徒手胸郭伸張法のやり方|肋骨・胸郭の4手技と再評価

臨床手技・プロトコル
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徒手胸郭伸張法は「制限方向を評価して手技を選び、実施後に再評価する」胸郭可動域練習です

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徒手胸郭伸張法(manual thoracic stretching)は、胸郭の柔軟性や可動性を引き出すために行う胸郭可動域練習です。胸郭を一律に強く動かすのではなく、肋骨、胸郭回旋、伸展、側屈のどこに制限があるかを評価し、目的に合う手技を選びます。

この記事では、肋骨の捻転、胸郭の捻転・伸展・側屈の選び方、呼吸との合わせ方、安全確認、実施前後の記録を整理します。呼気に合わせて胸郭を圧迫する徒手的呼吸介助や、分泌物を移動させる排痰法とは目的が異なるため、混同しないことが重要です。

対象:医療専門職向け

胸部への徒手操作には、骨・皮膚・手術創・呼吸循環状態の確認が必要です。患者本人や家族が図だけを見て実施する手技ではありません。

徒手胸郭伸張法と呼吸介助・排痰法は目的が異なります

徒手胸郭伸張法の中心目的は、胸郭関節可動域や胸郭周囲組織の柔軟性を維持・改善し、呼吸運動を行いやすい状態へ整えることです。痰を直接移動させることや、呼気流量を高めること自体を主目的にはしません。

徒手胸郭伸張法・呼吸介助・排痰法の違い
手技 中心目的 主な操作 選択する場面
徒手胸郭伸張法 胸郭の可動性・柔軟性を引き出す 捻転、伸展、側屈などへ穏やかに誘導する 胸郭運動の制限や左右差がある
徒手的呼吸介助 自発呼吸に合わせて胸郭運動を介助する 呼気で胸郭を介助し、吸気で圧を解放する 呼吸パターンや胸郭運動を介助したい
排痰法 気道内分泌物を移動・喀出する 体位、呼吸法、ハフィング、咳嗽などを組み合わせる 分泌物貯留と排出困難がある

呼気時の胸郭圧迫と吸気時の解放を確認したい場合は、徒手的呼吸介助のやり方と安全管理を参照してください。

適応は疾患名ではなく、胸郭の制限所見から判断します

徒手胸郭伸張法は、胸郭の硬さや左右差が呼吸運動を妨げている場面で検討します。呼吸器疾患があるという理由だけで一律に実施せず、視診、触診、体幹運動、疼痛、呼吸との関連から対象となる制限を特定します。

徒手胸郭伸張法を検討する所見と実施前に確認する状態
区分 確認内容
検討する所見 局所的な肋骨運動の低下、胸郭回旋の左右差、胸椎伸展制限、胸郭側屈の左右差、姿勢に伴う胸郭拡張制限
実施前に確認する所見 安静時の呼吸状態、疼痛、不快感、防御性収縮、皮膚状態、骨脆弱性、手術創、ドレーン・カテーテル、体位制限
原則として回避・相談する状態 未評価または不安定な肋骨・胸椎損傷、強い胸部痛、呼吸循環動態の不安定、手術部位への負荷が許可されていない時期、胸壁の創傷・熱傷・著明な皮膚脆弱
慎重に判断する状態 重度の骨粗鬆症、骨転移などの骨病変、出血リスク、抗凝固療法中、強い円背、肩関節痛、認知・意識面から症状を伝えにくい場合

分泌物が多いことだけでは、徒手胸郭伸張法の適応とは限りません。主な問題が排痰困難であれば、胸郭可動性への介入だけで完結させず、排痰手技と出口設計を別に検討します。

手技を選ぶ前に「どの方向が動きにくいか」を評価します

胸郭全体を漫然と動かすのではなく、局所の肋骨、回旋、伸展、側屈のどこに制限があるかを確認すると、手技と再評価項目がそろいます。評価で確認していない方向へ、習慣的に介入しないことが大切です。

制限所見から選ぶ徒手胸郭伸張法の早見
主な制限所見 選択候補 実施後に見る変化
特定部位の肋骨運動が小さい 肋骨の捻転 局所の動き、疼痛、防御反応
体幹回旋と胸郭回旋に左右差がある 胸郭の捻転 回旋可動域、左右差、呼吸との協調
円背傾向や胸郭前面の硬さがある 胸郭の伸展 胸椎伸展、前胸部の不快感、吸気時の胸郭運動
片側の広がりが小さく側屈差がある 胸郭の側屈 側屈可動域、伸張側の胸郭運動、左右差

この表は手技を固定的に処方するものではありません。疼痛、体位保持能力、肩関節・脊柱の可動性、呼吸状態を含めて、実施可能な方法へ調整します。

代表的な4手技と再評価の全体像

徒手胸郭伸張法は、評価した制限方向に合わせて手技を選び、実施後に同じ条件で変化を確認します。次の図は、肋骨の捻転、胸郭の捻転・伸展・側屈と、再評価までの全体像を整理したものです。

徒手胸郭伸張法の代表的な4手技と実施前後の再評価
図:徒手胸郭伸張法は、肋骨の捻転、胸郭の捻転・伸展・側屈から制限に合う手技を選び、疼痛、胸郭運動、呼吸のしやすさを再評価します。
図版を見るときの注意

図は手技選択の全体像を示しています。実際の手掌位置、操作方向、呼吸との同期は、対象部位と胸郭運動に応じて調整してください。

基本手順は「評価→体位→手技→呼吸同期→再評価」の5段階です

徒手胸郭伸張法では、回数や力の強さを先に決めるのではなく、小さい操作から反応を確認します。実施前後で評価条件をそろえると、継続、変更、中止の判断を共有しやすくなります。

  1. 目的と制限方向を決める:肋骨、回旋、伸展、側屈のどこを変えたいか明確にします。
  2. 安定した体位を作る:呼吸を妨げず、疼痛や防御反応が少ない背臥位、側臥位、端座位などを選びます。
  3. 最小限の操作から始める:広い接触面で対象部位を支持し、勢いをつけず小さな可動域から反応を確認します。
  4. 自然な呼吸に合わせる:息こらえを起こさないよう、呼気と吸気に合わせて操作と解放を調整します。
  5. 同じ条件で再評価する:疼痛、胸郭運動、左右差、呼吸のしやすさを確認し、手技の継続や変更を判断します。

一律の反復回数を目標にすると、疼痛や防御反応を見落とすことがあります。短時間の操作ごとに反応を確認し、変化がない場合は力を強めるのではなく、体位、接触部位、選択した手技を見直します。

4つの代表的な手技は、動かしたい方向を分けて実施します

各手技に共通する原則は、骨を強く押し込むことではなく、対象部位を支持しながら胸郭本来の動きを小さく誘導することです。疼痛や防御性収縮が出た場合は、その方向への操作を続けません。

1.肋骨の捻転

肋骨の捻転は、特定の肋骨や肋間部の動きが小さい場合に検討します。背臥位または側臥位で対象部位を確認し、肋骨走行と周囲組織の動きを妨げないように支持します。

  • 対象とする肋骨と周囲組織を広い面で触診する
  • 呼気に合わせて、小さい範囲で回旋方向へ誘導する
  • 吸気では圧を弱め、肋骨の戻りと胸郭拡張を確認する
  • 上位肋骨と下位肋骨では運動方向が異なることに注意する

一点を指先で強く押す、痛みを我慢させる、呼吸を止めたまま捻る方法は避けます。

2.胸郭の捻転

胸郭の捻転は、体幹回旋と胸郭運動の左右差がある場合に選択します。骨盤や下部胸郭を安定させ、肩甲帯から上部胸郭を体軸の回旋方向へ穏やかに誘導します。

  • 骨盤と下部胸郭が一緒に動きすぎないよう支持する
  • 肩関節だけを引かず、胸郭全体の回旋を確認する
  • 呼吸を止めず、吸気・呼気に合わせて小さく往復する
  • 左右を比較し、制限側へ一律に強い操作を加えない

身体を持ち上げたり、肩や上肢を支点にして急に回旋させたりすると、胸郭以外の疼痛につながります。

3.胸郭の伸展

胸郭の伸展は、円背傾向、胸椎伸展制限、胸郭前面の硬さがある場合に検討します。背臥位または端座位で胸椎と肩甲帯を支持し、腰椎や頸椎の代償を抑えながら胸郭を伸展方向へ誘導します。

  • 胸椎のどの高さに制限があるかを先に確認する
  • 腰椎過伸展や頸部伸展で代償していないか観察する
  • 吸気時に前胸部から側胸部の広がりを確認する
  • 肩関節痛がある場合は上肢位置を調整する

強い円背や脊椎病変がある場合は、伸展角度を求めるより、疼痛のない支持と小さい胸郭運動を優先します。

4.胸郭の側屈

胸郭の側屈は、体幹側屈や片側胸郭の広がりに左右差がある場合に検討します。端座位または側臥位で骨盤と下部胸郭を安定させ、体幹を側屈方向へ穏やかに誘導します。

  • 側屈と同時に回旋や前屈が強く出ていないか確認する
  • 伸張される側の胸郭運動と呼吸のしやすさを観察する
  • 骨盤が浮く場合は、側屈角度を小さくする
  • 片側だけで終えず、実施前後の左右差を比較する

可動域を大きく見せるために体幹を倒すのではなく、目的とした胸郭部位が動いているかを優先します。

中止判断は、疼痛・防御反応・呼吸循環状態の変化を優先します

徒手胸郭伸張法に共通する絶対的な回数やバイタルの中止値を、一律に設定することはできません。患者固有の安静時基準、医師の指示、施設基準を確認し、実施中の変化から判断します。

実施中に減量・中止して再確認する所見
観察項目 減量・中止を判断する変化 対応
疼痛・不快感 新たな鋭い痛み、胸部痛の増悪、強い圧迫感 操作を止め、部位と姿勢を再確認する
筋緊張・防御反応 息こらえ、身体のこわばり、逃避動作 力を抜き、体位と接触方法を見直す
呼吸状態 呼吸困難の増悪、努力呼吸、会話困難、呼吸リズムの乱れ 中止して安楽な呼吸と体位へ戻す
循環・酸素化 患者固有の許容範囲を超えるSpO₂、脈拍、血圧の変化、めまい、冷汗 中止して状態を確認し、必要時に報告・相談する
皮膚・創部・ライン 発赤、皮膚損傷、創部への張力、ドレーンやカテーテルへの負荷 直ちに除圧し、実施方法を変更する

手技後に動きが悪くなった、痛みが増えた、呼吸がしにくくなった場合は、反応不良です。力や回数を増やして続けず、目的と選択手技を再検討します。

再評価は「疼痛・胸郭運動・呼吸のしやすさ」を同じ条件で比較します

徒手胸郭伸張法の効果は、実施した事実ではなく、目的とした制限が変化したかで判定します。実施前後で体位、酸素条件、測定部位をそろえ、短時間で確認できる項目に絞ります。

徒手胸郭伸張法のBefore/After記録
項目 記録する内容
実施条件 体位、酸素条件、対象部位、選択した手技
疼痛・不快感 部位、強さ、実施中の変化、防御反応
胸郭運動 局所の動き、回旋・伸展・側屈、左右差
呼吸 呼吸数、努力呼吸、呼吸の深さ、本人の呼吸のしやすさ
安全確認 必要に応じてSpO₂、脈拍、血圧、皮膚、創部、ライン状態
次回方針 継続、体位変更、手技変更、中止、医師・多職種への相談
記録例

背臥位。右下部胸郭の局所運動低下に対して肋骨の捻転を実施。鋭い疼痛なし。実施後は右下部胸郭の吸気時運動が触診上増加し、本人から「吸いやすい」と発言あり。次回も同一体位で反応を再確認する。

A4記録シートで実施前後の変化をそろえて残せます

徒手胸郭伸張法の実施条件、バイタル、呼吸困難感、疼痛、胸郭運動などを記録できるA4記録シートです。PDF内の項目から、対象症例に必要なものを選んで使用してください。

PDFを開く(A4記録シート)

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プレビューが表示されない場合は、こちらからPDFを開いてください

手技の確認用として、既存のクイックリファレンスも利用できます。

効果は即時変化を再評価し、長期効果を断定しないことが重要です

胸郭可動域練習に関する研究はありますが、対象者数が少なく、複数の手技を組み合わせた即時効果の検討が中心です。そのため、特定の1手技が肺機能や呼吸困難を必ず改善すると断定することはできません。

健常成人男性13名を対象に、徒手胸郭伸張法、肋骨の捻転、胸郭の捻転を合計約6分間実施した研究では、肺活量や肺・胸郭コンプライアンスに有意な変化は認められませんでした。一方で、呼吸運動出力や呼吸時間に変化が示され、呼吸努力の軽減やリラクセーションにつながる可能性が示唆されています。

慢性呼吸不全患者9名を対象に、肋骨・胸郭の捻転、側屈、伸展などを5〜10分間組み合わせた報告では、胸郭拡張差と肺活量の即時的な変化が示されました。ただし、少数例で対照群がなく、単独手技の効果や長期的な効果までは判断できません。

実務上の結論

徒手胸郭伸張法は、誰にでも同じ効果を期待して行うのではなく、胸郭の制限所見に対するコンディショニングとして使用し、実施直後の疼痛、胸郭運動、呼吸のしやすさから継続可否を判断します。

よくある失敗は「目的なし・強すぎる操作・再評価なし」です

徒手胸郭伸張法が再現しにくくなる原因は、手技の種類よりも、評価と再評価が抜けることです。次の失敗がある場合は、回数を増やす前に介入設計を見直します。

徒手胸郭伸張法のよくある失敗と修正
よくある失敗 問題点 修正方法
胸郭全体を同じ方法で動かす 対象とした制限方向が不明確 肋骨、回旋、伸展、側屈を分けて評価する
大きく動かすことを優先する 疼痛や代償運動が増えやすい 小さい操作から反応を確認する
呼吸を無視して操作する 息こらえや防御反応を起こしやすい 自然な吸気・呼気に操作を合わせる
変化がなくても力を強める 選択手技や体位が合っていない可能性がある 部位、体位、目的を再評価する
実施記録だけで終える 何に効果があったか共有できない 疼痛、胸郭運動、呼吸の変化を記録する

徒手胸郭伸張法のよくある質問

各項目名をタップすると回答が開きます。

徒手胸郭伸張法と徒手的呼吸介助は同じ手技ですか?

同じではありません。徒手胸郭伸張法は胸郭可動域や柔軟性を引き出す手技です。徒手的呼吸介助は、呼気に合わせて胸郭運動を介助し、次の吸気で圧を解放する手技です。

何回、何分行えばよいですか?

すべての症例に共通する回数や時間は定められません。短時間の操作ごとに疼痛、防御反応、胸郭運動、呼吸状態を確認し、目的とした変化が得られる範囲で調整します。

胸郭が硬ければ強く伸ばした方がよいですか?

強い力が必要とは限りません。痛み、息こらえ、筋緊張が出る操作は、目的とする胸郭運動を妨げます。小さい可動域から始め、体位や接触位置を調整してください。

排痰を目的に使えますか?

徒手胸郭伸張法だけで分泌物の移動と喀出を完結させる手技ではありません。分泌物貯留が主な問題であれば、呼吸法、ハフィング、咳嗽、体位などを含む気道クリアランスを別に設計します。

効果判定では何を優先しますか?

目的とした局所の胸郭運動、回旋・伸展・側屈の左右差、疼痛、本人の呼吸のしやすさを優先します。必要に応じてSpO₂、脈拍、呼吸数も同じ条件で比較します。

排痰が主目的なら気道クリアランスの流れへ進みます

徒手胸郭伸張法で胸郭可動性を整えても、分泌物の移送と喀出が必要な場合は、排痰の評価と出口手技を別に組み立てます。

排痰(気道クリアランス)標準プロトコルを見る


参考文献

  1. 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会. 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会用語集 第7版. 2025. 学会資料
  2. 千住秀明, 眞渕敏, 宮川哲夫, 監修. 石川朗, 神津玲, 高橋哲也, 編集. 呼吸理学療法標準手技. 東京: 医学書院; 2008.
  3. 宮川哲夫. 呼吸理学療法の実際. 人工呼吸. 1990;7(1):19-33. 全文
  4. 田平一行, 関川則子, 岩城基, 他. 慢性呼吸不全患者における胸郭モビライゼーションの効果. 理学療法学Supplement. 2003;2002(0):425. DOI:10.14900/cjpt.2002.0.425.0
  5. 玉木彰, 大島洋平, 解良武士. 胸郭可動域練習の生理学的意義は何か? 理学療法学Supplement. 2011;2010(0):DcOF1088. J-STAGE
  6. 佐野裕子. 呼吸介助(法)実施における要点. 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌. 2024;32(3):296-300. DOI:10.15032/jsrcr.32.296

著者情報

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rehabilikun(理学療法士)

rehabilikun blogを2022年4月に開設。急性期・回復期・療養病棟、介護福祉施設、訪問リハビリテーションでの臨床経験をもとに、理学療法評価、臨床手順、記録用紙、医療制度などの実務情報を発信しています。

現在は療養病院に勤務し、脳卒中、褥瘡・創傷ケア、リハビリテーション栄養、呼吸リハビリテーションを中心に臨床・教育活動を行っています。

保有資格

  • 脳卒中認定理学療法士
  • 褥瘡・創傷ケア認定理学療法士
  • 登録理学療法士
  • 3学会合同呼吸療法認定士
  • 福祉住環境コーディネーター2級

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