創傷治癒の全体像(まず結論)
創傷治癒は「損傷を受けた組織が、失われた構造と機能を取り戻そうとする一連の反応」です。実際の治癒は 再生(元どおりに近い復元)と 修復(瘢痕での置き換え)が重なり合いながら進み、臨床では創の性状や清浄度、血流、感染の有無によって経過が大きく左右されます。創は原則、出血凝固期 → 炎症期 → 増殖期 → 成熟(再構築)期を段階的に進行し、いずれかの段階で停滞すると慢性化します。外力(圧迫・剪断)や感染、循環不全、栄養不良は停滞因子の代表です。これを踏まえて、一次/二次治癒、急性/慢性創傷を整理します。
創傷治癒の基本理論
損傷後、止血と炎症制御で「汚れを除く」段取りをつけ、ついで肉芽形成と上皮化で「埋める・覆う」、最後にコラーゲン配列の最適化で「強度を上げる」という順序で回復が進みます。再生と修復は並行して起こり、器官や創条件により比率が変わります。たとえば皮膚は再生能もありますが、真皮まで達した創では瘢痕を伴う修復の寄与が大きくなります。臨床側は「清浄化・感染制御・滲出液コントロール・血流・圧の除去・栄養」を整えることで段階のスムーズな移行を支援します。
一次治癒と二次治癒
一次治癒(閉鎖創)
切創のように創縁が整い、汚染や異物がなく、縫合で密着できる創では一次治癒となります。炎症が短く、瘢痕は比較的少なく、治癒は迅速です。
二次治癒(開放創)
熱傷・採皮創・潰瘍・褥瘡など、創欠損が面として残り縫合できない場合は二次治癒です。感染や滲出液、創縁の不適合が関与しやすく、肉芽形成・上皮化・創収縮で徐々に充填・閉鎖しますが、時間を要し瘢痕も目立ちやすくなります。
急性創傷と慢性創傷
急性創傷は外傷や術創などで、4 段階が秩序立って進みます。一方、慢性創傷は炎症期や増殖期で停滞し、感染・バイオフィルム、虚血、浮腫、持続する外力(圧迫・剪断)、栄養不良などが併存します。代表例は褥瘡や下腿潰瘍で、治療は「原因制御+創局所の準備(TIMERS などのフレームワーク)+全身管理(栄養・循環・基礎疾患)」の三本柱で考えます。
要するに、褥瘡は“二次治癒 × 慢性創傷”で難しい。圧の除去(体圧分散・体位変換)と感染・滲出液コントロール、血流改善、栄養介入を並行して行い、段階の停滞を“ほどく”発想が重要です。国際/国内ガイドラインを参照し、原因別に介入を積み上げます。
創傷の治癒過程(4 段階の要点)
4 段階の主な出来事と観察ポイント、支援の観点を簡潔にまとめます。慢性化では特に炎症期・増殖期での停滞が多く、ここを越えられるよう局所・全身を整えます。
| 段階 | 主な出来事 | 観察・評価の要点 | 支援の観点 | 
|---|---|---|---|
| 1. 出血凝固期 | 血管収縮・血小板凝集・フィブリン形成で止血 | 出血の持続有無、抗凝固薬の影響 | 止血と創保護。汚染の最小化。 | 
| 2. 炎症期 | 好中球・マクロファージが異物/細菌を除去、サイトカイン産生 | 発赤・腫脹・疼痛・滲出液の量/性状、感染徴候 | 感染制御、滲出液コントロール、外力の除去。 | 
| 3. 増殖期 | 線維芽細胞と内皮細胞が増殖、肉芽形成、上皮化 | 肉芽の色/充実度、創縁の上皮進展、ポケット | 創湿潤環境、デブリドマン適応、適切な被覆材。 | 
| 4. 成熟期 | コラーゲン再配列・架橋、強度向上 | 瘢痕の可動性/牽引痛、拘縮・機能障害 | 過度な張力回避、瘢痕ケア、関節可動の維持。 | 
臨床運用の流れや“つまずきポイント”を俯瞰したい方は、こちらのガイドも併せてどうぞ:評価〜介入の全体像(同一タブ)。
関連リンク(当ブログ内・同一タブ)
よくある質問(FAQ)
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慢性創傷では、どの段階で停滞しやすいですか?
多くは炎症期または増殖期で停滞します。感染やバイオフィルム、虚血・浮腫、持続する圧迫/剪断、栄養不良などが背景にあり、まず原因制御(圧の除去・感染対策・循環改善)と全身管理(栄養)を優先します。
褥瘡で最優先に整えるのは何ですか?
1) 圧の除去(体位・寝具・座面)、2) 感染/滲出液コントロール、3) 血流改善と疼痛対策、4) 栄養管理の 4 点を同時並行で。国際/国内ガイドラインの推奨に沿い、原因別に介入を積み重ねます。
創傷各期と栄養の関係を一言で?
炎症期はエネルギーと蛋白で免疫・創清浄化を支え、増殖期は蛋白・亜鉛・ビタミンA/Cで肉芽形成とコラーゲン合成、成熟期はビタミンCや銅・亜鉛で架橋・再配列を後押しします(食事ベースを基本とし、サプリは医師と相談)。
参考文献
- European Pressure Ulcer Advisory Panel, National Pressure Injury Advisory Panel, Pan Pacific Pressure Injury Alliance. Prevention and Treatment of Pressure Ulcers/Injuries: Clinical Practice Guideline. 2019. Link
- Japanese Society of Pressure Ulcers. JSPU Guidelines for the Prevention and Management of Pressure Ulcers (3rd Ed.). PDF
- Almadani YH, Liu B, Yu YC, et al. Wound Healing: A Comprehensive Review. Biomedicines. 2021;9(12):1886. PubMed
- Sussman G. An update on wound management. Medicine Today. 2023;24(2):29-41. PMC
- Atkin L, et al. Implementing TIMERS: the race against hard-to-heal wounds. J Wound Care. 2019;28(Sup3a):S1-S49. DOI
- Barchitta M, et al. Nutrition and Wound Healing: An Overview. Nutrients. 2019;11(10):2419. PubMed
- Seth I, et al. Impact of nutrition on skin wound healing and aesthetics. Clin Cosmet Investig Dermatol. 2024;17:275-289. PMC
各期と栄養の実務ポイント
炎症期
発赤・疼痛・腫脹・滲出液のピーク。感染徴候の観察と創清浄化が最優先。食思不振が出やすいので、少量高栄養・間食・飲水量の確保をチームで支援します。蛋白質摂取は免疫応答と創清浄化を後押しします。
増殖期
肉芽形成・上皮化が前面に。蛋白質と微量栄養素(亜鉛、ビタミンA/Cなど)の不足が長引くと肉芽の充実が損なわれます。摂取が難しければ、濃厚流動・食品の形態調整・嚥下評価の併用を検討します。
成熟期
コラーゲン再配列と強度向上の局面。瘢痕の可動域制限や牽引痛に注意し、過度な張力を避けながら機能訓練やスキンケアを継続します。
TIMERSで見る「つまずき」の整理
- Tissue(壊死組織):デブリドマン適応と方法の確認。
- Infection/Inflammation:感染徴候・バイオフィルム、抗菌戦略。
- Moisture:滲出液量に合わせた被覆材・吸収材。
- Edge(創縁):上皮進展の阻害要因(ポケット、張力)。
- Regeneration:血流改善、疼痛管理、栄養介入。
- Social:体圧分散・ポジショニング、ケア環境、服薬・嚥下など。

 
  
  
  
  
