徒手胸郭伸張法( Manual Chest Wall Stretch )は「適応→同期→再評価」で組み立てると、ベッドサイドで再現しやすくなります
徒手胸郭伸張法は、胸郭可動性を引き出しながら呼吸の入りやすさを整える徒手介入です。排痰そのものを主目的にするというより、「胸郭が硬い」「疼痛で浅い呼吸になる」「換気が偏る」といった場面で、次の介入が入りやすい状態を作る前段として使うと噛み合います。
この記事で答えるのは、徒手胸郭伸張法をいつ使うか、どう行うか、どこで止めるかです。反対に、吸引手技そのものや PEP デバイスの細かな設定までは深掘りしません。まずは、病棟やベッドサイドで迷いやすい「適応・禁忌・中止基準・手順」を 1 本で整理したい方向けの内容です。
まず結論:どんなときに使う?(位置づけの早見)
徒手胸郭伸張法は、いきなり強い排痰刺激を入れにくい症例で使いやすい手技です。たとえば、術後や胸部痛で浅い呼吸になっている場面、胸郭の動きが小さく換気が偏っている場面、咳を増やすと疲労しやすい場面では、胸郭の動きを先に引き出す意味があります。
一方で、分泌物の移送や喀出が主目的なら、出口設計まで含めた ACBT や PEP が主役です。徒手胸郭伸張法は「胸郭を動かす下ごしらえ」として位置づけると、手技選択の迷いが減ります。
| 手技 | 主な狙い | 向く場面 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 徒手胸郭伸張法 | 胸郭拡張を引き出す | 胸郭が硬い、疼痛で浅い呼吸 | 骨脆弱、創部、疼痛増悪 |
| ACBT | 分泌物移送+出口設計 | 痰の移送と喀出までつなげたい | 疲労、 SpO₂ 低下に配慮 |
| PEP | 呼気抵抗で気道保持 | 痰が動きにくい、呼気虚脱傾向 | 呼吸困難増悪、過負荷設定 |
| 叩打法・振動法 | 胸壁刺激で分泌物移動を補助 | 徒手刺激が必要な臥床場面 | 骨・皮膚・出血傾向 |
適応・禁忌・注意(この 1 表で先に判断する)
手順を見る前に、まず「やってよい場面か」を決めます。適応は、胸郭可動性低下、低換気傾向、換気の偏り、術後の無気肺予防、分泌物が残りやすい場面などです。逆に、骨・皮膚・循環が不安定なケースでは、徒手刺激自体がリスクになります。
迷うときは、無理に 1 セット試すより、呼吸練習やポジショニング中心に切り替える方が安全です。特に、強い疼痛、重い低酸素、未安定の胸部外傷がある場合は、「まず伸張」ではなく「まず安定化」を優先します。
| 区分 | 内容(例) |
|---|---|
| 適応 | 胸郭可動性低下、換気の偏り、低換気傾向、術後の無気肺予防、分泌物が残りやすい場面の前段づくり など |
| 禁忌 | 未安定の胸部外傷(肋骨多発骨折・フレイルチェスト)、重篤な低酸素血症、治療抵抗性の気胸、血行動態不安定、縫合部リスクが高い直近の胸部手術後 など |
| 注意 | 骨粗鬆症、皮膚脆弱、抗凝固療法中、腫瘍性病変近傍、強い胸部痛、咳嗽で疲労しやすい症例(刺激は最小から) |
準備:開始前 30 秒チェック
徒手胸郭伸張法は、手技の巧さよりも「始める条件」をそろえることが重要です。最低限、安静時の呼吸が保てるか、疼痛が強すぎないか、 SpO₂ と循環が安定しているかを確認してから始めます。ここが曖昧だと、手技の良し悪しより前にトラブルが起きやすくなります。
記録は難しくありません。 Before として 3 点だけ残します。① SpO₂ / HR / RR 、② 呼吸困難感( 0〜10 )、③ 疼痛( NRS )です。終了後に同じ 3 点を見直すだけで、次の判断までつなげやすくなります。
| 項目 | 見るポイント | 始めない・減量する目安 |
|---|---|---|
| SpO₂ / HR / RR | 安静時の基準値、頻呼吸や脈拍上昇の有無 | 低酸素、著しい頻呼吸、循環不安定 |
| 呼吸困難感 | 0〜10 で主観を確認 | 安静でも強い息苦しさがある |
| 疼痛( NRS ) | 胸部痛・創部痛・咳での痛み | 軽い接触でも増悪しそうな痛み |
基本手順の図解
全体像を先につかむと、徒手胸郭伸張法は再現しやすくなります。大事なのは、開始前確認から入り、体位を整え、手掌位置を決め、呼吸に同期させて、最後に再評価へ戻す順番を崩さないことです。
手技の強さだけに意識が向くと失敗しやすいため、まずは「順番を固定する」イメージで読み進めると整理しやすいです。
徒手胸郭伸張法の手順( 5〜10 分で回す実践版)
手順は「準備→体位→手掌→同期→セット→再評価」で固定すると、症例が変わっても崩れにくくなります。特に抜けやすいのは、吸気に合わせるタイミングと、セット間の休息です。ここが雑になると、咳の連発や疲労につながります。
まずは 5〜8 呼吸を 1 セットとして 2 セットから始め、反応が良ければ 3 セットへ進みます。刺激量を一気に上げるより、回数やセット数で調整した方が安全に反応を見やすくなります。
- 準備( 30〜60 秒 ): SpO₂ ・ HR ・ RR ・呼吸困難感・疼痛を確認します。
- 体位づくり:基本はセミファウラーです。責任区域や耐容性に合わせて、前傾位・側臥位も選択します。
- 手掌位置とベクトル:肋骨走行に沿って手掌・母指球を配置します(前胸部=上外方、側胸部=外上方、後胸部=背外方)。
- 同期:吸気開始直前に軽いクイックストレッチを入れ、吸気中は抵抗を弱め、最大吸気近傍でわずかに補助します。呼気は押し込まず、穏やかにフォローします。
- 反復: 5〜8 呼吸 × 2〜3 セット。各セット間は 30〜60 秒の安静呼吸を挟みます。
- 再評価:終了後に Before の 3 点(バイタル、呼吸困難感、疼痛)を見直し、必要なら次の手技へつなぎます。
安全管理と中止基準(ベッドサイドでの見落とし防止)
実施中は「酸素化」「循環」「呼吸仕事量」「疼痛・咳嗽」の 4 点を見ます。特に多い失敗は、 SpO₂ の数字だけを追い、会話困難や使用筋過活動といった呼吸仕事量の悪化を見落とすことです。数字と見た目を必ずセットで評価します。
中止は、悪化が出たら即中断して安静呼吸へ戻す、で十分です。無理に減量しながら続けるより、 1 回止めて立て直した方が安全で、その後の継続もしやすくなります。
| 項目 | 観察ポイント | 中止・減量の目安 |
|---|---|---|
| SpO₂ | 安静比からの低下、呼吸困難感の増悪 | 90% 未満、または安静比 −4% 以上の低下 |
| 脈拍・血圧 | HR 上昇、 SBP 変動、めまい、不整脈 | HR 安静比 +20% 超、 SBP < 90 mmHg、新規不整脈 |
| 呼吸仕事量 | 使用筋過活動、会話困難、呼吸の乱れ | 悪化時は即中断して安静呼吸へ戻す |
| 疼痛・咳嗽 | 胸部痛、咳嗽の連発、制御不能な咳 | 疼痛増悪、咳嗽制御不可は中止 |
よくあるミスと修正(現場の詰まりどころ)
うまくいかないときは、手順 と 中止基準 に戻って、どこが崩れたかを確認します。徒手胸郭伸張法は単独で完結させるより、排痰(気道クリアランス)標準プロトコル の流れに戻して「評価→選択→再評価」で整理すると、次の一手が決めやすくなります。
多い詰まりどころは、「ベクトルが強すぎる」「吸気中に抵抗が残る」「休息が足りない」の 3 つです。咳が止まらないときは押し切らず、いったん呼吸コントロールへ戻します。
| よくあるミス | 起こりやすい原因 | 修正ポイント |
|---|---|---|
| 肩がすくむ | 上外方への引き量が過剰 | 肩峰周囲の過緊張を確認し、ベクトルを肋骨走行に沿って軽くします。 |
| 吸気を妨げる | 吸気中に抵抗を残している | クイックストレッチは吸気開始直前だけにし、吸気中は抵抗を弱めます。 |
| 咳が止まらない | 刺激量過多、休息不足 | 即中断 → 呼吸コントロール → 再開時はセット短縮、刺激量を下げます。 |
| 疼痛が増える | 手掌位置がずれる、力が強すぎる | 責任区域を再触診し、最小刺激から段階的に進めます。創部・骨脆弱は回避します。 |
ダウンロード( A4 記録シート )
ベッドサイドで迷わないように、徒手胸郭伸張法の確認と記録に使いやすい A4 記録シートを用意しました。印刷して使うほか、記事内でプレビューしながら必要項目を確認する使い方にも向いています。
記事内でプレビューを見る
関連する配布物も必要に応じて併用できます。
効果判定( Before / After の取り方)
効果判定は、変化が出やすい順に見ると速いです。まずは呼吸困難感と呼吸仕事量、次に胸郭運動、最後に分泌物の変化や活動耐容を確認します。 1 回で劇的変化を求めるより、「やったあと何が少し楽になったか」を拾う方が実務では使いやすいです。
記録は 5 点で十分です。① バイタル、② 主観(呼吸困難・痛み)、③ 胸郭運動、④ 分泌物、⑤ 活動耐容です。項目を増やしすぎず、毎回同じ形で残すことを優先します。
- バイタル: SpO₂ ・ HR ・ RR ・呼吸困難感( 0〜10 )
- 胸郭運動:拡張域、左右差、肋間の滑走感
- 分泌物:喀出量(少/中/多)、粘稠度、色調、咳の頻度
- 活動耐容:会話耐性、起座・立位での息切れ、歩行許容量
よくある質問( FAQ )
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
強さはどの程度が適切ですか?
痛みや防御反応が出ない最小限から始めます。押し込む強さではなく、肋骨走行に沿った方向と、吸気を邪魔しないタイミングを優先してください。
1 回あたり何分くらいが目安ですか?
5〜8 呼吸 × 2〜3 セットで、合計 5〜10 分を目安にすると回しやすいです。疲労や SpO₂ 低下が出る場合は、セット数や呼吸回数を減らして短く安全に行います。
ACBT や PEP へはどうつなげますか?
徒手胸郭伸張法で胸郭の動きを出したあと、分泌物移送が必要なら ACBT や PEP へつなげます。つまり「胸郭を動かす前段」→「移送と喀出の主役」という順で考えると整理しやすいです。
どんな患者では避けた方がよいですか?
未安定の胸部外傷、重篤な低酸素血症、気胸、血行動態不安定、縫合部リスクが高い術直後などは慎重判断が必要です。迷う場合は徒手伸張よりも、まず安定化と呼吸練習を優先してください。
次の一手
次は「全体像」と「出口手技」を押さえると、徒手胸郭伸張法の位置づけがさらに明確になります。
参考文献
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著者情報

rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験があります。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


