反射検査の目的と全体像
反射検査は、末梢―脊髄―中枢を結ぶ反射弓の機能を簡便に評価し、 UMN/LMN 鑑別や病態把握に直結する基本スキルです。本稿は、実施手順・判定・病的反射・解釈の順に整理し、誰が行っても再現性の高い評価を目指します。
評価は「 0〜4+ のスコア」だけでなく、左右差・誘発条件・被検者の緊張や疼痛の影響も含めて解釈します。院内標準化、学生・新人教育、症例検討にそのまま使える実装重視の構成です。
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反射生理と UMN/LMN の基礎
反射弓は「受容器 → 求心路 → 脊髄中枢 → 遠心路 → 効果器」で構成され、皮質からの下行性抑制で適切に制御されています。抑制が外れると反射は亢進し、クローヌスや病的反射が出現しやすくなります。
UMN 障害では筋緊張増加(痙縮)・ DTR 亢進・病的反射陽性が典型です。LMN 障害では筋萎縮・線維束攣縮・ DTR 低下〜消失が主体です。関連:脳卒中ガイド 2025 更新
実施環境・姿勢・打鍵の総則
最重要は「脱力位」です。関節・腱のテンションを抜き、打鍵器(反射槌)は接触面を腱に対し斜め 45° 前後で軽快に弾きます。被検者へ検査の目的・感覚(痛くない)を説明し、安心してもらうことが成功率を左右します。
比較は「左右 → 近位遠位 → 上肢下肢」の一定順で行い、必要に応じて 1 段階だけ強度を上げます。疼痛・皮膚障害・術後直後は配慮し、動画記録は同意を得たうえで最小限に留めます。
深部腱反射(上肢):二頭筋・腕橈骨筋・三頭筋
二頭筋反射:肘関節軽度屈曲、腱を触知して腱直上を軽打(期待反応=肘屈曲)。
腕橈骨筋反射:前腕中間位で橈骨遠位 1/3 を軽打(肘屈曲・前腕回外)。
三頭筋反射:肩 90° 外転・肘弯曲位で肘頭上の腱を打鍵(肘伸展)。
出にくい場合は支えの再調整、注意の分散、軽度のストレッチ後に再試行します。痙縮や共同運動が強い場合は姿勢を工夫します。関連記事:痙縮評価(MAS/MTS)
深部腱反射(下肢):膝蓋腱・アキレス腱
膝蓋腱反射:端座位で下腿をぶら下げ、膝蓋腱中央を軽打(膝伸展)。仰臥位では下腿下にロールを入れ膝屈曲 20〜30° を維持します。
アキレス腱反射:腹臥位または短坐位で足部を軽く背屈保持し腱を打鍵(底屈)。足趾把持は抑え、疼痛を避ける強さで素早く打ちます。関連:評価ハブ
Jendrassik 操作と反射誘発のコツ
下肢 DTR で反応が乏しい時は、両手を組み歯を食いしばらず素早く引き合う Jendrassik 操作を併用します。上肢では軽い握り拳や足踏みなど、別課題で注意を分散させると誘発しやすくなります。
同一点を連打すると habituation が起きるため、間隔を空け角度・強度を微調整します。被検者の過緊張や恐怖心を減らす声かけ、呼吸の活用(呼気時)も有効です。
反射スコア 0〜4+ の判定と記録
スコア | 所見 | 臨床的意味 | 記録例 |
---|---|---|---|
0 | 反応なし | LMN 障害や末梢神経・筋疾患を示唆 | KJ 0/4、AJ 0/4 |
1+ | 減弱 | 正常差〜軽度低下。左右差と再現性で判断 | KJ 1+/4 |
2+ | 正常 | 最も多い。左右差小・再現性あり | Biceps 2+/4 |
3+ | 亢進 | UMN 徴候を示唆。ほかの徴候と併せ解釈 | BR 3+/4 |
4+ | 著明亢進(クローヌス) | UMN 徴候が強い可能性 | AJ 4+/4(clonus) |
略語凡例:KJ=膝蓋腱、AJ=アキレス腱、BR=腕橈骨、Biceps/Triceps=上腕二頭筋/三頭筋。施設ごとに表記が異なるため、院内用語を統一します。関連記事:SIAS 総論
病的反射の評価と意義
Babinski(足底外側〜母趾基部へ皮膚刺激、母趾背屈・扇状外転で陽性)、Chaddock(外果周囲刺激)、Oppenheim(脛骨稜擦過)、Gordon(腓腹筋把握)、Hoffmann(中指末節弾打で母指屈曲)、Trömner(中指掌側叩打で屈曲)等を所見・適応で使い分けます。
皮膚刺激は強すぎると逃避反応や疼痛反射を誘発して偽陽性になります。複数の病的反射と DTR・筋緊張・運動障害の所見を総合し、診断名ではなく「徴候の組み合わせ」で臨床判断します。
UMN/LMN 鑑別の考え方(パターン表)
所見 | UMN | LMN | 注意 |
---|---|---|---|
筋緊張 | 増加(痙縮) | 低下 | 疼痛・姿勢で変動 |
DTR | 亢進( 3+〜4+ ) | 減弱/消失( 0〜1+ ) | 左右差と再現性 |
病的反射 | 陽性になりやすい | 多くは陰性 | 偽陽性に注意 |
筋力 | 分布非髄節性が多い | 髄節/末梢神経支配に一致 | MMT は疼痛影響 |
UMN/LMN は二分法ではなくスペクトラムです。例えば頚髄症では上肢に LMN、下肢に UMN 所見が混在し得ます。関連:運動失調ハブ
よくある困りごとと対処
出ない:脱力不足、腱テンション過多、打鍵面がずれる、緊張・恐怖。→ 体位再調整、軽ストレッチ、 Jendrassik、別課題で注意分散、打鍵角・強度の微修正で多くは改善します。
出すぎる:力み、疼痛、反復での増強。→ 声かけと呼吸で脱力、疼痛配慮、連打回避。左右差は 1 段階以上で臨床的意味を持ちやすく、再現性の確認と他所見の併置が必須です。関連:PD ハブ
ミニケース:脳卒中・頚髄症・末梢神経障害
脳卒中:上肢 BR 3+、下肢 AJ 4+(clonus)、 Babinski 陽性。→ UMN 典型。痙縮への介入と転倒予防を優先。
頚髄症:上肢筋萎縮+ BR 低下、下肢 KJ/AJ 亢進、 Hoffmann 陽性。→ 上肢 LMN × 下肢 UMN の混合像。
末梢神経障害:腓骨神経障害で AJ は保たれ KJ 低下など、髄節性に一致。関連:評価ハブ
記録テンプレ(SOAP/スコア)
S:膝痛で警戒あり、検査説明で不安軽減。
O:Biceps 2+/4=左右差なし、 BR 2+/4、 Triceps 1+/4(右)・ 2+/4(左)、 KJ 3+/4(両側)、 AJ 2+/4、 Babinski 陰性。誘発条件: Jendrassik なし。
A:下肢優位の DTR 亢進。 UMN 徴候を示唆(機能と一貫)。
P:歩行時転倒リスク評価、痙縮管理、 1 週間後に再評価。
院内では略記(KJ、AJ、BR など)とスコア、左右差、誘発条件、疼痛の有無、動画記録の有無をテンプレ化し、誰が読んでも再現できる形に統一します。
禁忌・注意
皮膚損傷・術創・感染徴候部位は直接刺激を避け、疼痛増悪や痙攣誘発の既往がある場合は強い打鍵や過度の皮膚刺激を行いません。抗凝固療法中は皮下出血に配慮し、説明と同意を明確にします。
プライバシー確保と体位保持具の安定が前提です。高齢者・骨粗鬆症では関節端への不用意な衝撃を避け、転落リスク評価を先に実施します。
参考文献
- Rodriguez-Beato FY, Urribarri O. Physiology, Deep Tendon Reflexes. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2025–. PubMed
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- Ertuglu LA, Karacan I, Yilmaz G, Türker KS. Standardization of the Jendrassik maneuver in Achilles tendon tap reflex. Clin Neurophysiol Pract. 2017;3:1–5. DOI | PubMed
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