CST-J とコグニサイズの実践総論(ねらいと全体像)
本稿は、認知症領域の 非薬物療法(CST-J とコグニサイズ) を、通所・入所・外来・地域の各現場にそのまま実装できる形にまとめた作業療法士向けガイドです。対象選定・頻度・場面設定・スタッフ体制・評価の取り方を実例ベースで整理し、印刷して使えるテンプレも同梱します。
対象選定(導入可否とリスク管理)
CST-J(Cognitive Stimulation Therapy for Japanese)は軽度〜中等度の認知症で小集団に参加できる方、コグニサイズは運動の安全が担保され、二重課題の段階付けが可能な方が主な対象です。重症度・BPSD の安定・感覚補助(眼鏡・補聴器)・身体機能/転倒リスクをセットで確認し、家族・介護者の関与や送迎、同意取得、費用や参加動線まで事前に整理しておくと運用が安定します。全体の疾病整理には、疾患別に評価・アプローチをまとめた疾患ハブも併せて参照すると、位置づけがつかみやすくなります。
導入可否スクリーニング票(本文版・抜粋)
印刷レイアウトで使う場合は こちら(A4 HTML) をご利用ください。
| チェック項目 | 目安・確認ポイント | 判定 | メモ |
|---|---|---|---|
| 診断と重症度 | 軽度〜中等度が目安(例:MMSE-J 中間域)。重度は個別化・環境調整を優先。 | □ 適 □ 保留 | |
| BPSD の安定 | 著明な興奮・昼夜逆転・せん妄が持続する場合は先行介入(連携)。 | □ 適 □ 保留 | |
| 集団参加の可否 | 5〜8 名の小集団で交互会話・指示理解が概ね可能。 | □ 適 □ 保留 | |
| 身体機能・転倒リスク | 立位・歩行課題の安全性(SPPB/TUG 等)。椅子体操への代替可否。 | □ 適 □ 保留 | |
| 同意と情報提供 | 目的・頻度・評価・記録・中止基準を説明し同意取得。 | □ 済 □ 未 |
頻度・場面設定・スタッフ体制
CST-J(グループ認知刺激)
- 頻度/回数:週 2 回 × 7 週=計 14 回(各 45 分前後)。
- 人数/体制:5〜8 名+進行(OT)1 名、補助 1 名を推奨。
- 場面:静かな小集団室。丸テーブル、名札、時刻掲示、白板、話題カードなどを準備。
- 活動:見当識・言語・記憶・実行機能を意味ある会話と活動で刺激し、成功体験を重ねる構成にします。
コグニサイズ(運動×認知の二重課題)
- 頻度/時間:週 1〜3 回/60 分(準備体操・主運動・整理体操)。
- 内容:歩行・ステップ・棒体操などの運動に、計算・しりとり・抑制課題などの認知課題を重ねます。難易度・ステップ幅を細かく設定し、オーバーロードと安全のバランスを取ります。
- 安全:転倒ハイリスクは壁沿い配置・椅子中心とし、休憩・自覚強度・見守り・内科的許可をルーチン化します。
担当者だけで抱え込まず、送迎・フロア・ナースなどと役割分担を共有し、参加前後のバイタルチェックや見守りラインもセットで設計しておくことが安全運用のポイントです。
セッション計画テンプレ(8〜14 回構成例)
フルの印刷版は こちら(A4 HTML)。以下は本文版の雛形です。
| 回 | 目標 | 主な活動(例) | 認知課題 | 身体/二重課題 | 宿題・家族への提案 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 導入・関係づくり | 自己紹介カード・最近の出来事 | 名前・時刻・場所の確認 | 着座足踏み | 話題メモを連絡帳に |
| 2 | 語想起 | 写真・物品から連想 | カテゴリー語想起 | 立位交互タッチ | 家の物品で連想遊び |
| 3 | 記憶の想起 | 昔の出来事(一般的話題) | 短期記憶の再生 | 歩行+3 の計算 | 家族へ話題リスト |
| 4 | 言語と注意 | 言葉遊び・しりとり | 抑制課題(言い換え) | ステップ昇降 | 新聞の見出し読み |
| 5 | 実行機能 | 簡単な手順課題 | 順序立て・計画 | コーン回避歩行 | 家事の手順を一緒に |
| 6 | 見当識 | 暦・天気・地域ネタ | 見当識カード | 座位体操+呼吸 | カレンダー記入 |
| 7 | 社会参加感 | 共同作品づくり | 役割分担・選択 | ボール回し | 作品の写真共有 |
| 8 | 振り返り | 出来たことの共有 | 自己効力感の言語化 | 整理体操 | 次期参加の希望確認 |
評価の取り方(前後+過程のモニタリング)
- 時点:導入前(Baseline)→ 4〜8 回(中間)→ 最終(Post)→ 1〜3 か月後(Follow-up)の 3〜4 点で推移を確認します。
- 領域と指標:
- 認知機能:MMSE-J/MoCA-J(施設標準に準拠)。
- BPSD:NPI-Q など、時間負担の少ない指標を選択。
- QOL:QoL-AD など、本人視点の評価。
- 活動・参加:LSA や通所回数など、生活範囲や参加状況。
- 身体機能:SPPB、TUG、歩行速度など。
- プロセス評価:出席率、宿題実施、主観的満足度、介護者コメント(連絡帳)を簡便に記録します。
- 中止・中断基準:体調急変、転倒リスク増大、著明な興奮の持続などがあれば、一時中断や頻度調整を検討します。
評価シートと記録フォーマットは「誰が見ても同じ読み方になること」を意識して作り込み、担当者変更や加算要件の確認にも耐えられる形にしておくと運用が長続きします。
成果の見せ方(最小構成の可視化)
- 出席率(%)/宿題実施回数/満足度(5 段階)
- SPPB・LSA・QoL-AD などの前後差と、グラフ化による経時変化の提示
- 自由記述:家族コメント・本人の「できたこと」メモや写真
管理者や多職種に説明するときは、「人数・継続率・安全性」と「生活の変化」の 2 本柱で簡潔にまとめると、事業継続や人員確保の議論に乗せやすくなります。
地域での導入手順(通いの場・自治体連携)
- ニーズ確認(地域包括・自治体・ボランティアなどへのヒアリング)
- 実施体制の設計(会場・保険・予算・広報・申込動線・緊急時対応)
- 説明会と同意取得(目的・頻度・評価・記録・情報共有方法)
- 参加者スクリーニング(本ページの票 または A4 HTML)
- Baseline 評価 → 8〜14 回の実施 → Post/Follow-up での再評価
- 成果の可視化(参加率・SPPB・LSA・QOL など)と次年度への提案書づくり
実例:通所リハの週 2 回グループ導入(モデル)
- 対象:MMSE-J 中間域の 6 名、送迎可。身体機能は屋内自立レベル。
- 頻度:火・金の午後、45 分 × 14 回(CST-J)。コグニサイズは週 1 回のクラブ形式で追加。
- スタッフ:OT 進行 1 名+補助 1 名(安全見守り・記録)。
- 評価:MMSE-J/SPPB/LSA を前後で実施し、出席率・満足度も併せて記録。
- 結果イメージ:MMSE-J は大きな変化がなくても、SPPB や LSA の維持・改善、家族からの「会話が増えた」「外出のきっかけになった」といったコメントが価値として残ります。
現場の詰まりどころ(つまずきやすいポイント)
- 「誰を入れるか」が曖昧なままスタートしてしまう 対象基準が曖昧だと、CST-J としては難しすぎる/簡単すぎる方が混在し、場の雰囲気が安定しません。導入可否スクリーニング票で、重症度・BPSD・身体機能・集団適応を事前にそろえることが重要です。
- コグニサイズが「きつすぎる体操」になる 二重課題の負荷を一気に上げると、疲労や転倒リスクにつながります。まずは椅子座位での単課題運動+簡単な認知課題から始め、反応を見ながらステップアップする設計にしましょう。
- 評価・記録が続かず、効果が見えなくなる 導入直後は丁寧に記録しても、業務が忙しくなると抜けがちです。「最低限ここだけ」という評価セットと記録フォーマットを決め、曜日担当者や送迎担当とも共有しておくと継続しやすくなります。
- スタッフ全体の理解が追いつかない OT だけが内容を知っていると、送迎・フロア・ナースとの連携が弱くなります。オリエンテーションやカンファレンスで「目的・対象・中止基準・役割分担」を短く共有し、質問を受け付ける場を作ることが大切です。
FAQ(よくある質問)
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
CST-J と回想法は何が違いますか?
回想法が過去の想起を中心に据えるのに対し、CST-J は意味のある会話と活動を通して「見当識・言語・記憶・実行機能」など多領域の認知を刺激する構造化プログラムです。個人史だけに依存せず、一般的な話題やゲームも取り入れながら、成功体験と自己効力感の獲得を重視します。
グループが難しい場合(在宅や病棟)でも使えますか?
グループ参加が難しい場合は、個別版の iCST を検討します。ただし、グループほど一貫した効果は示されにくい報告もあるため、環境調整・家族支援を強めつつ、短時間・低刺激から段階付けることがポイントです。
コグニサイズの安全管理で最低限押さえるポイントは?
転倒ハイリスク者は壁沿い・手すり沿い・椅子中心で実施し、導入前後のバイタル確認、自覚的運動強度(例:ボルグスケール)の確認、途中のこまめな休憩、内科的許可の確認をルーチン化することが重要です。スタッフ配置は「進行 1 名+見守り 1 名」を基本に考えましょう。
iCST(個別)の回数や時間の目安は?
iCST の場合は、15〜30 分 × 週 2 回程度から始めると、本人・家族双方の負担が少なく続けやすくなります。内容は難しい課題よりも、本人にとって意味のある活動+会話を優先し、「できたこと」の言語化で自己効力感を引き出すことがポイントです。
おわりに
CST-J やコグニサイズは、薬物療法だけでは届きにくい「生活の広がり」や「対人交流」「自己効力感」にアプローチできる強力な選択肢です。一方で、対象選定や安全管理、評価設計があいまいなまま導入すると、負担感だけが増えてしまうことも少なくありません。
本記事のスクリーニング票やセッション計画テンプレを土台に、まずは小規模・短期間から試し、「安全の確保 → 対象の選定 → 頻度と内容の調整 → 評価・振り返り」というサイクルを回していくことが大切です。自施設の規模や人員に合わせて少しずつカスタマイズし、チーム全体で運用できる形に育てていきましょう。
参考文献
- Spector A, et al. Efficacy of Cognitive Stimulation Therapy in dementia: RCT. Br J Psychiatry. 2003;183:248-254. DOI / PubMed
- Yamanaka K, et al. Development and evaluation of CST-J for dementia in Japan: a single-blind controlled trial. Aging & Mental Health. 2013;17(5):579-586. DOI / PMC
- Nishiguchi S, et al. A 12-week exercise and cognitive dual-task intervention for older adults: randomized controlled trial. J Am Geriatr Soc. 2015;63(7):1355-1363. DOI / PubMed
- Orrell M, et al. Individual Cognitive Stimulation Therapy for dementia (iCST): RCT. PLOS Medicine. 2017;14(3):e1002269. DOI
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


