に医療評価へつなぐ

糖尿病足病変では、運動療法だけで判断を完結させず、感覚・血流・皮膚・変形などを含めて足部リスクを確認することが重要です。詳しい評価は、糖尿病足病変の評価|視診・感覚・血流・変形の見方で整理しています。

運動後も低血糖と足部所見を再評価する

糖尿病の安全管理は、運動終了と同時に終わりではありません。特にインスリンやインスリン分泌促進薬を使用している患者では、運動後も数時間にわたり低血糖が起こる可能性があります。[3]

運動後は、患者ごとのリスクに応じて次の項目を確認します。

  • 低血糖症状の有無
  • 必要時の血糖再測定
  • 運動強度・運動時間
  • 食事・補食の状況
  • インスリン・低血糖リスク薬との時間関係
  • 足部の新たな発赤・疼痛・擦れ・出血
  • 運動前と比べた循環・呼吸・自覚症状の変化

「運動後は必ず○分後に再測定する」と一律に決めるのではなく、病型、治療薬、運動時間、運動強度、過去の低血糖歴、院内手順を踏まえて再評価条件を決めます。

記録は「前値・判断・変更・反応・次回条件」を残す

運動前後の血糖値だけでは、次回の担当者が「なぜその運動を行ったのか」を再現できません。記録では、判断の根拠と、次回どうするかまで残します。

最低限残したい項目

  • 運動前血糖と測定時刻
  • 食事・薬剤・インスリンとの時間関係
  • 運動前症状と足部所見
  • 開始/補食・再確認/負荷変更/延期の判断
  • 実施した運動、強度、時間
  • 運動中・運動後の症状と血糖
  • 補食・中止・連携などの対応
  • 次回の開始条件・注意点

記録例:「14:00 運動前BG 84 mg/dL。インスリン使用あり、低血糖症状なし。院内手順に沿って補食し再測定、再開条件を満たしたため座位運動20分を実施。RPE 11、症状なし。次回も食事・インスリン時刻と運動前BGを確認する。」

このように、単に「血糖84→補食」と残すより、何を根拠に判断し、何を変更し、どう反応したかまで残すと再評価につながります。

よくある質問

血糖250 mg/dL以上なら必ず運動中止ですか?

すべての測定条件で共通する絶対的な中止線ではありません。日本糖尿病学会の一般向け情報では、血糖コントロール不良で空腹時血糖250 mg/dL以上、または尿ケトン陽性の場合は運動を控えるとされています。実務では、空腹時か食後か、病型、インスリン不足、ケトン、症状、個別指示まで確認して判断します。

運動前血糖が90 mg/dL未満なら必ず中止ですか?

一律中止ではありません。特にインスリンやインスリン分泌促進薬を使用している場合は、運動内容や活動中インスリン、食事、時間帯に応じて補食・薬剤調整・再確認を検討します。ただし70 mg/dL未満は低血糖として、そのまま運動を開始しません。

足潰瘍がある場合は上肢運動も中止ですか?

足潰瘍があるからといって、すべての運動を一律に禁止するわけではありません。重要なのは創部への荷重・圧を避けることです。創傷管理や主治医の指示を確認したうえで、安全に実施できる場合は座位・非荷重の運動へ変更します。

運動終了時の血糖が問題なければ、その後の低血糖は心配ありませんか?

運動後に低血糖が遅れて起こる場合があります。特にインスリンやインスリン分泌促進薬使用者、長時間運動、普段より活動量が多い場合などでは、運動後の症状や血糖変化にも注意します。

次の一手


参考文献

  1. 日本糖尿病学会 編・著.糖尿病診療ガイドライン2024.南江堂;2024.
  2. 日本糖尿病学会.2型糖尿病はどのように治療するのか? 一般向け糖尿病情報.2026年9月2日閲覧.
  3. American Diabetes Association Professional Practice Committee for Diabetes. 5. Facilitating Positive Health Behaviors and Well-being to Improve Health Outcomes: Standards of Care in Diabetes—2026. Diabetes Care. 2026;49(Suppl 1):S89-S131. doi:10.2337/dc26-S005.
  4. American Diabetes Association Professional Practice Committee for Diabetes. 6. Glycemic Goals, Hypoglycemia, and Hyperglycemic Crises: Standards of Care in Diabetes—2026. Diabetes Care. 2026;49(Suppl 1):S132-S149. doi:10.2337/dc26-S006.
  5. American Diabetes Association Professional Practice Committee for Diabetes. 12. Retinopathy, Neuropathy, and Foot Care: Standards of Care in Diabetes—2026. Diabetes Care. 2026;49(Suppl 1):S261-S276. doi:10.2337/dc26-S012.
  6. Colberg SR, Sigal RJ, Yardley JE, et al. Physical Activity/Exercise and Diabetes: A Position Statement of the American Diabetes Association. Diabetes Care. 2016;39(11):2065-2079. doi:10.2337/dc16-1728.
  7. American Diabetes Association Professional Practice Committee for Diabetes. 16. Diabetes Care in the Hospital: Standards of Care in Diabetes—2026. Diabetes Care. 2026;49(Suppl 1):S339-S355. doi:10.2337/dc26-S016.

著者情報

rehabilikun(理学療法士)

rehabilikun(理学療法士)

rehabilikun blogを2022年4月に開設。急性期・回復期・療養病棟、介護福祉施設、訪問リハビリテーションでの臨床経験をもとに、理学療法評価、臨床手順、記録用紙、医療制度など、医療従事者の実務に役立つ情報を発信しています。

現在は療養病院に勤務し、脳卒中、褥瘡・創傷ケア、リハビリテーション栄養、呼吸リハビリテーションを中心に臨床・教育活動を行っています。

保有資格

  • 脳卒中認定理学療法士
  • 褥瘡・創傷ケア認定理学療法士
  • 登録理学療法士
  • 3学会合同呼吸療法認定士
  • 福祉住環境コーディネーター2級

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