床からの立ち上がり(床⇄立位)動作分析:新人 PT 向けの最短フレーム
臨床で使える「観察→記録→方針」の型を見る(PT キャリアガイド)
床からの立ち上がり(床⇄立位)は、転倒後の自己回復・在宅生活の安全・介助量の見立てに直結する「生活期に強い」基本動作です。歩行のように見慣れていない新人ほど、どこを見て/どう書けばいいかが曖昧になりやすいので、本記事では相(フェーズ)で分けて観察し、切り分けて記録するための「型」をまとめます。
結論としては、①安全(中止基準)を先に固定し、②「床上→四つ這い→片膝立ち→立位」の相で観察し、③詰まりは「可動域・筋力・支持基底・恐怖/戦略」の 4 系統で切り分けると、初学者でも再現性の高い動作分析ができます。
なぜ床⇄立位を評価するのか(臨床的な意味)
床からの立ち上がりは、転倒場面(床上)から日常生活(立位)へ戻るための「復帰スキル」です。病棟では訓練室で問題がなくても、夜間・トイレ前後・自宅の狭い環境で転倒すると床上で固まり、長時間の臥床( long lie )や二次障害につながり得ます。
そのため、床⇄立位は「できる/できない」だけでなく、どの相で止まるか(どの戦略を選ぶか)が重要です。相の“詰まりどころ”が分かると、介助量の設計(見守り・部分介助・環境調整)と、練習方法(段階課題・ backward chaining )が一気に組み立てやすくなります。
安全と準備(中止基準・環境・声かけ)
動作分析は「観察」ですが、床⇄立位は転倒リスクが高いので、最初に安全を固定します。介助者の立ち位置・床面・支持物が定まっていない観察は、記録の再現性も安全性も落ちます。
実施前に「患者の不安を下げる声かけ」と「転倒しても守れる環境」を整えると、代償(恐怖由来)と機能的制限(身体由来)の切り分けがしやすくなります。
| 項目 | チェック | 中止/変更の目安 | 代替 |
|---|---|---|---|
| 循環・症状 | めまい、冷汗、悪心、呼吸苦、強い疲労 | 症状増悪/顔色不良/会話困難 | 床上で相の一部だけ観察(寝返り・起き上がり) |
| 疼痛 | 股・膝・足関節、肩・手関節、腰部 | 鋭い痛み、しびれ増悪、荷重不能 | 支持物追加、関節角度を浅くした課題へ |
| 麻痺・失調 | 荷重時の崩れ、支持手の保持 | 支えが外れて転倒しそう | 介助量を上げる/支持面(マット)を硬めに |
| 環境 | 床の滑り、段差、周囲の物 | 滑りやすい/狭すぎる | マット・壁・ベッド縁など支持を設定 |
基本のセット(最初に固定する 5 つ)
- 床面:滑らない(マットは厚すぎない)
- 支持物:壁/ベッド縁/椅子など「手を置ける場所」を 1 つ決める
- 介助者:麻痺側後方〜側方(崩れやすい側を先に守る)
- 開始肢位:仰臥位(観察の起点をそろえる)
- 声かけ:「急がなくて大丈夫。止まったらそこで待ちます」で恐怖を下げる
動作分析の「型」:相で分けて、詰まりを切り分ける
床⇄立位は、一気に「立てるか」だけを見ると、何が原因か分からなくなります。そこで、動作を相に分け、各相で ①目的 ②必要条件 ③よくある代償をセットで観察します。
次の図(インライン SVG )は、臨床で頻出の 3 つの戦略( sit-up / side-sit / roll-over )を、共通の相に落として見える化したものです。まずは「どの相で止まるか」を見つけてください。
相別の観察ポイント(どこで止まるかを特定)
ここからは、各相で「目的→観察→代償→切り分け」をまとめます。新人 PT はまず相の名前で記録できるようになると、先輩へ相談するときも伝わりやすくなります。
観察は「できた/できない」ではなく、時間・停止・手の追加・足の置き直しなど、行動として書くのがコツです。
| 相 | 目的(この相でやること) | 観察ポイント(まず 3 つ) | よくある代償 | 次に切り分ける方向 |
|---|---|---|---|---|
| 床上→側臥位 | 体幹回旋で「横向き」へ | 寝返り速度/肩・骨盤の協調/麻痺側の巻き込み | 上肢を体の下に挟む、頸部過伸展 | 体幹回旋・肩痛・恐怖 |
| 側臥位→肘支持 | 上肢支持で胸郭を起こす | 肘の位置/肩甲帯の安定/頸部の代償 | 手で床を強く押しすぎる、肩すくめ | 上肢支持・肩痛・体幹側屈 |
| 座位→四つ這い | 支持基底を拡大して安定化 | 手の接地/膝の引き込み/体幹前傾 | 膝が入らず中腰、手が遠くなる | 股・膝屈曲 ROM/恐怖 |
| 四つ這い→高這い | 重心を前方へ移して下肢に準備 | 骨盤挙上/手の支持保持/足趾の荷重 | 腰部過前弯、膝が外へ逃げる | 下肢伸展筋力/足関節 |
| 高這い→片膝立ち | 立位へ向けた支持形へ | 前足の位置/骨盤の回旋/上肢支持の減らし方 | 前足が遠い、膝が内側に入る | 股屈曲 ROM・下肢支持・バランス |
| 片膝立ち→立位 | 重心を上方へ | 前脚への荷重移動/手の離し方/立位の安定 | 手で引き上げる、反動で立つ | 下肢伸展筋力・足部支持・恐怖 |
観察メモの書き方(相+動詞で書く)
- OK:「四つ這いまでは自立。高這いで 3 回停止し、右手支持が外れる」
- OK:「片膝立ちで前足が遠く、上肢で引き上げて立位へ」
- NG:「床から立つのが苦手」(どこで止まるかが不明)
床⇄立位の戦略(よく見る 3 パターン)
床⇄立位は「正解の 1 つ」を当てる動作ではなく、本人が安全に選べる戦略を増やすほど強くなります。ここでは、臨床で観察しやすい 3 パターンを整理します。
まずは戦略をラベリングし、「その戦略が要求する条件」をチェックするのが動作分析の近道です。
| 戦略 | 特徴 | 要求されやすい条件 | 詰まりやすい人 | 観察のコツ |
|---|---|---|---|---|
| sit-up 型 | 仰臥位→起き上がり→座位へ | 体幹屈曲、股・膝屈曲の確保 | 腹部筋力低下、腰痛、股屈曲制限 | 「反動」や頸部の代償が増える |
| side-sit 型 | 側臥位→肘支持→座位 | 体幹回旋、肩甲帯の支持安定 | 肩痛、上肢支持が不安定 | 肘の位置(近いか遠いか)をまず見る |
| roll-over 型 | 寝返り→四つ這い→高這いへ | 上肢支持、膝・足趾の荷重 | 手関節痛、片麻痺で支持手が弱い | 四つ這いで「止まる/崩れる」瞬間を拾う |
現場の詰まりどころ(よくある失敗の切り分け)
新人 PT がつまずくのは、「見えた現象(代償)」をそのまま原因だと思ってしまう点です。たとえば「手で押している」は、下肢筋力不足かもしれませんし、恐怖や支持面不足かもしれません。
そこで、臨床で頻出の詰まりを原因候補の順で切り分ける表を用意しました。まずは 1 行だけでも該当させてから介入へ進みましょう。
| よくある詰まり | 追加で見る観察 | 原因候補(優先順) | まずの一手 |
|---|---|---|---|
| 四つ這いで止まる | 手の支持保持、膝の位置、呼吸・表情 | 上肢支持不安定/恐怖/股・膝屈曲 ROM | 支持物を追加(手を置く面)+相を短く練習 |
| 高這いで腰が反る | 股屈曲角度、足背屈、体幹前傾 | 股屈曲不足/足背屈不足/体幹支持不足 | 足位置を近づける+「胸を前へ」キュー |
| 片膝立ちが作れない | 前足の設置、骨盤回旋、支持手の依存 | 股屈曲 ROM/下肢支持/恐怖 | 片膝立ち “だけ” を壁・椅子支持で反復 |
| 立位でふらつく | 前脚荷重、足部(外側荷重)、視線 | 下肢伸展筋力/足部支持戦略/視覚依存 | 立位安定を先に作る(手支持ありで 10 秒) |
| やたら急ぐ/動けない | 「怖い」発言、停止の頻度、呼吸 | 恐怖(転倒恐怖)/痛み/経験不足 | 「止まって OK 」を明言+ backward chaining |
介入の考え方(練習は「相」と「安全」で組む)
床⇄立位の練習は、いきなり「床から立つ」を反復すると、恐怖と失敗学習で逆効果になりやすいです。基本は相を短くし、成功率を上げる設計で進めます。
おすすめは、最後の相(例:片膝立ち→立位)から覚える backward chaining です。床スタートの不安を減らしながら、必要な支持と重心移動を体に入れられます。
介入の優先順位(迷ったらここへ戻る)
- 安全:支持物と介助位置を固定する
- 相:詰まる相を 1 つに絞る(例:片膝立ち作成)
- 条件:その相に必要な条件( ROM ・筋力・支持基底)を補う
- 戦略:本人が使える戦略を増やす( 1 つに固定しない)
よく使う練習例(観察→課題が直結する形)
- 四つ這いで止まる:四つ這い保持 5 秒 → 体重移動(左右) → 手を 1 回だけ離す
- 片膝立ちが作れない:前足を “近く” に置く練習 → 骨盤を正面へ → 手支持を減らす
- 立位が不安定:手支持ありで立位 10 秒 → 片手支持 → 目線を上げる
記録と評価指標(テストとカルテの型)
床⇄立位は「生活で必要なのに、記録が曖昧になりやすい」代表格です。だからこそ、相+介助量+支持物+停止を固定して書くと、再評価が一気にラクになります。
評価指標としては、床からの起立能力を測るテストや、床上からの起立を含む課題( sit and rise )が報告されています。臨床では「時短で再現できる形」に落として運用するのが現実的です。
| 項目 | 記載例 | ポイント |
|---|---|---|
| 開始条件 | マット上 仰臥位、椅子 1 台を右前方に設置 | 環境を固定すると再現性が上がる |
| 戦略 | side-sit 型で実施(側臥位→肘支持→座位) | 戦略をラベリングする |
| 詰まり相 | 四つ這い→高這いで停止 3 回、右手支持が不安定 | 「どこで止まるか」を書く |
| 介助量 | 見守り〜軽介助(右上肢支持の補助) | 介助は “どこを” かも書く |
| 次の方針 | 高這い保持 5 秒→左右荷重移動→片膝立ち作成を段階練習 | 観察と課題が 1 行でつながる形に |
カルテ記載例( 2 行でまとめる)
例:「床⇄立位は side-sit 型で実施。四つ這い→高這いで停止 3 回、右上肢支持が不安定で軽介助を要する。次回は高這い保持と荷重移動を段階化し、片膝立ち作成を優先して練習する。」
よくある質問(FAQ)
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
Q1:観察は「速さ」と「きれいさ」、どっちを重視しますか?
A:最初は安全に止まれることが最優先です。速さは恐怖や焦りで変動しやすいので、まずは「どの相で止まるか」「支持が増えるか」を拾い、安定した戦略が作れてから時間要素を入れると失敗が減ります。
Q2:片麻痺だと床⇄立位は危ないので、やらない方がいいですか?
A:危ないのは「安全設定なしで一気にやる」ことです。支持物と介助位置を固定し、相を短くして成功率を上げれば、床上での自己回復スキルとして価値があります。まずは「側臥位→肘支持」「四つ這い保持」のように相を切って実施してください。
Q3:四つ這いが難しい人は、別ルート( sit-up 型 )にした方がいいですか?
A:別ルートは有効です。ただし、戦略を変えると要求条件も変わります。sit-up 型は体幹屈曲や股・膝屈曲が鍵になりやすいので、「四つ這いが無理だから変更」ではなく、どちらの条件なら通るかで選ぶと納得感のある方針になります。
Q4:練習の順番は、どの相から始めるのが良いですか?
A:恐怖が強い人ほど、最後の相から覚える backward chaining が向きます。例:片膝立ち→立位が安定したら、次は高這い→片膝立ちへ、というように 1 段ずつ床へ近づけます。
おわりに
床⇄立位の動作分析は、「安全の確保→相で分ける→詰まりを 4 軸で切り分ける→相を短くして練習→再評価」というリズムを回すと、観察が一気に言語化できます。歩行と違って“見る機会が少ない動作”だからこそ、型を先に持つのが最短です。
面談準備のチェックや、職場の教育体制を見極める視点もセットで整えておくと、臨床の伸びが速くなります。必要なら マイナビコメディカルの面談準備チェック&職場評価シート も活用して、次の一手を迷いにくくしておきましょう。
参考文献
- Burton E, Hill KD, Davey P, Ng YL, Williams SA. Int J Environ Res Public Health. 2023;20(4):3507. DOI: 10.3390/ijerph20043507 / PubMed: 36834201
- Ng SSM, Fong SSM, Chan CWL, et al. J Rehabil Med. 2015;47(6):489-494. DOI: 10.2340/16501977-1958 / PubMed: 25886205
- Ardali G, Brody LT, States RA, Godwin EM. J Geriatr Phys Ther. 2019;42(3):136-147. DOI: 10.1519/JPT.0000000000000142 / PubMed: 29059121
- de Brito LBB, Ricardo DR, de Araújo DSM, et al. Eur J Prev Cardiol. 2014;21(7):892-898. DOI: 10.1177/2047487312471759 / PubMed: 23242910
- Adams JMG, Tyson S. Physiotherapy. 2000;86(4):185-189. DOI: 10.1016/S0031-9406(05)60962-5
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

