症例報告の匿名化は「名前を消すだけ」では不十分です
症例報告の匿名化では、氏名や患者 ID だけでなく、年齢・日付・施設名・写真・経過情報まで確認する必要があります。特に理学療法士が症例報告を投稿する場合、評価表や写真、経過表に個人を推測できる情報が残りやすいため注意が必要です。この記事では、投稿前に確認したい匿名化項目と、現場で見落としやすいポイントを整理します。

匿名化では複数情報の組み合わせを確認する
匿名化で重要なのは、単独の情報ではなく、複数の情報が組み合わさったときに個人が推測されないかを確認することです。
氏名や患者 ID を削除していても、年齢、性別、疾患名、入退院日、地域、施設名、病棟名、写真、珍しい経過などが組み合わさると、関係者には個人が推測される可能性があります。
特に、地域性が強い症例、まれな疾患、特徴的な生活歴や経過を含む症例では、「この情報は症例理解に本当に必要か」を一つずつ確認する必要があります。
症例報告で確認したい匿名化項目
症例報告では、本文だけでなく、表・図・写真・ファイル名まで含めて確認することが重要です。
| 項目 | 確認する内容 | 対応例 |
|---|---|---|
| 氏名・患者 ID | 直接個人を特定する情報 | 削除する |
| 年齢 | 詳細すぎる年齢表記 | 80歳代、80歳代前半などに丸める |
| 日付 | 入院日、発症日、撮影日、退院日 | 第1病日、介入2週後などに置換する |
| 施設名 | 病院名、病棟名、地域名 | 必要性が低ければ削除する |
| 写真 | 顔、名札、背景、病室番号、特徴的所見 | 使用目的を確認し、必要時のみ加工する |
| 経過情報 | 珍しい経過、詳細な生活歴、家族背景 | 本文上必要な範囲に限定する |
| ファイル名 | 患者名、施設名、日付 | 投稿用ファイル名に変更する |
臨床では、評価表や経過表を作成したあとに匿名化するより、原稿作成の段階から「投稿用の表」として作り直す方が安全です。診療録の画面や院内書式をそのまま画像化すると、氏名・ID・施設名・日付が残ることがあります。
症例写真は顔以外の情報にも注意する
症例写真では、顔を隠すだけでなく、背景・名札・病室番号・装具・特徴的な身体所見まで確認します。
写真は本文よりも情報量が多く、本人や施設が推測されるリスクがあります。特に、病室内で撮影した写真、装具や車椅子が写る写真、身体所見が特徴的な写真では、掲載する必要性と同意取得を慎重に確認します。
| 確認場所 | 見落としやすい情報 | 対応例 |
|---|---|---|
| 顔・体表 | 顔貌、特徴的な身体所見 | 掲載目的を再確認し、必要時のみ使用する |
| 衣服・名札 | 氏名、施設名、職員名 | トリミングまたはマスキングする |
| 背景 | 病室番号、掲示物、設備、施設の特徴 | 背景を削る、ぼかす、撮影し直す |
| 撮影情報 | 撮影日、ファイル名、画像のメタ情報 | 投稿前にファイル情報も確認する |
ICMJE では、識別可能な情報は科学的に必要で、かつ本人同意がある場合を除いて掲載すべきではないとされています。目元だけを隠す対応では、匿名性の保護として不十分な場合があります。
日付・年齢は経過が分かる範囲でぼかす
日付や年齢は、症例の理解に必要な範囲を残しつつ、個人が推測されにくい表現に調整します。
たとえば、「2026年5月12日に入院」よりも「X年5月に入院」「第1病日に評価」「介入開始から2週間後」と表現した方が、経過を示しながら個人情報を抑えやすくなります。
| 元の表現 | 調整例 | 注意点 |
|---|---|---|
| 2026年5月12日 | X年5月、第1病日 | 必要以上に具体化しない |
| 83歳4か月 | 80歳代前半 | 症例理解に必要な範囲にする |
| 入院14日後 | 入院2週後 | 経過の意味が伝わればよい |
| 施設名・病棟名 | 当院、療養病棟など | 施設が推測されないか確認する |
ただし、情報を削りすぎると症例報告としての意味が伝わりにくくなります。匿名化の目的は、必要な臨床情報まで消すことではなく、症例理解に不要な識別情報を減らすことです。
本文・表では元データの貼り付けに注意する
本文や表では、診療録や評価表から転記した情報に個人情報が残っていないかを確認します。
理学療法士の症例報告では、評価結果、経過表、介入内容、ADL表、画像資料などを使うことがあります。その際、元データの貼り付けやスクリーンショットには注意が必要です。
| 場所 | 見落としやすい内容 | 確認ポイント |
|---|---|---|
| 症例紹介 | 家族構成、職業、地域、生活歴 | 症例理解に必要な範囲か |
| 経過表 | 入院日、手術日、転院日、退院日 | 相対日数で示せないか |
| 評価表 | 氏名、患者 ID、病棟名、担当者名 | 元データの貼り付けに注意する |
| 引用資料 | 院内書式、ロゴ、施設名 | 投稿用に再作成する |
実際の現場では、評価表をそのまま使うより、投稿に必要な項目だけを抽出して表を作り直す方が、匿名化と読みやすさの両方を確保しやすくなります。
投稿前の5分匿名化チェック
投稿前は、本文・表・図・写真・ファイル名を順番に確認すると、見落としを減らせます。

| 順番 | 確認する場所 | 見るポイント |
|---|---|---|
| 1 | 本文 | 氏名、施設名、地域名、具体的すぎる生活歴がないか |
| 2 | 表 | 患者 ID、日付、病棟名、担当者名が残っていないか |
| 3 | 図・写真 | 顔、背景、名札、病室番号、施設の特徴が写っていないか |
| 4 | 日付・年齢 | 第○病日、○歳代などに調整できるか |
| 5 | ファイル名 | 患者名、施設名、日付が入っていないか |
最後に、投稿先の規定、同意取得の有無、倫理審査や施設内承認の扱いを確認します。匿名化は原稿修正だけで完結するものではなく、投稿手続き全体の一部として考えることが大切です。
匿名化しても同意が不要とは限らない
匿名化を行っても、同意取得や倫理的配慮が不要になるとは限りません。
症例報告では、投稿先によって「本人または代諾者の同意を得ること」「同意を得た旨を本文に記載すること」などが求められる場合があります。写真や詳細な経過を含む場合は、特に同意取得の要否を確認します。
現場の詰まりどころ:「匿名化したから大丈夫」と判断するのではなく、投稿規定・同意取得・倫理審査・所属施設の方針をセットで確認することが重要です。
症例報告として扱うのか、後ろ向き研究として扱うのかで確認事項が変わることがあります。研究区分の整理は、症例報告と後ろ向き研究の違いも参考にしてください。
よくある質問
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
氏名と患者 ID を消せば匿名化は十分ですか?
十分とは限りません。年齢、日付、地域、施設名、病棟名、写真、珍しい経過などが組み合わさると、個人が推測される可能性があります。
年齢は何歳代にすればよいですか?
投稿先の規定や症例の内容によります。一般的には「80歳代」や「80歳代前半」など、症例理解に必要な範囲で丸める方法があります。
症例写真は顔を隠せば使えますか?
顔を隠しても、背景、名札、病室番号、特徴的な身体所見などから個人が推測される場合があります。写真を使う場合は、同意取得と投稿規定の確認が必要です。
匿名化すれば同意は不要ですか?
不要とは限りません。症例報告では、投稿先によって本人または代諾者の同意を求める場合があります。匿名化と同意取得は別々に確認する必要があります。
診療録の表をそのまま使ってもよいですか?
避けた方が安全です。患者名、ID、日付、施設名などが残る可能性があります。必要な情報だけを抽出し、投稿用の表として作り直す方が安全です。
次の一手
症例報告の匿名化で迷ったら、次は「投稿前チェック」と「症例報告か研究か」の整理に戻ると判断しやすくなります。
参考文献
- International Committee of Medical Journal Editors. Protection of Research Participants. https://www.icmje.org/recommendations/browse/roles-and-responsibilities/protection-of-research-participants.html
- International Committee of Medical Journal Editors. Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals. https://www.icmje.org/recommendations/
- SAGE Publishing. Ethics approval and informed consent statements. https://www.sagepub.com/journals/publication-ethics-policies/ethics-approval-and-informed-consent-statements
著者情報

rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を2022年4月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター2級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養、リハ栄養、シーティング、摂食・嚥下

