PDAS(疼痛生活障害評価尺度)とは?
PDAS( Pain Disability Assessment Scale /疼痛生活障害評価尺度)は、慢性疼痛が日常生活にどの程度の支障をきたしているかを 20 項目で評価する日本発の患者報告式尺度です。過去 1 週間の生活を振り返り、各項目を 0〜3 点で評価し、合計 0〜60 点で生活障害の重症度を把握します。数分で実施でき、外来フォローアップでの経時変化のモニタリングにも向いています。
なお、 PDAS は痛みそのものの「強さ」ではなく「生活障害(痛みによる機能低下)」を測る尺度です。痛み強度の NRS や、心理社会的要因(例: PCS 、 PHQ-4 )と組み合わせて使うことで、慢性疼痛の多面的な評価がしやすくなります。疼痛評価全体の考え方は、基礎記事(疼痛評価スケールの基礎)や痛み評価ハブ(痛み評価の記事一覧)もあわせてご覧ください。
PDAS の基本仕様(要点)
まずは、 PDAS を使う前に押さえておきたい「仕様の要点」を一覧で整理します。対象は主に外来・慢性痛患者を想定していますが、評価の目的が合えば入院中でも応用可能です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 項目数 | 20 項目(生活動作・移動・家事・社会生活など) |
| 評価期間 | 主に「過去 1 週間」の日常生活を振り返って回答 |
| 採点 | 各 0〜3 点( 0 :痛みのための困難なし〜 3 :痛みのため実施不能) |
| 合計点 | 0〜60 点(高得点ほど痛みによる生活障害が大きい) |
| 実施時間 | おおよそ 2〜3 分(自己記入式) |
| カットオフの目安 | スクリーニング上の実務目安として「 10 点以上」で明らかな生活障害ありを示唆 |
カットオフ「 10 点」は、本邦の慢性疼痛研究やガイドライン総論でも広く用いられている実務上の目安です。ただし、対象疾患やベースラインの重症度により、単純な閾値よりも「変化量」や他指標との組み合わせを重視した方が妥当な場面も少なくありません。
構成項目とカバーする生活機能
PDAS は、古典的な機能評価尺度( SIP 、 HAQ など)を参考に、慢性疼痛患者の「身体活動と移動能力」を中心に開発された尺度です。 20 項目はおおまかに次のような生活領域をカバーしています。
- 腰や下肢を使う動作: しゃがむ・持ち上げる・立ち上がるなどの「腰を使う活動」
- 基本的な ADL : 身の回り動作、入浴、衣服の着脱など
- 移動・外出: 歩行、階段昇降、公共交通機関の利用など
- 家事・役割: 掃除、買い物、家事全般といった家庭内役割
- 社会生活・余暇: 仕事、余暇活動、対人場面での参加度
このように PDAS は「痛みの場所」には依存せず、部位を問わず共通する生活障害(活動・参加)の程度を測れるのが特徴です。腰痛や頚部痛だけでなく、広範な慢性痛に横断的に使えるため、集学的治療やリハビリテーションプログラムのアウトカムにも適しています。
採点と解釈:PDAS カットオフ 10 点の“賢い”使い方
PDAS は 0〜60 点で高いほど生活障害が強いと解釈します。初回評価でのざっくりした目安は次のように考えると臨床で使いやすくなります。
- 0〜9 点: 生活障害は軽度またはほぼなし。局所痛はあっても、生活全体は大きく制限されていない可能性。
- 10〜29 点: 中等度の生活障害。痛みによる活動制限・回避行動が日常に影響し始めているゾーン。
- 30 点以上: 高度の生活障害。基本的な ADL や社会参加が大きく制限されていることが多く、多職種連携や集学的介入を検討。
実務上は、「初回評価で 10 点以上かどうか」を生活障害の有無のスクリーニングとして捉えつつ、点数だけに頼らず、どの項目が高得点か(例:移動か、家事か、仕事か)を読み解いて目標設定に活かすことが重要です。また、 PDAS が低いのに本人の困りごとが強い場合は、痛みへの不安・抑うつ・職場のストレスなど、質問票では拾いにくい背景を再評価する必要があります。
変化量の見方:どれくらい下がれば「良くなった」と言えるか
PDAS の解釈では、単回のスコアだけでなく「どれくらい変化したか」を見ることが大切です。慢性腰痛などを対象とした研究では、 PDAS がおおよそ 6〜7 点以上改善すると、痛みの NRS が 2 ポイント程度改善したときと同程度の「臨床的に意味のある変化」とみなせる、という報告もあります。
- 約 5 点前後の改善: 痛み教育や運動療法が機能面に少し効き始めたサイン。目標や負荷設定の微調整を検討。
- 6〜7 点以上の改善: 患者本人も「生活が楽になってきた」と自覚しやすいレベル。介入方針の継続やセルフマネジメント強化へ。
- 10 点以上の改善: 行動変容や参加状況に大きな変化が出ていることが多く、家族や職場との連携・環境調整も合わせて検討。
逆に、 PDAS の悪化(例: 5〜10 点以上の増加)がみられた場合は、症状悪化だけでなく、活動量低下、職場・家庭環境の変化、心理的負荷の増大などを疑い、問診・身体所見・他尺度とあわせて早めにテコ入れすることが重要です。
他尺度との組み合わせ(推奨バンドル)
PDAS 単体では「生活障害」の側面しか見えません。実務では、次のような組み合わせ(バンドル)で評価するのがおすすめです。
- 痛み強度: NRS( 0〜10 )や VAS で、主観的な痛みの強さを把握
- 破局化思考: PCS(カットオフ 30 点前後が一つの目安)で「痛みに対する考え方」の偏りを把握
- 情動・メンタル: PHQ-4 などの短縮版で不安・抑うつをスクリーニング
- 疾患特異的尺度: 腰痛なら RDQ など、部位特異的な機能障害尺度を補助的に使用
例えば、「 NRS は大きく変わらないが PDAS が改善している」ケースでは、「痛みは残るものの生活の質は改善している」可能性を示せます。一方、「 NRS は改善しているのに PDAS が下がらない」場合は、回避行動や心理社会的要因がボトルネックになっている可能性が高く、教育・曝露・環境調整などアプローチの軸を切り替える必要があります。
臨床ワークフロー(初診〜フォロー)
外来で PDAS を使うときの標準的な流れを、理学療法の視点で 4 ステップに整理します。
- 初診評価: PDAS + NRS + PHQ-4(必要に応じ PCS )を実施し、「どの活動をどの程度まで戻したいか」を 1〜3 個の行動目標として患者さんと共有します。
- 介入デザイン: 教育(痛みのメカニズム・回避行動の整理)+有酸素運動・筋力トレーニング・曝露ベースの動作練習を組み合わせ、 PDAS で高得点だった場面から優先的に課題設定します。
- フォローアップ: 2〜4 週ごとに PDAS と NRS を再測定し、 10 点以上の生活障害が続く場合は、恐怖回避思考・睡眠・活動量・仕事の負担など、目標達成を妨げている要因を再分析します。
- 多職種連携: PDAS の推移をもとに、ペインクリニック・精神科・看護・心理職・職場(産業医)などと情報共有し、薬物療法・カウンセリング・職場調整を含めた集学的対応につなげます。
理学療法での使いどころと患者説明のコツ
理学療法士の立場では、 PDAS を単なるスコアではなく「会話のきっかけ」として活用すると有用です。例えば、得点が高かった項目を一緒に眺めながら、「どの場面が一番困っていますか?」「どこから改善していけると良さそうですか?」といった問いを投げると、患者さん自身の価値観や優先順位が見えやすくなります。
また、「今日は痛みの強さだけでなく、痛みのせいでどこまで生活が制限されているかを一緒に確認していきましょう」と前置きして PDAS を使うと、「痛みがゼロにならなくても、生活が広がれば治療として成功」というメッセージを共有しやすくなります。これは、慢性疼痛リハにおけるゴール設定のすり合わせにも直結するポイントです。
実務での注意点と著作権まわり
- PDAS は痛みによる生活障害の縦断的トラッキングに優れますが、疾患特異度は高くありません。腰痛・頚部痛・線維筋痛症など特定の疾患にフォーカスする場面では、疾患特異的尺度(例: RDQ など)を併用して背景を整理すると良いでしょう。
- 設問そのものの全文複製や独自の質問票テンプレート配布は、原著論文や学会誌・出版社の方針に従う必要があります。院内での資料作成でも、必ず出典を明記し、必要に応じて利用条件や許諾の有無を確認してください。
- リハビリ専門職だけで判断しきれない場合には、 PDAS の結果をペインクリニック医、精神科医、看護・心理職などと共有し、多面的なカンファレンスの材料として活用すると、患者さんの納得感も高まりやすくなります。
おわりに:PDAS で慢性痛リハの“焦点”をそろえる
PDAS は、慢性疼痛が「どの場面の生活をどれくらい妨げているか」を患者さんと共通言語で確認できる、コンパクトで実用的な尺度です。痛み強度や画像所見だけでは見えづらい生活障害の実態を可視化することで、運動療法・教育・職場調整などの優先順位がはっきりし、チーム内での目標共有もしやすくなります。
日々の臨床で PDAS のような評価を積み重ねていくと、「どんな職場・教育環境なら腰を据えて学び続けられるか」という視点も自然と育ってきます。働き方を見直すときの抜け漏れ防止に、見学や情報収集の段階でも使える面談準備チェック( A4 ・ 5 分)と職場評価シート( A4 )を無料公開しています。印刷してそのまま使えるので、気になる方は活用してみてください。ダウンロードページを見る。
よくある質問
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
PDAS はどのような慢性疼痛患者さんに使うと効果的ですか?
主な対象は、 3 か月以上続く慢性腰痛・頚部痛・肩痛・線維筋痛症などの運動器慢性痛ですが、部位を限定せず「痛みが生活にどれだけ影響しているか」を幅広く把握したいときに使えます。一方で、急性期(発症 1〜2 週間内)の鋭い痛みや、高度認知症・重度の理解障害などで自己記入が難しい場合には、他の評価法を優先した方がよい場面もあります。
PDAS が 10 点以上だったとき、どのように対応を考えればよいですか?
初回 PDAS が 10 点以上の場合、「痛みが生活に明らかな制限を及ぼしている」と捉え、教育・運動療法・心理社会的支援を含む包括的な介入の適応を検討します。ただし、単にスコアだけで判断するのではなく、「どの項目が特に高いか」「 NRS や PCS ・ PHQ-4 とどう組み合わさっているか」を見ながら、優先すべき行動目標(例:通勤、家事、趣味活動など)を患者さんと一緒に選ぶことが大切です。
PDAS と PDI や RDQ などの生活障害尺度はどう使い分ければよいですか?
PDAS は日本で開発され、慢性疼痛全般に使える汎用的な生活障害尺度です。一方、 PDI は国際的に広く用いられている尺度、 RDQ は腰痛に特化した疾患特異的尺度です。国内の一般的な慢性疼痛外来では、まず PDAS で全体像をつかみ、研究目的や国際比較が必要な場面では PDI 、腰痛診療に焦点を絞る場合は RDQ を併用するといった使い分けが現実的です。
参考文献
- Arimura T, Iwaki R, Jensen MP, et al. Development of a Japanese version of the Pain Disability Assessment Scale. Japanese Journal of Behavior Therapy. 1997;23(1):7–15. DOI
- Takahashi N, et al. Multidisciplinary pain management program for chronic pain patients. J Pain Res. 2019;12:2563–2571. (本文に PDAS カットオフ 10 点の記載あり)PMC
- Kimura S, et al. A novel exercise facilitation method in combination with multidisciplinary pain management for patients with chronic pain. Healthcare. 2021;9(9):1209. DOI
- Ase C, et al. Pain Disability Assessment Scale (PDAS) change differs by diagnosis after interdisciplinary pain treatment. Jpn J Society of Pain Clinicians. 2024;31(6):99–105. DOI
- Aihara T, et al. Association between body mass index and pain outcomes in chronic low back pain patients. J Anesth. 2025;39(1):XXX–XXX. ( PDAS の最小重要変化量について報告)DOI
- Yamada K, et al. Reliability and validity of the Japanese version of the Pain Disability Assessment Scale in patients with chronic pain. PLOS ONE. 2022;17(9):e0274445. DOI


