この記事の目的と使い方
本記事は、むせが目立たない サイレント誤嚥 を見逃さないために、病棟・在宅で 薄く広く反復 できるスクリーニングを「 5 点セット」として定型化します。狙いは、迷わず短時間で所見を揃え、翌日以降の経時比較と多職種共有に直結させることです。
セットは RSST / MWST / WST / 咳テスト / 口腔衛生観察。いずれも単独の決定打ではなく、体位・覚醒度・水分 などの文脈と組み合わせて解釈します。各検査の詳細は当ブログのプロトコル記事へインライン導線を設け、運用を標準化します。
5 点セットの考え方
スクリーニングの目的は 「敏感に拾う」 ことです。偽陽性を恐れて絞りすぎるより、所見を揃えて 時間軸で確かめる 方が安全です。湿性嗄声や咳嗽力低下だけで決め打ちせず、口腔衛生・体位・呼吸数・ SpO2 を合わせて評価します。
嚥下は 覚醒度・姿勢・唾液性状 の影響を強く受けます。評価は必ず 体位と所見をセット記録 し、再評価可能な形にします。家族説明は NHCAP の要点を併記し、毎日の 予防バンドル に橋渡しします。
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実施順と 1 セットの流れ
原則は 「観察 → 簡便検査 → 再観察」。口腔乾燥や体位不利が強ければ、はじめに ヘッドアップ 30–45 °・軽度前屈 など 小さな是正 を入れてから測ります。検査は負荷が小さい順に行い、疲労や咳込みで結果が歪まないよう配慮します。
推奨フロー:①口腔衛生観察 → ②声質・咳・痰の観察 → ③ RSST → ④ MWST ・ WST → ⑤咳テスト → ⑥体位・呼吸介入 → ⑦再観察。中止基準 に触れたら直ちに終了し、主治医へ共有します。
比較表: 5 検査の狙いと読み方
下表は各検査の目的・手順要点・判定の見方・落とし穴を 1 枚で確認できるように整理したものです。カットオフや判定基準は 施設基準 および当ブログ内の個別記事に従ってください。同じ患者で 日を跨いで反復 することで信頼性が高まります。
判定は二択で割り切らず、所見の組み合わせ でリスク層別化します。例えば RSST の低調+口腔不潔+湿声の三点が揃えば、体位・口腔・呼吸の 予防バンドル を強めます。
検査 | 目的 | 手順要点 | 判定の見方 | 注意・落とし穴 |
---|---|---|---|---|
RSST | 反復嚥下の可否を簡便にみる | 30 秒で空嚥下を反復。体位は軽度前屈で安定 | 回数とリズム、声質変化 を併記 | 乾燥・覚醒低下で過小評価しやすい |
MWST | 嚥下惹起と咳反応の有無を確認 | 少量水で段階的に評価。安全最優先で中止基準 | むせ・湿声・呼吸変化の セット で判断 | 一発勝負にしない。体位調整後に再評価 |
WST | 連続飲水で持久的な嚥下をみる | 少量から開始。連続飲水は無理に実施しない | 中断・むせ・湿声の出現タイミングを記録 | 疲労で悪化しやすい。先に RSST を行う |
咳テスト | 咳嗽力・気道反射の概観を把握 | 随意咳を基本、必要に応じ誘発も安全配慮で | 最大咳・連続咳・有声/無声の質を併記 | 疼痛・努力不足で過小評価に注意 |
口腔衛生 | 誤嚥内容物の 質(細菌負荷)を推定 | 舌苔・歯肉・乾燥・義歯適合を観察 | 不潔+湿声は誤嚥性肺炎リスクを示唆 | 口腔ケアの直前直後で比較を取る |
RSST ・ MWST ・ WST :運用のコツ
RSST の解釈 は「回数」だけでなく リズム・努力・声の濁り を見ます。 MWST ・ WST の使い分け は、まず負荷の低い MWST から入り、必要時に WST を検討。いずれも 座位安定+軽度前屈 を基本とします。
結果が振るわない場合は、すぐに「 NG 」とせず、体位・口腔・水分 を整えて 数分後に再評価。判定は「できた / できない」だけでなく、どこで破綻したか(惹起・移送・気道保護)を記録します。
咳テストと口腔衛生観察
咳嗽力は 誤嚥後の自己防御 を左右します。随意咳で最大・連続の両方を確認し、声門閉鎖や息継ぎの質もコメントします。誘発を検討する場合も、まずは安全を最優先し、強い咳き込みや呼吸苦が出たら中止します。
口腔衛生は 誤嚥内容物の質 を左右します。舌苔・歯肉出血・乾燥・義歯汚染はリスク上昇のサイン。看護・歯科衛生と 口腔ケアのタイミング を合わせ、ケア前後で湿声や咳発現の変化を比べます。
安全・中止基準(要約)
安全は最優先です。以下に該当したら即時中止し、体位を整えて休息 → 再評価、必要に応じて主治医へ連絡します。基準は施設運用に従い、急変対応を共有しておきます。
中止目安:強い呼吸苦やチアノーゼ/著明な SpO2 低下/持続する湿性嗄声・咳発作/意識レベル低下や協力困難/患者・家族の不安増悪。
記録テンプレ( 1 行様式)
「所見 → 判断 → 介入 → 再評価」の 4 要素を 1 行でまとめます。例:
「湿声↑・口腔乾燥・ RSST 低調 → サイレント誤嚥疑い → 体位前屈+口腔ケア連携+咳嗽訓練 → 湿声↓・ SpO2 95 %」。
テンプレは病棟用シートに集約し、サイレント誤嚥プロトコル と合わせて 日内比較 と 多職種共有 に使います。