車椅子シーティングの基本と7つの効果【食事・移乗・駆動まで解説】

臨床手技・プロトコル
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車椅子シーティング総論:なにが変わる?

シーティングは、車椅子利用者に「快適で安全な座位」を提供し、活動・参加と QOL を底上げする臨床技術です。効果は機器そのものよりも “合わせ方(寸法・支持・角度)× 運用(姿勢変更・練習)” の質に依存します。本記事では、快適性・嚥下・上肢機能・移乗・駆動・座位保持・変形/ROM の 7 領域について、ガイドラインに沿って“何が改善しうるか”を俯瞰します。

まずは対象者の主訴(痛み、誤嚥への不安、移乗困難、肩痛、座位保持困難、変形リスク等)と優先度を明確化します。次に、現座位の観察(骨盤・体幹・頭位・下肢・サポート)→ 寸法計測 → 試適(座/背/支持/角度/車軸) → 目標課題で再評価 → 運用(姿勢変更/練習/メンテナンス)の流れで進め、設定と運用をセットで設計することが重要です。

臨床で“伝わる説明”の型を学ぶ(PTキャリアガイド)

改善が期待できる 7 領域(全体像)

シーティングにより、①快適性(痛み・疲労・圧の不快) ②嚥下(安全性・食事効率) ③上肢機能(到達・操作性) ④移乗(安全性・自立度) ⑤駆動(効率・肩負荷) ⑥座位保持(重力に抗する安定) ⑦変形/ROM(予防・軽減)が変わり得ます。最初に“1 つの主訴”を優先し、そこから関連領域へ波及させる設計が現実的です。

アウトカム評価は、主観(NRS、座位許容時間、食事完遂感など)+客観(咳・湿性嗄声、駆動ストローク、介助量、皮膚所見、姿勢維持時間等)を前後比較で記録します。ダウンロード配布物の評価・運用ログを併用すると、チームで経時変化を共有しやすくなります(下記「配布物」参照)。

快適性(痛み・疲労・圧迫感)

骨盤を中間位で安定させ、座クッションと背支持を適合させると、長時間座位の苦痛が減少しやすくなります。ティルト/リクラインで姿勢を周期的に変化させ、組織灌流と圧分散を確保することが基本です。プッシュアップ単独では十分な減圧が得られないケースが多く、機能的な姿勢変換手段の併用が推奨されます。

皮膚リスクがある場合は、角度・頻度・時間をログ化して運用を標準化します。小さな不快の蓄積が離床・活動を阻害するため、“楽に保てる座位”を土台に他領域(嚥下・上肢機能・駆動)へ橋渡ししていくイメージで調整を重ねます。

嚥下(安全性と効率)

座面・背・足台で 90–90–90 を基準に、頸部は軽度前屈を基本とします。必要に応じて軽度のリクラインと頭位支持を組み合わせ、個別最適なバランスを探ります。試食時は咳・湿性嗄声・呼吸変化の観察をセットにし、食後の座位保持時間も事前に決めておきます。

“嚥下の座位”は数 cm の調整が安全性・効率に直結します。嚥下時のチェックポイントをカード(二面)にまとめて配布し、看護・介護スタッフと共通言語化して運用することで、場面間の再現性と誤嚥・窒息リスクの低減につながります。

上肢機能(到達・操作性)

肩の自由度を引き出す第一歩は、骨盤と体幹の安定です。肘支持やテーブル・トレイの高さや距離、手元までの前方スペースも操作効率を左右します。代償運動を減らす配置により、到達・把持・微操作の精度が向上し、作業遂行時間の短縮も期待できます。

駆動や日常操作で肩痛が生じる利用者では、座位基盤の再設計とともに、作業課題の段階づけや休息計画の見直しが有効です。必要に応じて駆動設定(車軸位置やリム形状)とも連動させ、上肢負荷をトータルで最適化します。

移乗(安全性・自立度)

座面高・フットサポート位置・アームサポートの形状/可動は、重心移動と足圧の確保に直結します。骨盤前傾を作りやすい高さを狙い、滑走面と把持点の配置を“動線”としてそろえると、立位や座り替えの安定が増しやすくなります。

電動の座面昇降など高さの可変は、レベル差の解消やリーチ拡大に寄与し得ます。環境側の座面高さやブレーキ位置まで含めて、移乗全体を 1 つの連続動作として設計し、介助量と安全性の両立を目指します。

駆動(効率と肩障害予防)

シート奥行/高さと車軸位置は、リム到達角とストローク様式を規定し、肩負荷に大きく影響します。座位の安定と到達性が整うほど、長ストローク・低頻度の効率的な駆動に近づきます。既往の肩痛や手部しびれの有無は、必ず聴取しておきましょう。

駆動練習は短時間・低負荷から始め、速度より滑らかさと軌道の安定を優先します。ハンドリム形状や手袋、路面条件の調整も“負担を減らして進む”感覚づくりに有効であり、疲労や痛みが出る前に休息を挟むルールづくりも重要です。

座位保持・変形/ROM の保全

側方・骨盤・大腿の多点支持で重力に抗した安定をつくり、ティルト/リクラインを計画的に併用します。長期的には脊柱や股・膝・足部の変形や ROM 制限の抑制が狙えます。皮膚保護と姿勢変化は“セット”で考え、ポジショニング用具も組み合わせて検討します。

支持は “過不足なく” が原則です。固定し過ぎは活動性を下げ、少な過ぎは代償を増やします。食事・整容・移乗・駆動など目標課題での再評価をルーティン化し、“その人にとって動きやすい安定”を目標に微調整を続けます。

実施フロー(簡易アルゴリズム)

①主訴とリスク抽出 → ②現座位の観察 → ③寸法計測 → ④試適(座/背/支持/角度/車軸) → ⑤目標課題で再評価 → ⑥運用(姿勢変更/練習/メンテナンス)という流れで進めます。各段階をログ化し、前後で 7 領域のアウトカムを比較することで、調整の妥当性が見えやすくなります。

“寸法 → 推奨値 → 試適 → 運用”の一連をチームで共有すると、再現性が上がり、再調整の手戻りを減らせます。運用フェーズでは除圧タイマーや嚥下用チェックカードの“道具化”が有効であり、若手スタッフにはプロセス全体を説明しながら一緒に回すことで学習効果も高まります。

配布物(A4・印刷ボタン付/Excel)

7 領域の要点(早見表)

車椅子シーティングで改善が期待できる領域と主な要点(成人・総論)
領域 主な狙い キーパラメータ 評価の例
快適性 痛み・疲労の低減 骨盤位、座/背支持、ティルト NRS、座位許容時間、皮膚所見
嚥下 安全性・効率 90–90–90、頭位、軽度リクライン 咳・湿性嗄声、摂取量/時間
上肢機能 到達・操作性 体幹安定、肘支持/トレイ高 到達距離、操作速度/正確さ
移乗 安全性・自立度 座面高、足圧、把持点 介助量、所要時間、安定性
駆動 効率・肩負荷の最適化 座奥行/高さ、車軸位置 ストローク頻度、肩痛の有無
座位保持 重力に抗した安定 側方/骨盤/大腿支持 姿勢維持時間、崩れの頻度
変形/ROM 拘縮・疼痛の予防 ティルト/リクライン、支持配置 ROM、疼痛、装具・ポジショニング

現場の詰まりどころ

よくある詰まりどころは、「クッションや機器を替えたのに、なぜか楽にならない」「誰がどう使うかが共有されていない」の 2 点です。シーティングを“物の選定”として終えてしまうと、寸法測定や試適の意図が伝わらず、結局ベルトを締める・リクライニングを寝かせるだけの対応になりがちです。まずは主訴とリスクを言語化し、試適時に“何を狙ってこの角度・支持にしたか”をその場で共有することが重要です。

もう 1 つは、ティルト/リクラインや嚥下姿勢の「運用ルール」が曖昧なままスタートしてしまうことです。除圧間隔・食事時の角度・ヘッドサポートの使い方などを、チェックシートやログで見える化しないと、シフトや曜日で運用がバラつきます。配布物の A4 シートやログを使って、「設定→説明→記録→振り返り」のサイクルを週間単位で回すと、チーム全体の納得感と再現性がぐっと高まります。

よくある質問

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Q1. シーティングとポジショニングは何が違いますか?

ポジショニングは、褥瘡予防や呼吸・嚥下などを目的とした「全身の体位管理」を広く指すことが多く、ベッド上も含めた 24 時間の姿勢マネジメントを扱います。一方シーティングは、車椅子上の「座位」にフォーカスし、寸法・支持・角度・駆動性などを統合して設計する技術です。両者は重なりがありますが、本記事では“車椅子座位をどう作るか”に軸足を置いて解説しています。

Q2. 食事用のシーティングは、どの職種がどこまで調整してよいですか?

基本は多職種での合意形成が大切です。嚥下リスクの高い方では、ST・看護師・医師の評価結果を踏まえ、PT・OT が骨盤・体幹・下肢の支持と角度を調整し、最終的な食事角度や頭位をチームで確認します。小さな角度調整でも安全性に影響し得るため、「誰が・どの場面で・どこまで動かしてよいか」をチェックカードやマニュアルに落とし込んでおくと安心です。

Q3. リクライニング車椅子を“寝かせっぱなし”にしないポイントは?

リクライニングを大きく倒したまま固定していると、誤嚥リスクやずり落ち、股・脊柱の変形を助長するおそれがあります。食事・会話・作業など、目的に応じた「基本座位」を決めたうえで、除圧や休息のタイミングだけ角度を変えるルールを明確にしましょう。ティルト/リクライン運用ログを用いて、1 日の中でどの時間帯にどの姿勢で過ごしているかを見える化すると、“寝かせっぱなし問題”に気づきやすくなります。

Q4. 若手スタッフにシーティングを教えるときのコツはありますか?

最初から 7 領域すべてを教え込むより、「1 つの主訴と 1 つの目標動作」に絞って一緒に評価・試適・再評価を回す方が身につきやすいです。寸法の取り方・観察のポイント・角度調整の手順などをシート化し、若手には“記録担当”を任せると学びとチーム貢献が両立します。ケースカンファレンスでビフォー/アフターの写真・動画を共有し、なぜその設定にしたかを言語化することも、教育効果を高めるポイントです。

おわりに

車椅子シーティングの臨床リズムは、「安全とリスク確認 → 主訴の言語化 → 座位評価と寸法測定 → 試適 → アウトカム記録 → 再調整」の繰り返しです。クッションや車椅子の種類だけでなく、“その人がどの場面でどう座れたらよいか”をチームで共有し、A4 シートやログを使って日々の運用に落とし込むことで、快適性・嚥下・移乗・駆動のすべてが少しずつ整っていきます。

シーティングを含めたリハビリ臨床を長く続けていくには、学び方や職場選びの戦略も重要です。面談準備のチェックや職場の教育体制を整理したいときは、マイナビコメディカル向けの面談準備チェックリストと職場評価シートも、あわせて活用してみてください。

参考文献

  1. 日本シーティング・コンサルタント協会. 車椅子シーティング実践ガイドライン 2019.
  2. RESNA. Position on the Application of Tilt, Recline, and Elevating Legrests for Wheelchairs. 2017.
  3. RESNA. Position on the Application of Tilt, Recline, and Elevating Leg Rests for Wheelchairs – Literature Update Draft 2024.
  4. WHO. Wheelchair Service Training Package – Basic Level. 2012. Web
  5. Paralyzed Veterans of America (PVA). Preservation of Upper Limb Function Following Spinal Cord Injury: A Clinical Practice Guideline for Health-Care Professionals. 2005/2021 更新. PDF

著者情報

rehabilikun(理学療法士)

rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。

  • 脳卒中 認定理学療法士
  • 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
  • 登録理学療法士
  • 3 学会合同呼吸療法認定士
  • 福祉住環境コーディネーター 2 級

専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

運営者ページ・編集ポリシー・お問い合わせ先については、rehabilikun blog 内の各専用ページをご覧ください。

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