身体寸法の測り方(座幅・座底長・下腿長)のゴール
本記事は、シーティングにおける身体寸法とは何かを整理しながら、「測定 → 数式 → 寸法決定」を一気通貫で示し、誰が測っても同じ答えに近づけることを目的とします。対象はシーティング初学者〜中級者の理学療法士で、病棟・施設・在宅での車椅子の採寸とサイズ選びにそのまま使える内容です。
公開済みのシーティング総論や Hoffer の座位能力分類と併読し、姿勢保持レベルの把握→身体寸法→車椅子寸法決定という流れで活用してください。先に用語と基準点をそろえ、座位が難しい場合の代替計測、そして座面幅・奥行き・高さの決め方を順番に解説します。記事末に「車椅子 採寸 表」として使えるチェックリストとダウンロード資材も用意しました。
用語と基準点の確認(“同じもの”を測る)
まず、シーティングで扱う身体寸法の用語をそろえます。ここでの座位臀幅(ざい でんぷく)とは、両大転子の最外側の左右幅を指します(衣服の厚みは最小化/側方パッド有無を記録)。
座底長とは、坐骨結節頂点(または大転子直下の座位基準点)から膝窩手前までの水平距離を指します。
下腿長は、膝窩(腓骨頭高さ目安)から踵底面までの長さで、靴底厚は別計上とします。
測定姿勢は可能な範囲で 骨盤中間位・股関節約 90°・膝関節約 90°・足底全面接地 を目安に統一します。クッション使用中なら沈み込み量(例:20〜30 mm)を別記し、衣服・装具・パッド等の条件をメモしておくことで、同じ患者さんを別スタッフが測っても再現性を担保できます。
準備する道具とセットアップ
- メジャー(硬めの幅広タイプ推奨)/直角定規(L尺)/記録用紙または Excel テンプレ
- 写真記録用スマホ(基準点が写る正面・側面)
- 補助者 1 名(メジャーの水平保持と姿勢保持のため)
評価フローが複雑な場合は、「誰が・いつ・どこまで測るか」をあらかじめ決めておくとスムーズです。病棟・外来・訪問など場面が変わっても、同じフォーマットと道具一式で回せるようにセットを組んでおきましょう。
座位での測定手順(基本)
- 骨盤・体幹の整え:骨盤中間位、胸郭は過度に後方へ倒さない。必要に応じて一時的にサイドサポートで補助。
- 座位臀幅:両側大転子の最外側を軽く触診し、床と水平にメジャーを張って計測(斜行に注意)。
- 座底長:坐骨結節〜膝窩手前まで水平に計測(片側ずつ/大きい側を採用)。
- 下腿長:膝窩〜踵底面まで直角定規で垂直に計測。靴底厚(中敷き含む)を別途 mm 単位で記録。
- 写真記録:前後・側面から基準点が写るように 2〜3 枚。衣服・装具条件とともに記録用紙へ。
仰臥位での代替計測(座位困難時)
痙縮・疼痛・易疲労などで座位保持が難しい場合は、仰臥位で骨盤の水平・股関節屈曲 90° を仮想して置換計測します。臀幅は大転子幅、座底長は坐骨結節相当から膝窩手前までの水平距離、下腿長は膝窩〜踵までを直角基準で測定します。
仰臥位では坐骨位置の推定誤差が出やすく、「測定値どおり=最適」とは限りません。そのため、最終決定は試座で必ず微調整し、背張り・座面傾斜・フットサポート長などを含めて総合的に確認します。
座面幅の決め方(座位 臀幅 → 座幅)
基本式:座幅 = 座位臀幅 + 余裕(クリアランス)
- 標準的な余裕: +20〜50 mm(衣服と体動スペース)。
- 小さめにする条件:側方パッドや骨盤保持が必要/スリム衣類/上肢駆動重視。
- 大きめにする条件:厚着・外付スカートガード/皮膚トラブル予防を優先/浮腫・体重変動。
- 注意:広すぎると骨盤が流れて安定性低下、狭すぎると大転子圧・摩擦増。
なお、車椅子の座幅は JIS 規格で用意される寸法の刻みが決まっているため、「測定値+余裕」をそのまま採用できないこともあります。実際には、最も近い JIS 規格の座幅を選択し、クッション厚や側方パッドで微調整するイメージを持ちましょう。
座面奥行きの決め方(座底長 → 座面奥行き)
基本式:座面奥行き = 座底長 − 膝窩前クリアランス
- 膝窩前クリアランス:20〜30 mm を目安(軟部圧迫を避ける)。
- 骨盤後傾/円背:骨盤が後方へ逃げるため実効奥行き不足が生じやすい。試座で 10〜20 mm の追加短縮を検討。
- 前滑り傾向:奥行き過大・背張り角不適合・座面傾斜不足を総合点検。
座底長が長いからといって奥行きを最大までとると、円背や骨盤後傾がある方では前滑りを助長してしまいます。測定値はあくまでスタートラインとして捉え、試座で膝窩圧・骨盤位置・体幹姿勢を確認しながら微調整します。
座面高の決め方(下腿長 → 座面高)
基本式:座面高 = 下腿長 − 靴底厚 ± 調整値
- 足置きクリアランス:地面〜フットプレート下端 40〜60 mm 目安(段差・屋内外走行を想定)。
- 膝角度:おおむね 90° を目標。ただし尖足・膝屈曲拘縮では骨盤〜足部の連動を見て最適化。
- 座面傾斜(ティルト/前傾):傾斜が変わると実効下腿角度が変化。最終決定は試座で。
尖足や下腿浮腫がある場合、下腿長の測定値だけで座面高を決めると、足部の逃げ場がなくなり痛みやスキントラブルにつながることがあります。必要に応じて傾斜やフットサポート、足継ぎ足などで調整し、両下肢の荷重バランスも併せて確認します。
その他寸法(併せて決める)
- 座位肘頭高(ざい ちゅうとうこう):座面から肘頭までの高さ。アームレスト高の設定に用い、肩をすくめず肘が軽く支持される高さを目標にします。
- 上肢挙上高(じょうし きょじょうこう):車椅子駆動やリーチ動作時の上肢の挙上可動域。駆動輪サイズやテーブル高との関係を考慮します。
- 背もたれ高:体幹コントロールに応じて肩甲下角下〜肩峰下までを基準に段階設定。
- フットサポート長:下腿長・靴底厚・足関節拘縮の有無を反映し、足底接地とクリアランスの両立を図ります。
これらの情報をあわせて整理することで、「車椅子 サイズ 選び方」を患者さんごとに言語化できるようになり、多職種との共有もしやすくなります。
ケース別補正の要点
- 片麻痺:麻痺側の殿部沈み込み/体幹側屈を考慮。左右別クッションや背張り調整を併用し、座幅は麻痺側の崩れを見越して決定します。
- 肥満:軟部のはみ出しで見かけの座位臀幅が増加。圧分散を優先しつつ駆動性を両立させるため、クッション・パッド選択とセットで考えます。
- 円背・胸腰椎後弯:背もたれ形状・角度と座面傾斜で骨盤後傾を抑制。座底長は短めに、背もたれは局所支持を意識します。
- 拘縮(尖足・膝屈曲):座面高は関節角度に合わせ、フットサポートやウェッジで逃がすことで、骨盤後傾や前滑りを抑えます。
よくあるミスとチェックリスト
| 項目 | ありがちミス | すぐ直せる対策 | 記録ポイント |
|---|---|---|---|
| 座位臀幅 | メジャーが斜行/厚着で+値 | 水平を保ち、薄着にして再測 | 衣服・側方パッド有無を明記 |
| 座底長 | 膝窩に食い込ませて過大評価 | 膝窩手前で止める(2〜3 cm 余裕) | 骨盤角度/背張り条件を併記 |
| 下腿長 | 靴底厚を差し引き忘れ | 靴・中敷きの厚みを mm で計測 | フットプレート地上高も記録 |
| 最終決定 | 試座なしで発注 | 必ず試座→微調整→記録 | 最終寸法・変更理由を残す |
測定→試座→処方のワークフロー
- Hoffer 分類などで座位保持レベルを把握する。
- 本記事の手順で身体寸法を測定(座位/仰臥位)。
- 寸法を仮決定(座幅・奥行き・高さ)し、JIS 規格で用意された車椅子寸法の中から候補サイズを選ぶ。
- 車椅子上で試座を行い、骨盤位置・体幹姿勢・膝窩圧・足底接地・駆動性を確認しながら微調整する(詳しくは シーティング総論 を参照)。
- 最終記録を残し、再評価時に再現できる状態にする(変更理由も含めてカルテやシートに残す)。
この流れをチーム内で共有しておくと、「誰が採寸しても同じ基準で車椅子を処方できる」状態に近づきます。特に回復期・生活期では、配置換えや担当変更があってもワークフローを守ることで質を維持しやすくなります。
ダウンロード(記録・運用にそのまま使えます)
FAQ
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
余裕寸法は一律何 mm にすべきですか?
一律ではなく条件依存です。標準は +20〜50 mm。厚着・外付スカートガード・体重変動が予想される場合は広め、側方保持や駆動性重視では狭めに設定し、必ず試座で皮膚・姿勢の両面を確認します。
仰臥位計測でも正確に決められますか?
置換は可能ですが誤差が出やすい領域です。仰臥位での大転子/坐骨位置の同定は難易度が上がるため、最終は試座で微調整し、背張り・座面傾斜・フットサポートまで含めて総合決定してください。
試座では何を必ず確認しますか?
骨盤位置(左右差・後傾)、大転子・膝窩・踵の圧、上肢駆動の干渉、足置きクリアランス、移乗のしやすさ、体圧と安定性のバランスを最低限チェックします。


