この記事の目的と前提
本記事は、若手の理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が、初めて 症例報告 や 学会抄録 を作成するときに迷わないよう、「構成テンプレ」と「書き方のコツ」をまとめたものです。難しい統計や英語力ではなく、日々の臨床で行っている評価・介入・振り返りを、決められた枠に整理して書く力にフォーカスします。
症例発表のスライド作成は経験があっても、「論文形式」や「 200〜400 字の抄録」となると一気にハードルが上がります。本稿では、若手 PT ・ OT ・ ST が明日から 1 症例を原稿に落とし込み、学会や研究会への一歩を踏み出せることをゴールにします。
症例報告をキャリアに活かす流れを見る( PT キャリアガイド )
症例報告・抄録の役割とキャリアへのメリット
症例報告は、日々の臨床の中で得られた気づきや工夫を共有し、同じ課題に向き合うセラピスト同士で学び合うための手段です。ランダム化比較試験のような大規模研究でなくても、「こんな患者さんにこう考えて介入したら、こう変化した」という 1 症例のストーリーには大きな価値があります。
学会抄録は、その症例報告のエッセンスを 200〜400 字程度に圧縮したものです。登録・認定 PT の申請要件で「学会発表」や「症例報告」が求められることも多く、抄録と報告の作成経験は、将来のキャリアや転職時のアピールにも直結します。「臨床だけで終わらせず、言語化して共有できる人材」であることを示せる点が大きなメリットです。
症例報告の基本構成テンプレ
ジャーナルや学会によって細かな規定は異なりますが、多くの症例報告は次のような構成で書かれます。まずはこの枠組みに沿って下書きを行い、投稿先のフォーマットに合わせて調整するのが現実的です。
① 背景(Introduction)
対象疾患や病態に関する概略と、「なぜこの症例を報告する意味があるのか」を 3〜5 文で示します。頻度が高いが方針が分かれやすい症例、既存の報告が少ない組み合わせ(例:特定の基礎疾患を持つ高齢者の誤嚥性肺炎など)では、問題点と報告の意義を明確に書きます。
② 症例紹介(Case Presentation)
年齢・性別・主訴・既往歴・現病歴・生活歴などを簡潔にまとめます。個人が特定されないよう配慮しつつ、リハビリの方針に影響する情報(介護力・住環境・職業・趣味など)はできるだけ押さえます。このパートでの書き過ぎは禁物で、後に続く評価・問題点との関連が薄い情報は削るのがポイントです。
③ 評価と問題点(Assessment)
身体機能・活動・参加、さらには栄養・嚥下・皮膚など、症例で重要となる評価結果を整理し、そこから導かれる問題点を列挙します。「評価一覧」と「問題リスト」を分けて書き、どの所見がどの問題につながるかが追えるようにします。評価スケールの詳細は別表にまとめ、本文は要点に絞ると読みやすくなります。
④ 介入内容(Intervention)
どの問題点に対して、いつ・どのような介入を行ったかを時系列で記述します。急性期・回復期・生活期のようにフェーズで区切り、各フェーズの目標と主要な介入を簡潔にまとめます。チームで行った介入(看護・栄養・薬剤・歯科など)は、リハビリとの関係性が分かる範囲で記載すると、実際の運用イメージが伝わります。
⑤ 結果(Outcomes)
評価スケールの変化、動作観察、生活状況の変化などを示します。表や図で「介入前」「経過」「フォロー時」の数値を整理し、本文では代表的な所見に絞って記載するとよいでしょう。単に「改善した/悪化した」ではなく、「どの程度変化したか」「目標にどこまで到達したか」を具体的な数値とともに述べます。
⑥ 考察と結語(Discussion / Conclusion)
得られた結果をもとに、「なぜうまくいったのか/いかなかったのか」「他施設で再現するには何が重要か」を検討します。既存の文献と比較しながら、自分の症例で特に重要だった要因を 2〜3 点に絞って述べると読みやすくなります。最後に、臨床的なメッセージと今後の課題を 1 段落でまとめて締めくくります。
学会抄録(200〜400 字)の書き方
抄録は、症例報告の全体像を短い文字数に圧縮した「名刺」のような存在です。多くの学会では 200〜400 字程度で、次の要素を順に入れるとまとまりやすくなります。
① 背景・目的( 1〜2 文)
対象となる病態や課題、報告の狙いを簡潔に述べます。ここで「この抄録を読む意味」を伝えられるかどうかが採択の第一関門です。
② 症例紹介と評価( 2〜3 文)
年齢・性別・主な既往歴・入院経緯と、リハビリ上重要となる評価結果を要約します。詳細な数値はすべて書けないため、「歩行速度 0.2 m/s から 0.6 m/s に改善」のように代表値だけを示します。
③ 介入と結果( 3〜4 文)
主要な介入内容と、その結果得られた変化を記載します。できるだけ、「何を」「どのくらいの期間」「どのような頻度」で行ったかを具体的に書き、結果は数値と生活上の変化をセットで示します。
④ 結論・臨床的意義( 2〜3 文)
最後に、今回の経験から得られた示唆と、同様の症例に対して臨床でどう活かせるかをまとめます。「〇〇な条件を持つ高齢者では、△△を優先して介入することが有用である可能性が示唆された」など、やや控えめな表現を用いるのが一般的です。
CARE ガイドラインの要点と実務への落とし込み
症例報告の国際的な書き方の基準として、 CARE ガイドラインがあります。内容は詳細ですが、日常の臨床で押さえておきたいポイントは「情報の透明性」と「患者視点」です。すなわち、どのような経緯で意思決定したのか、患者・家族の希望や価値観をどう扱ったかを明示することが求められます。
若手 PT ・ OT ・ ST がすべてを完璧に網羅する必要はありませんが、少なくとも「評価と介入の流れが追えるか」「患者・家族との合意形成のプロセスが分かるか」という 2 点を意識して下書きを行うと、ガイドラインのエッセンスを押さえた症例報告に近づきます。投稿前に、同僚と一緒に読み合わせをして抜けや漏れを確認するのも有効です。
採択されるためのチェックポイントと NG 例
学会抄録や症例報告の採択可否は、テーマの新規性だけでなく、「決められた枠の中で論理が通っているか」に大きく左右されます。次のチェックポイントを満たしているか、原稿の仕上げ前に必ず確認しましょう。
チェックポイント
- タイトルから「対象」「課題」「アプローチ」がイメージできるか
- 背景に「なぜこの症例を報告するのか」が 1 文で書かれているか
- 評価・介入・結果が 1 本の仮説でつながっているか
- 結果に具体的な数値と生活上の変化が含まれているか
- 結論が結果から飛躍しておらず、控えめな表現になっているか
よくある NG 例
- 背景が教科書の要約になっており、「自施設での問題」が見えない
- 評価項目だけ多く、どの所見が重要なのかが分からない
- 介入内容が列挙されているだけで、狙いや優先順位が不明瞭
- 「改善した」「軽減した」など、定性的な表現だけで終わる
- 字数制限ギリギリまで詰め込み、読みづらくなっている
1 症例を報告まで持っていく実務フロー
原稿を書く段階で慌てないためには、症例を担当した初期から「報告候補」として意識しておくことが重要です。おすすめの流れは、①候補症例を早めに決める → ②評価・介入・経過をテンプレートで記録 → ③退院前後に仮の問題リストと仮説を整理 → ④症例発表スライドを作成 → ⑤報告・抄録原稿へ変換、というステップです。
特に ② の記録テンプレートがないと、後から診療録を読み返す作業が大きな負担になります。施設で共通の「症例報告候補シート」が 1 枚あるだけでも、若手が学会発表にチャレンジしやすくなります。最初は院内研究会や地域の勉強会など、小さな場から始め、慣れてきたら全国学会への応募を目指すと良いでしょう。
働き方を見直すときの抜け漏れ防止に。見学や情報収集の段階でも使える 面談準備チェック( A4 ・ 5 分) と 職場評価シート( A4 ) を無料公開しています。印刷してそのまま使えます。ダウンロードページを見る。
おわりに
症例報告や学会抄録の作成は、「評価 → 統合と解釈 → 介入 → 再評価」という臨床の流れを言語化するトレーニングそのものです。最初から完璧を目指す必要はありませんが、今回紹介した構成テンプレとチェックポイントを使って 1 症例を形にしてみることで、日々のリハビリテーションの質も自然と振り返られていきます。
あわせて、今の職場でどこまで学べるのか、次のステップをどのタイミングで考えるのかを整理したいときは、面談準備チェックと職場評価シートも活用してみてください。症例報告の経験を、将来のキャリアや働き方の選択にもつなげていきましょう。
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下
よくある質問
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップすると閉じます。
教育体制に不安があるとき、転職はいつ検討すべきですか?
症例報告や学会抄録の機会が少ない、指導者がつかず書き方が身につかないなど、学びの環境に不安があるときは、いきなり退職を決めるのではなく、まずは院内での相談や外部勉強会の活用など「今の場所でできる工夫」を 3〜6 か月ほど試してみるのがおすすめです。
それでも改善が見込めない場合は、教育体制や症例経験が得られる職場への転職も視野に入ります。チェックすべきポイントや具体的な相談の流れは、理学療法士のキャリアガイド(職場を見直すサイン集)で詳しく解説しています。今の不安が「一時的なものか」「環境要因か」を整理する材料として活用してみてください。

