失語症評価の基本セット【SLTA・WAB・CADL の違い】

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失語症評価の基本セット(この記事のねらい)

本記事では、失語症評価でよく用いられる SLTA・WAB・CADL を「何が分かる検査か」「どの場面でどれを選ぶか」という視点で整理します。すべてを網羅的に実施しようとすると時間も負担も大きくなるため、急性期・回復期・生活期それぞれで どの検査を軸に据えるか をイメージできることがゴールです。

検査項目や設問の内容そのものは著作権の観点から扱わず、あくまで 構成・カバー範囲・所要時間・臨床での使い分け に焦点を当てます。失語症評価を “ST 評価全体” の中でどう位置づけるかを整理したいときは、本記事とあわせて ST の総論記事も参考にしてみてください。

臨床で伸びる学び方の流れを見る(PT・OT・ST 共通ガイド)

3 つの検査で何が分かる?(先にざっくり比較)

最初に、SLTA・WAB・CADL で「どのような情報が得られるか」をイメージしておくと、その後の詳細を読みながら使いどころを整理しやすくなります。以下の表は成人・脳血管障害を想定した、おおまかな比較イメージです(実際の運用は各施設のマニュアル・最新版の手引きを確認してください)。

SLTA・WAB・CADL の比較(成人・脳血管障害/概要イメージ)
検査 主な目的 カバー範囲 特徴 想定場面
SLTA 失語症状のプロフィール把握 聞く・話す・読む・書く全般 下位検査が多く、細かな苦手領域を把握しやすい 回復期〜外来での詳細評価、経時変化の確認
WAB 失語の重症度評価とタイプ分類 自発話・理解・復唱・呼称など中心 失語指数(AQ)で重症度を数値化しやすい 急性期〜回復期のベースライン評価、研究・データ比較
CADL 日常コミュニケーション能力の評価 電話・買い物・説明など実生活場面 「生活でどの程度やり取りできるか」を具体的に把握 在宅・復職を見据えたゴール設定、家族説明の補助

SLTA は「どこがどの程度難しいか」を細かく見る検査、WAB は「失語症状の全体像と重症度」をコンパクトに捉える検査、CADL は「実生活でどれくらいコミュニケーションできるか」を見にいく検査、と押さえておくと、組み合わせ方のイメージがつきやすくなります。

SLTA:プロファイル把握に強い標準失語症検査

SLTA(標準失語症検査)は、聞く・話す・読む・書くを多くの下位検査で評価し、細かなプロファイルを把握しやすい ことが大きな利点です。単語レベルから文章レベルまで段階的に課題が用意されており、「単語までは理解できるが文章になると崩れる」「仮名は書けるが漢字でつまずく」など、具体的な苦手パターンが浮かび上がりやすい構成になっています。

一方で、フルバッテリーを実施すると時間と負担が大きく、急性期では現実的でないことも多々あります。臨床では、①急性期〜病初期では数個の下位検査を組み合わせたスクリーニング的な使い方、②状態が安定してきた回復期以降にフルバッテリーまたは重点項目を実施して詳細なプロファイルを確認する、といった運用が多くみられます。経時的な変化を追う場合も、「毎回すべて」ではなく、重要な下位検査を絞って繰り返す形が現実的です。

WAB:重症度とタイプをコンパクトに把握

WAB(Western Aphasia Battery)は、自発話・聴理解・復唱・呼称などを中心に、失語の重症度やタイプを比較的コンパクトに評価できる構成が特徴です。算出される Aphasia Quotient(AQ)は、重症度の指標として広く用いられており、経時変化や研究・データ比較の際に有用です。

SLTA と比べると、読み書きや細かな構成要素の情報はやや少なくなりますが、そのぶん 限られた時間で「全体像」をつかみやすい 利点があります。急性期では、意識レベルや全身状態をみながら WAB を用いてベースラインの重症度と失語タイプの目安を把握し、回復期以降に SLTA で詳細なプロファイルを補う、といった組み合わせ方も一案です。

CADL:実生活に近いコミュニケーション能力を評価

CADL(Communicative Activities in Daily Living)は、電話・買い物・道案内・予約など、実際の生活場面を想定した課題で構成されており、「現実の生活の中でどこまでコミュニケーションができるか」 を把握しやすい検査です。SLTA や WAB で見えてくる「言語機能」と、家族や介護者が感じている「普段の困りごと」をつなぐ役割を持ちます。

失語症の方は、構造化された検査場面よりも、病棟や自宅といった自然な状況の方が話しやすい場合も多く、CADL での成績が SLTA・WAB の印象と大きく異なることもあります。この「ギャップ」は、社会参加支援や復職支援を考えるうえで重要な情報です。CADL は急性期よりも、在宅復帰や外来期に近づいてきた段階 での評価に向いていると言えます。

急性期・回復期・生活期での優先順位の考え方

臨床では、すべての検査を同じように行うのではなく、「今どの時期にいて、何のために評価するのか」に応じて優先順位を変えることが重要です。以下は一例ですが、検査選択のイメージづくりの参考になります。

病期ごとの検査選択のイメージ(成人・脳血管障害)
病期 主な目的 優先されやすい検査 ポイント
急性期 安全確認とベースライン把握 WAB のコア部、簡便な課題、観察 全バッテリーにこだわらず、重症度とタイプの目安を優先
回復期 詳細プロファイルと目標設定 SLTA(フル or 重点)、WAB の再評価 苦手パターンを具体化し、訓練計画と結びつける
生活期 社会参加・在宅生活の質の評価 CADL、会話観察、家族からの聴き取り 「何ができるか」「どうすればできそうか」を生活場面で検討

実際には、病期だけで一律に決めるのではなく、意識レベル・全身状態・他のリハビリとの兼ね合いなどを含め、「今この方にとって負担が少なく、得られる情報が大きい検査はどれか?」という視点で柔軟に選択することが大切です。

検査結果をどう統合して介入につなげるか

SLTA・WAB・CADL それぞれは優れた検査ですが、単独で眺めるだけでは具体的な介入や家族説明に結びつきにくいことがあります。臨床では、例えば次のようなステップで統合していくとイメージしやすくなります。

  • WAB:重症度と失語タイプを把握し、「大まかな全体像」をつかむ
  • SLTA:苦手なモダリティやレベルを具体化し、「何をどこから訓練するか」を整理
  • CADL:実生活での困りごとを確認し、「どの場面から支援するか」を検討

例えば、「WAB では重度失語の範囲だが、CADL では身振りや指さしを使えば簡単な用事は自力でこなせる」ケースでは、「身振り・指さしを活かしたコミュニケーション支援」を先に整えることが優先されるかもしれません。このように、検査結果を「点数」ではなく 具体的な行動や支援方法に変換していくプロセス が重要です。

現場の詰まりどころ(よくある悩み)

若手 ST からよく聞かれるのは、「上司から SLTA・WAB・CADL を全部やるように言われるが、とても時間が足りない」「検査をやっても、カンファレンスでどう説明すればいいか分からない」といった悩みです。特に多忙な病棟では、検査そのものが目的化してしまい、結果を臨床に活かす余白がなくなってしまうことがあります。

対策としては、①病期と目的に応じて検査を絞ること、②すべてを 1 回で済ませようとせず「今はここまで・次回ここまで」と段階的に行うこと、③結果を点数だけでなく具体的な行動レベルの表現に翻訳してからカンファレンスに臨むこと、の 3 点が実践的です。「今日は WAB のコア部分で全体像を確認し、来週以降 SLTA の読解と書字を詳しくみます」など、評価計画をチームと共有しておくと、期待値のギャップも減らせます。

よくある質問

各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップすると閉じます。

Q. SLTA・WAB・CADL を全部やるのが理想ですか?時間的に難しいです。

A. すべてをフルバッテリーで実施する必要はありません。急性期は WAB などで全体像と重症度を押さえ、回復期以降に SLTA で苦手領域を詳しく確認し、生活期には CADL で実生活のコミュニケーション力を評価する、といった形で、病期と目的に応じて優先順位をつけることが実践的です。

Q. 急性期で疲れやすく、検査が途中で終わってしまう患者さんへの対応は?

A. 無理に最後まで行うよりも、「どの課題まで取り組めたか」を記録し、その範囲で得られた情報を整理することが大切です。短時間で行える下位検査や簡便な課題を組み合わせて、数回に分けて評価する方法も有効です。その際、「現在は状態不安定のため、詳細評価は回復期に予定」といったコメントを残しておくと、チームにも意図が伝わりやすくなります。

Q. 検査結果をカンファレンスでどう説明すればよいか分かりません。

A. 点数や失語タイプ名だけでなく、「今できていること」「今は難しいこと」「工夫すればできそうなこと」を具体的な行動レベルで示すと伝わりやすくなります。例えば「単語レベルなら理解できるので、指示は短く区切るとよい」「身振りや絵を使うと伝わりやすい」など、看護師や家族がすぐ実践できる一言を添えることを意識してみてください。

おわりに(評価セットを“使える形”にする)

失語症評価は、SLTA・WAB・CADL それぞれの特徴を押さえ、病期と目的に応じて 「どの検査を軸に据えるか・何を補助的に使うか」 を決めていくことが大切です。安全の確保 → 情報収集 → 多職種共有 → 方針修正というリズムを意識しながら、検査の組み立てとフィードバックの仕方を少しずつ磨いていくことで、「検査をこなすだけの ST」から一歩抜け出せるはずです。

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参考文献

  • 日本失語症学会編, 日本失語症学会 SLTA 小委員会マニュアル改訂部会著. 標準失語症検査マニュアル 改訂版. 東京: 新興医学出版社; 1997. https://www.higherbrain.or.jp/publication/test/slta/
  • Hula WD, Donovan NJ, Kendall DL, Turkeltaub PE, Montgomery MW, Working Group in Aphasia Treatment. Item response theory analysis of the Western Aphasia Battery. Aphasiology. 2010;24(10):1339–1361. doi:10.1080/02687030903422502. https://doi.org/10.1080/02687030903422502
  • Holland AL. Communicative Abilities in Daily Living. Baltimore, MD: University Park Press; 1980. CADL-3 については Holland AL, Halper AS, Cherney LR. Communication Activities of Daily Living – Third Edition (CADL-3). PRO-ED; 2018. 出版社サイト
  • 長谷川恒雄. 失語症評価尺度の研究—標準失語症検査 (SLTA) の総合評価法の検討—. 失語症研究. 1984;4(2):638–646. https://www.jstage.jst.go.jp/article/apr/4/2/4_2_638/_article/-char/ja/

著者情報

rehabilikun(理学療法士)

rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。

  • 脳卒中 認定理学療法士
  • 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
  • 登録理学療法士
  • 3 学会合同呼吸療法認定士
  • 福祉住環境コーディネーター 2 級

専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

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