階段昇り(昇段)の動作分析|新人 PT が迷わない観察の型
臨床で迷わない「評価設計の型」を見る(PT キャリアガイド)
結論:階段昇り(昇段)は、①リード脚の荷重受け(受け止め)→②身体の引き上げ(pull-up)→③次段への振り出し(swing/step-through)の 3 局面で整理すると、観察→仮説→介入が一気に整います。新人のうちは「気になる見た目」を追うより、局面ごとに“見る場所”を固定して、同じ言葉で記録できる状態を先に作るのが近道です。
本記事は、階段昇りの観察ポイント(正面/側面/後方)、よくある代償、原因仮説(筋力・可動域・疼痛・協調性・感覚)、その場でできる確認テスト、カルテ記載テンプレまでを 1 本にまとめます(歩行は別記事で扱います)。
なぜ階段昇りは分析しやすいのか
階段昇りは、平地よりも膝伸展・股関節伸展の要求が大きく、代償が出ると「どこで何が足りないか」が形になって現れやすい課題です。実際、階段昇降では下肢の関節モーメント(支持に必要なモーメント)や戦略が変化し、年齢や手すり使用でも分配が変わります。
- 高齢者では階段昇降が膝伸展の要求に近づきやすい(需要が大きい)ことが報告されています。Gait Posture. 2011;34(2):239-244. doi:10.1016/j.gaitpost.2011.05.005
- 階段昇降の支持モーメントの寄与(足関節・膝・股)や前額面の安定化(股外転)も示されています。Gait Posture. 2011;33(1):54-60. doi:10.1016/j.gaitpost.2010.09.024
- 手すりを「軽く」使うだけでも、関節モーメントの分配が変わることが示されています。Gait Posture. 2008;28(2):327-336. doi:10.1016/j.gaitpost.2008.01.014
動作分析の手順|観察→仮説→その場で検証
新人 PT が自信を持つために重要なのは、「当てる」ことより同じ手順で再現できることです。階段昇りは次の 3 手順で回します。
- 課題設定:「どこで詰まるか(上がれない/遅い/手すり依存/痛い/つま先が当たる)」を 1 つに絞る。
- 局面で観察:後述の 3 局面(受け止め→引き上げ→振り出し)で、関節と体幹の“必見ポイント”だけ見る。
- その場で検証:可動域・筋出力・疼痛・支持感覚・恐怖回避など、原因候補を 1〜 2 個に絞り、簡単な確認で裏を取る(例:段差を下げる/手すり条件変更/足部位置変更)。
階段昇りの 3 局面モデル(まずはこの図だけ覚える)
階段昇り(片脚支持の繰り返し)は、「リード脚=上段に乗る脚」と「トレイル脚=下段から押す脚」で役割が変わります。観察は「いつ・どの脚で・何が起きたか」を言語化できれば十分です。
観察の準備|条件を固定して「比較できる」形にする
- 段差条件:段の高さ・手すり有無・靴(装具)・杖の有無を記録する。
- 課題条件:「 1 段だけ」か「連続 4〜 6 段」かを決める(連続は疲労・恐怖回避が出やすい)。
- 観察方向:正面(膝・骨盤)、側面(体幹前傾・股伸展)、後方(骨盤下制・体幹側屈)を最低 1 回ずつ。
- 比較の軸:手すり(なし→軽く→強く)、足部位置(近い→遠い)、速度(自選→少しゆっくり)を 1 つだけ変えて比較する。
局面ごとの観察ポイント早見(表)
| 局面 | まず見る(優先 3 つ) | よくある代償 | 原因仮説 | その場での確認 |
|---|---|---|---|---|
| ① 受け止め(初期荷重) | リード脚膝の位置/骨盤の水平性/足部(内外反・回内) | 膝が内側へ入る、骨盤が傾く、体幹が支柱側へ逃げる | 股外転・外旋の出力不足、足部支持の不安定、疼痛回避 | 段差を下げる/足部を少し外側へ/手すり軽介助で変化を見る |
| ② 引き上げ(pull-up) | 体幹前傾量/股関節伸展の出方/膝伸展のタイミング | 過度な体幹前傾、膝が伸び切らない、反動で上がる | 膝伸展出力不足、股伸展の使いにくさ、足関節底屈の寄与低下 | 椅子立ち上がり様の反動があるか/手すりで上がり方が変わるか |
| ③ 振り出し(step-through) | 遊脚のつま先クリアランス/骨盤の回旋・側方移動/支持脚の安定 | つま先が当たりやすい、股関節を外へ回して回避、骨盤挙上(ヒップハイク) | 股屈曲・足背屈の不足、代償的骨盤挙上、支持脚の片脚保持不十分 | 段差を下げると当たりが減るか/足背屈を意識すると変わるか |
よくある“詰まりパターン”と読み解き(現場の詰まりどころ)
階段昇りで新人が迷いやすいのは、「結局どこが悪いのか」を 1 つに決めきれない点です。ここでは臨床で頻出の 4 パターンを、局面で切って整理します。
| 頻出パターン | 見える現象 | まず疑う | 次に見る(鑑別) | 介入の最初の一手 |
|---|---|---|---|---|
| A:リード脚膝が内へ入る | ①受け止めで膝内側偏位、骨盤が左右に揺れる | 股外転・外旋の出力不足、足部過回内 | 足部の支持面(内側へ潰れるか)、体幹側屈が出るか | 足部位置の調整(わずか外側)+股外転の“短い反復”を先に入れる |
| B:上がる瞬間に体幹が前へ倒れる | ②引き上げで前傾が増え、反動で上がる | 膝伸展出力不足、股伸展の使いにくさ | 手すり軽介助で前傾が減るか、段差低下で変わるか | 段差を下げた“質重視”練習で、膝伸展のタイミングを作る |
| C:遊脚のつま先が当たりやすい | ③振り出しでつま先クリアランスが小さい | 足背屈・股屈曲不足、骨盤挙上代償 | 骨盤挙上(ヒップハイク)か外回し(回旋)かを区別 | “足背屈の意識”を入れて 1 段だけ反復し、変化の有無を確認 |
| D:手すり依存が強い | 手すり無しだと速度低下、体幹側屈、踏み替え | 支持脚の片脚保持不足、恐怖回避、疼痛 | 軽い手すりでも戦略が変わるか(モーメント分配の変更) | “軽く触れる”条件で、支持脚側の安定(股外転)を先に作る |
その場でできる「確認テスト」メニュー( 3 分)
動作分析は、原因候補を 1〜 2 個に絞って、短いテストで裏を取ると一気に精度が上がります。階段昇りで使いやすい確認を並べます。
- 段差変更:段差を下げて同じ崩れが出るか(要求量依存かを確認)。
- 手すり条件:なし→軽く→強くで、崩れがどれだけ減るか(支持戦略の変更を見る)。手すり使用で関節モーメントの分配が変わる報告があります。doi:10.1016/j.gaitpost.2008.01.014
- 足部位置:支持脚の足を段の奥/手前に置くと、体幹前傾や膝の崩れが変わるか。
- ステップアップ模擬:床で 10〜 15 cm の踏み台を使い、同じ局面(①〜③)が出るか。
- 二重課題:会話・計算などで崩れが増えるか(注意資源の影響)。階段は二重課題で運動学より運動力学が影響される報告があります。J Biomech. 2015;48(6):921-929. doi:10.1016/j.jbiomech.2015.02.024
カルテに書ける記録テンプレ(例文)
ポイントは「主観」を減らして、局面×所見×影響(詰まり)×仮説で 1 行に落とすことです。下の型をそのまま使えます。
- 所見:階段昇り( 20 cm、手すりなし)。①受け止めでリード脚膝内側偏位+骨盤傾斜を認める。②引き上げで体幹前傾が増大し、反動を用いて昇段。③振り出しで遊脚つま先クリアランス低下し接触傾向。
- 影響:速度低下、手すり依存増大(連続 4 段で顕著)。
- 仮説:股外転・外旋の支持不足+膝伸展出力不足が主、加えて足背屈不足がつま先接触に関与。
- 検証メモ:段差低下で②前傾と③接触が軽減。手すり軽介助で①骨盤傾斜が軽減。
よくある質問
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
Q1.階段昇りは「どこから見ればいいか」毎回迷います
A.最初は「局面固定」が最優先です。①受け止めでは膝と骨盤、②引き上げでは体幹前傾と股・膝の伸展、③振り出しではつま先クリアランスだけを見る、と決めてください。見える情報を増やすより、毎回同じ順番で観察する方が、仮説の精度が上がります。
Q2.手すりを使わせると本当の能力がわからなくなりませんか?
A.「手すりなし」だけが正解ではありません。手すりは条件操作として使えます。たとえば、手すりの有無で崩れが大きく変わるなら、支持戦略(関節モーメント分配)が変わっている可能性があり、介入の優先順位が立ちます(手すり使用で関節モーメント分配が変わる報告)。doi:10.1016/j.gaitpost.2008.01.014
Q3.「膝が内に入る」場合、膝だけを直すべきですか?
A.膝の見た目は結果であることが多いです。まずは①受け止めでの骨盤・体幹(側屈)と足部(支持面)を見て、股外転・外旋や足部支持の問題として仮説を立ててください。次に、足部位置や段差変更で崩れが減るかを確認すると、原因が絞れます。
Q4.脳卒中片麻痺の階段は、何を優先して見ますか?
A.「左右差がどこで増えるか」を局面で見ます。慢性期脳卒中では、影響側のピーク伸展モーメント低下や股外転モーメント低下が示され、手すり使用で側差が増える傾向も報告されています。J Appl Biomech. 2013;29(4):443-452. doi:10.1123/jab.29.4.443
おわりに
階段昇りの分析は、「局面で分解→ 1 つだけ条件を変えて比較→短い検証」で、観察が一気に言語化できます。まずは①受け止め→②引き上げ→③振り出しの順で“見る場所”を固定し、同じ型で記録してみてください。
評価と記録の精度を上げたい方は、面談準備チェックと職場評価シートも使える マイナビコメディカル記事のダウンロード も、次の一手の整理に役立ちます。
参考文献
- Samuel D, Rowe P, Hood V, Nicol A. Gait Posture. 2011;34(2):239-244. doi: 10.1016/j.gaitpost.2011.05.005 / PubMed: PMID:21632255
- Novak AC, Brouwer B. Gait Posture. 2011;33(1):54-60. doi: 10.1016/j.gaitpost.2010.09.024 / PubMed: PMID:21036615
- Reeves ND, Spanjaard M, Mohagheghi AA, Baltzopoulos V, Maganaris CN. Gait Posture. 2008;28(2):327-336. doi: 10.1016/j.gaitpost.2008.01.014 / PubMed: PMID:18337102
- Vallabhajosula S, Tan CW, Mukherjee M, Davidson AJ, Stergiou N. J Biomech. 2015;48(6):921-929. doi: 10.1016/j.jbiomech.2015.02.024 / PubMed: PMID:25773590
- Novak AC, Brouwer B. J Appl Biomech. 2013;29(4):443-452. doi: 10.1123/jab.29.4.443 / PubMed: PMID:22927500
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下
運営者について:/プロフィール/ 編集・引用ポリシー:/privacy-policy/ お問い合わせ:/お問い合わせフォーム/

