褥瘡予防における体圧・接触圧の基本(数値は“目安”、総合管理が原則)
体圧・接触圧は32–40 mmHg前後をひとつの参考域として扱います。歴史的には「毛細血管閉塞圧 ≈ 32 mmHg」という生理学的目安が引用されますが、褥瘡のリスクは圧×時間(滞留時間)に加え、ずれ(剪断)、微気候(温度・湿度・発汗)、個々の組織耐性が複合して決まります。日本のガイドラインでは「一般的に接触圧が 40 mmHg 以下なら発生しにくい」という実務上の目安が示されていますが、いわゆる「体圧測定の正常値」を単一の閾値で決めるのではなく、体位変換・体圧分散・ずれ対策・微気候管理を組み合わせる総合的ケアが推奨されます。
32 と 40 mmHg の考え方(体圧測定の基準値としての使い分け)
・32 mmHg:毛細血管閉塞圧の平均に由来する生理学的指標であり、長時間の持続圧で虚血が進みやすいという理解に役立ちます(「褥瘡 × 体圧 32 mmHg」の背景)。
・40 mmHg:日本の褥瘡診療ガイドラインにおける接触圧の実務目安であり、マットレスやクッションの適合確認、仰臥位での体圧測定の基準値のひとつとして40 mmHg 以下かを確認しますが、必ず体位変換・ずれ軽減・微気候調整を併用します(「褥瘡 × 体圧 40 mmHg」の使いどころ)。
・臨床では「ピーク値だけで判断しない」こと、同じ条件(体位・ベッド角度・用具)で介入前後を比較することが要点です。特に仰臥位での体圧測定は、値そのものよりも「介入によりどこまで下げられたか」「圧の集中が解消したか」を見ることが重要です。
体圧測定の目的と使いどころ(臨床フローの最小構成)
- 目的を決める:マットレス/クッション適合、体位(仰臥・側臥・半座位)比較、ずれ低減の効果検証など、「何のための体圧測定か」を明確にします。
- 条件を固定:ベッド角度・シーツ張力・用具の種類/設定を記録し、比較前後で再現できるようにします。
- ピークと分布の両方を見る:数値(ピーク)と圧の広がり/集中の両面で評価し、「褥瘡リスクの高い部位」と「体圧分散できている部位」を切り分けます。
- 介入して再測:30°側臥位、踵浮かせ、ずれ低減(ティルト・滑り/摩擦対策)、微気候(発汗・湿潤)を調整し、再度体圧測定を行います。
- ケア計画に反映:体位変換頻度、用具選定、観察ポイント、再評価のタイミングを記録し、褥瘡予防計画に落とし込みます。
体圧測定器の種類と使い分け
| 種類 | 用途と強み | 限界・注意 |
|---|---|---|
| 携帯型スポット測定(例:パーム Q) | 骨突出部など複数点の体圧を素早く測定できます。ベッド上での体位・支持面の比較や、マットレス適合の一次評価に有用です。 | 分布の全体像は得にくく、センサ位置・体位・ベッド角度を記録して再現する必要があります。測定時のずれやシーツの張り過ぎにも注意が必要です。 |
| センサマット型(圧力マッピング) | 面全体の 2D マップでピークと広がりを可視化でき、介入前後の比較やレポート出力に優れます。褥瘡予防における体圧分散の説明ツールとしても有用です。 | 設置・キャリブレーションの手間がかかります。データは相対比較に用い、単一閾値での判定は避けます。 |
| ベッド一体型(連続監視) | 在床中の圧・体位変化を継続モニタでき、アラートや個別ターン計画に活用できます。 | 導入コスト・運用要件が高く、施設体制に合わせたプロトコル整備が必要です。 |
- 製品情報:パーム Q(ケープ)… 製品ページ / 取扱説明書(PDF)
- 圧力マッピング:Tekscan CONFORMat / BodiTrak Pro
- 連続監視:XSENSOR ForeSite IS
携帯型(パーム Q)での体圧測定方法(簡易手順)
- 条件設定:ベッド角度・シーツの張り・用具設定を整え、患者に楽な呼吸位を取ってもらいます。
- 測定部位の決定:仙骨・大転子・踵など骨突出部と、比較用の支持面中央部を選択します。褥瘡リスク部位を優先して測定部位に含めます。
- 測定:センサを押し付けずに所定位置へ置き、当該体位で 30–60 秒程度安定させて値を読み取ります。
- 介入:30°側臥位、踵浮かせ、枕・ポジショニングピロー追加、滑り/摩擦対策などを実施し、体圧分散が得られるよう調整します。
- 再測・記録:ピーク値と体位・用具・条件を記録し、40 mmHg 以下を目安にしつつ、圧×時間を下げるケア(体位変換間隔の設定など)へ反映します。
読み方のコツ(体圧測定でよくあるミスと対策)
| NG | 理由 | 改善策 |
|---|---|---|
| ピーク値だけで判断 | 褥瘡は圧だけでなく時間・ずれ・微気候が関与するため、「正常値かどうか」だけでは評価しきれません。 | 分布・左右差・姿勢保持の可否も併記し、再測で比較します。 |
| 条件を再現していない | 角度やシーツ張力により値が変化し、「今日は低い/高い」といった比較が不正確になります。 | 測定条件(体位・角度・用具)を記録・固定し、比較時に再現します。 |
| ずれを見落とす | 剪断は組織損傷を増悪させ、体圧分散ができていても褥瘡リスクが残ります。 | ティルト活用やすべり対策、移乗時の摩擦低減を徹底します。 |
| 体位変換に結び付けない | 圧×時間を下げなければリスクは残存し、単回の体圧測定では褥瘡予防につながりにくくなります。 | 個別化したターン間隔と観察ポイントを計画し、チームで共有します。 |
現場の詰まりどころ(チームで擦り合わせたいポイント)
現場でよく見られるのは、「体圧測定器で数値は出したものの、その後のケア方針が曖昧なまま」という状態です。例えば、32 や 40 mmHg を意識し過ぎて「数値が基準内だから安心」と捉えてしまい、剪断や微気候、栄養状態などの要因が置き去りになるケースがあります。また、仰臥位だけ測定して座位・車いすでのリスクが評価されていない、夜間の体位変換計画に落とし込まれていない、といった“運用ギャップ”も典型的です。
もうひとつの詰まりどころは、他職種との情報共有です。圧マップの画像だけがカンファレンスに出てきて、「結局どう変えるのか」が共有されていないと、具体的な行動変容につながりません。測定の目的・条件・結果・提案(例:ターン間隔、マットレス変更、ポジショニング方法)をセットで伝えることが、褥瘡対策チームとしての一体感を高めるポイントになります。
体圧・接触圧 記録シート(印刷用)
A4 印刷用(HTML) —— 開いてブラウザの「印刷」からそのまま印刷 or PDF 保存できます。
- 推奨設定:用紙 A4 縦/余白 標準/倍率 100%(必要に応じて微調整)
- iPhone / iPad:共有 → プリント → プレビューをピンチ拡大 → 共有 → 「ファイルに保存」
- Windows:Ctrl+P → 送信先「PDF に保存」or プリンタ → 余白 / 倍率を調整
- Mac:⌘+P → PDF に保存/プリンタ出力
おわりに(測るだけで終わらせないために)
褥瘡予防における体圧測定は、「今のマットレスで本当に足りているか」「ターン間隔やポジショニングは妥当か」を可視化するためのツールです。重要なのは、32・40 mmHg といった基準値を杓子定規に当てはめることではなく、圧・時間・ずれ・微気候・栄養などを束ねて“患者単位のリスクプロファイル”として捉え直すことです。そのうえで、チームで共有しやすい記録シートを使いながら、再評価のタイミングをあらかじめ決めておくと、忙しい現場でも運用が続きやすくなります。
日々の臨床では、褥瘡だけでなく転倒・せん妄・低栄養など多くのリスクに同時対応する必要があります。限られた時間の中で評価から介入までをどのような順番で組み立てるかは、経験だけでなく「仕組み」として設計しておくことが大切です。体圧測定やポジショニングを、チームで共有できるフローやチェックシートと組み合わせておくことで、新人スタッフでも同じ水準で褥瘡予防に関わりやすくなります。
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下
参考文献・情報源
- EPUAP / NPIAP / PPPIA. Prevention and Treatment of Pressure Ulcers / Injuries: Clinical Practice Guideline. 2019. Guideline site / PDF
- 日本皮膚科学会. 創傷・褥瘡・熱傷ガイドライン ― 2:褥瘡診療ガイドライン. 2018(改訂版 PDF). 「接触圧 40 mmHg 以下」を実務目安として記載。PDF
- 日本皮膚科学会. 褥瘡診療ガイドライン(第 3 版). 2023. 体圧分散・用具選定と接触圧に関する記載。PDF
- Zaidi SRH, et al. Pressure Ulcer. StatPearls. 2024.(生理学的 32 mmHg の説明)PubMed Books
- Gould LJ, et al. WHS guidelines for the treatment of pressure ulcers — 2023 update. Wound Repair Regen. 2024. PubMed
- Medscape. Pressure Injuries (overview). 2024(32 mmHg の生理学的説明)。Link
- 久我原ほか. 仰臥位時,仙骨部の体圧測定(実験研究). 山陽論叢. 2021. J-STAGE
- ケープ. 携帯型接触圧力測定器 パーム Q 取扱説明書. PDF
- Tekscan CONFORMat(圧力マッピング)製品情報 / BodiTrak Pro 製品情報 / XSENSOR ForeSite IS 製品情報
よくある質問
※ 各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
Q1. すべての入院患者に体圧測定器を使うべきですか?
必ずしも全員に測定が必要というわけではありません。体圧測定は、褥瘡ハイリスク患者(高齢・低栄養・長時間臥床・既往の褥瘡など)や、新しいマットレス導入時、ポジショニングを大きく変更したタイミングなど、リスクや状況が変化した場面で優先的に行うと効率的です。看護師・医師・リハ職で「どのような患者を優先するか」をあらかじめ合意しておくと、測定が“やりっぱなし”になりにくくなります。
Q2. 32 mmHg と 40 mmHg、どちらを基準に見ればよいですか?
32 mmHg は生理学的な毛細血管閉塞圧の目安、40 mmHg は日本のガイドラインで示される接触圧の実務目安という位置づけです。臨床では「できるだけ 40 mmHg 未満に抑えること」をひとつの目標としつつ、圧×時間・ずれ・微気候・栄養状態などを合わせて評価することが重要です。どちらか一方の値だけで安全・危険を決めるのではなく、複数の要因を踏まえたうえでターン間隔やマットレス選定を調整していきます。
Q3. 車いす座位や端座位での体圧測定はどのように考えればよいですか?
仰臥位だけでなく、長時間座位をとる患者では座面・背もたれ・足部の圧も重要な評価対象になります。仰臥位と同様に、測定の目的(疼痛部位の確認、クッション適合、座位耐久時間の検討など)を明確にし、座面の高さや奥行き、背もたれ角度、足台の位置を一定にしたうえで測定します。ピーク値だけに注目するのではなく、座面上での荷重の偏りや、骨盤の傾き・滑り込みの有無とセットで評価することで、シーティング調整や褥瘡予防に結び付けやすくなります。


