サイレント誤嚥(サイレントアスピレーション)とは?
サイレント誤嚥(サイレントアスピレーション)は、むせや強い咳などの明確な防御反応を伴わずに、少量ずつ気道に流入している状態を指します。高齢者や脳卒中後、パーキンソン病などでは感覚低下や咳反射低下のために顕性誤嚥より気付きにくく、繰り返す肺炎や微熱、酸素化低下の背景に潜んでいることが少なくありません。
本記事では診断そのものではなく、「サイレント誤嚥を疑って、 VF / VE などの精査や誤嚥性肺炎予防バンドルにつなげる」ことを目的とします。ベッドサイドで PT が回しやすい 5 つのスクリーニングテストを組み合わせ、日々の経時変化と多職種連携に使いやすい形を目指します。
この記事の目的と使い方
本記事は、むせが目立たないサイレント誤嚥を見逃さないために、病棟・在宅で 1 セット数分で回せるスクリーニングを「 5 点セット」として定型化したものです。総論の知識というより、明日のラウンドからそのまま使える観察ポイントと記録の仕方に焦点を当てます。
セットは RSST / MWST / WST / 咳テスト / 口腔衛生観察 の 5 つです。いずれも単独でサイレント誤嚥を診断する「決定打」ではなく、体位・覚醒度・呼吸状態・水分栄養 などの文脈と組み合わせて解釈します。同じ患者に対して日を跨いで反復し、変化のパターンからリスクを読み取ることを前提としてください。
5 点セットの考え方
ベッドサイドスクリーニングの目的は、サイレント誤嚥を「敏感に拾う」ことです。偽陽性を恐れて絞り込みすぎるより、所見を揃えて 時間軸で確かめる 方が安全です。湿性嗄声や咳嗽力低下だけで決め打ちせず、口腔衛生・体位・呼吸数・ SpO2 などの全身情報を合わせて評価します。
嚥下は 覚醒度・姿勢・唾液性状 の影響を強く受けます。同じテスト結果でも、寝起き直後と日中では解釈が変わります。評価は必ず 体位と所見をセット記録 し、「どの条件で」「どの程度のリスクがありそうか」を次回以降の再評価につなげましょう。家族説明では、肺炎リスクの考え方とあわせて、毎日の予防ケアにつなげる視点を共有します。
実施順と 1 セットの流れ
原則は 「観察 → 簡便検査 → 再観察」 です。口腔乾燥や明らかな体位不利が強ければ、はじめに ヘッドアップ 30–45 °・軽度前屈 などの 小さな是正 を入れてから測定します。検査は負荷が小さい順に行い、疲労や咳込みで結果が歪まないよう配慮します。
推奨フローの一例は、①口腔衛生観察 → ②声質・咳・痰の観察 → ③ RSST → ④ MWST ・ WST → ⑤咳テスト → ⑥体位・呼吸介入 → ⑦再観察です。途中で強いむせや呼吸苦が出現した場合は 中止基準 に従って直ちに終了し、主治医や嚥下チームへ情報共有します。
比較表: 5 検査の狙いと読み方
下表は各検査の目的・手順要点・判定の見方・落とし穴を 1 枚で確認できるように整理したものです。カットオフや判定基準は 施設基準 および各検査の詳細プロトコルに従ってください。同じ患者で 日を跨いで反復 することで、サイレント誤嚥を疑うべき変化が見えやすくなります。
判定は「安全」「危険」の二択で割り切らず、所見の組み合わせ でリスク層別化します。例えば RSST の低調+口腔不潔+湿声の三点が揃えば、体位・口腔・呼吸の 予防バンドル を強めながら、肺炎徴候や酸素化の推移に注意してフォローします。
| 検査 | 目的 | 手順要点 | 判定の見方 | 注意・落とし穴 |
|---|---|---|---|---|
| RSST | 反復嚥下の可否を簡便にみる | 30 秒間の空嚥下を反復。軽度前屈で体幹と頸部を安定 | 回数とリズム、声質変化 を併記 | 乾燥・覚醒低下で過小評価しやすい |
| MWST | 嚥下惹起と咳反応の有無を確認 | 少量水から段階的に評価。安全最優先で中止基準を共有 | むせ・湿声・呼吸変化の セット で判断 | 一発勝負にしない。体位調整や口腔ケア後に再評価 |
| WST | 連続飲水で持久的な嚥下をみる | 少量から開始し、連続飲水は無理に実施しない | 中断・むせ・湿声の出現タイミングを記録 | 疲労で悪化しやすい。先に RSST ・ MWST を行う |
| 咳テスト | 咳嗽力・気道反射の概観を把握 | 随意咳を基本とし、必要時は誘発も安全配慮で実施 | 最大咳・連続咳・有声 / 無声の質を併記 | 疼痛・努力不足で過小評価に注意 |
| 口腔衛生 | 誤嚥内容物の 質(細菌負荷)を推定 | 舌苔・歯肉・乾燥・義歯適合や汚染を観察 | 不潔+湿声は誤嚥性肺炎リスクを強く示唆 | 口腔ケアの直前直後で所見と声質を比較 |
RSST ・ MWST ・ WST :運用のコツ
RSST の解釈は「回数」だけでなく、リズム・努力・声の濁り が重要です。回数が保たれていても、強い努力や咽頭違和感の訴えがあればサイレント誤嚥リスクは残ります。できるだけ同じ時間帯・体位で反復し、前日との差分をコメントとして残しましょう。
MWST ・ WST は、まず負荷の低い MWST から入り、必要時に WST を検討します。どちらも 座位安定+軽度前屈 を基本とし、むせ・湿声・呼吸数・ SpO2 の変化をセットで観察します。結果が振るわない場合でも、すぐ「経口摂取禁止」とせず、体位・口腔環境・水分 を整えたうえで再評価し、全体像から経口可否を議論することが重要です。
咳テストと口腔衛生観察
咳嗽力は 誤嚥後の自己防御 を左右します。随意咳では最大咳・連続咳の両方を確認し、声門閉鎖の有無や息継ぎの質もコメントします。強い疼痛や疲労があるときは努力不足で過小評価しやすいため、「痛み」「倦怠感」などの背景もセットで記録しておきましょう。
口腔衛生は、サイレント誤嚥そのものを検出するわけではありませんが、誤嚥したときの内容物の 毒性(細菌負荷) を左右します。舌苔・歯肉出血・乾燥・義歯汚染はリスク上昇のサインです。看護・歯科衛生と 口腔ケアのタイミング を合わせ、ケア前後で湿声や咳発現の変化を比べることで、介入効果を評価しやすくなります。
安全・中止基準(要約)
安全は常に最優先です。以下に該当したら即時中止し、体位を整えて休息 → 再評価、必要に応じて主治医へ連絡します。施設の急変マニュアルや嚥下チームの基準と合わせて、事前に共有しておきましょう。
中止の目安としては、強い呼吸苦やチアノーゼ、著明な SpO2 低下、持続する湿性嗄声・咳発作、意識レベル低下や協力困難、患者・家族の不安増悪などが挙げられます。少しでも迷ったら中止側に倒し、そのうえで次の一手(精査・経路変更・一時的な経口中止など)を多職種で検討します。
記録テンプレ( 1 行様式)
「所見 → 判断 → 介入 → 再評価」の 4 要素を 1 行でまとめると、日内・日を跨いだ比較がしやすくなります。例:
「湿声↑・口腔乾燥・ RSST 低調 → サイレント誤嚥疑い(要観察) → 体位前屈+口腔ケア連携+咳嗽訓練 → 湿声↓・ SpO2 95 %」。
病棟用のチェックシートや経過表にテンプレを組み込み、サイレント誤嚥に関するプロトコルと合わせて 日内比較 と 多職種共有 に活用します。医師・看護師・栄養・歯科衛生など、それぞれの視点からの所見も同じフォーマットで並べると、肺炎リスクの変化が見通しやすくなります。
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おわりに
サイレント誤嚥への対応は、「安全の確保 → 段階的なスクリーニング → 所見の記録 → 予防バンドル → 必要に応じた VF / VE への橋渡し」というリズムで回すことが重要です。 5 点セットはそのなかでも、ベッドサイドで PT が担いやすい「気付き」と「見える化」の役割を果たします。
日々のラウンドで得られた所見を整理しつつ、自身の働き方や学び方も定期的に振り返ることで、サイレント誤嚥への感度とチーム内での発言力は少しずつ高まっていきます。読者のみなさんの臨床が、患者さんの肺炎予防と QOL 向上につながることを願っています。
関連プロトコル・評価
- サイレント誤嚥スクリーニング・ PT プロトコル(全体フロー)
- RSST :カットオフと読み方
- MWST ・ WST :比較と使い分け
- 誤嚥性肺炎の予兆チェックと初期対応
- 誤嚥性肺炎予防バンドル(姿勢・口腔ケア・呼吸訓練など)
- 呼吸困難スケール( mMRC ・ Borg )
- 6 MWT プロトコル
よくある質問
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
サイレント誤嚥が疑われたら、すぐに VF / VE を依頼すべきですか?
強いサイレント誤嚥が疑われる場合、 VF / VE などの精査を早期に検討することは有用ですが、すべての症例で「即日依頼」が必要とは限りません。 5 点セットの結果に、繰り返す微熱・ CRP 軽度上昇・酸素化低下・ ADL の落ち込みなどを重ねてリスクを評価し、病態の急性度や病院の体制を踏まえて主治医・嚥下チームと相談する流れが現実的です。
RSST が良好ならサイレント誤嚥は否定できますか?
RSST が良好でも、サイレント誤嚥を完全に否定することはできません。 RSST は「反復嚥下がどの程度スムーズか」をみる指標であり、感覚低下や咳反射低下が主体の症例では、回数が保たれていても誤嚥が隠れている可能性があります。 RSST 以外のテストや呼吸・栄養・口腔所見を組み合わせたうえで総合的に判断しましょう。
在宅や施設では、 5 点セットをどのくらいの頻度で行うと良いですか?
在宅・施設では、全例に毎日フルセットを行う必要はありませんが、「状態が変わりやすい時期」には頻度を上げるのがおすすめです。具体的には、入退院直後、食事形態や薬剤(鎮静・向精神薬など)の変更時、肺炎や急性疾患からの回復期などです。ベースラインが安定しているときは週 1 回程度の定期チェックとし、変化を感じたタイミングで追加セットを行う、といった運用が現実的です。
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


