臨床参加型実習(クリニカルクラークシップ)とは
臨床参加型実習(クリニカルクラークシップ、Clinical Clerkship、CCS)は、学生が「見学中心」から一歩進み、指導者の監督下で患者ケアに段階的に参加する実習形態です。診療参加型臨床実習という表現が用いられることもあり、現場では「どこまで任せるか」「安全と同意をどう担保するか」「評価と記録をどう型化するか」が運用の肝になります。
想定読者:実習受け入れ側の PT/OT/ST(実習指導者、教育担当、リーダー)。
得られること:1 日の流れ、任せられる業務( EPA )の切り方、安全・同意、ミニ CEX と OMP の回し方、記録の型、評価の簡易ルーブリック。
ゴールは①患者安全の担保、②学生の段階的自立( EPA )、③指導負荷の軽減(型化)です。以降、用語整理→ 1 日の流れ→任せられる業務→安全管理→フィードバック→評価と記録→詰まりどころの順にまとめます。
用語の整理:臨床参加型と「診療参加型」
医療系教育では「診療参加型臨床実習」という言い方が一般的ですが、リハ領域でも運用の要点は同じで、学生をチームの一員として扱い、権限と責任を段階づける点にあります。重要なのは名称よりも、①許可された行為の範囲、②監督レベル(直接・間接)、③安全の閾値、④記録と報告経路を明文化し、誰が担当しても同じ運用にすることです。
実習の「時間」や「実施場所(医療提供施設での割合など)」は、指定規則やガイドライン、大学・施設の規程が前提になります。現場は「安全に参加させるための手順書」を持っておくと、曖昧さが減り、指導のばらつきも小さくなります。
1 日の標準フロー(病棟/外来の型)
日々の運用は、朝の申し送り→患者同意確認→安全チェック→評価・治療参加→記録と振り返り、の 5 ステップに分けると回しやすいです。学生には各ステップで達成すべき行動目標(観察→部分遂行→全体遂行)を提示し、到達度は「短時間で確認できる道具(ミニ CEX 、日誌、ルーブリック)」で回収します。
フローを固定化すると、担当替えや短期ローテでも学習効率が落ちにくく、新人指導にも転用できます。特に「安全チェック」と「報告ルート(誰に、いつ、何を)」を先に型化しておくと、事故の芽を摘みやすくなります。
任せられる業務( EPA )の例
EPA( Entrustable Professional Activities )は「任せられる業務」を単位化し、監督レベルを明確にする考え方です。実習では、行為そのものよりも「リスクの見立て」と「中止・報告」ができるかを優先して設計します。
| 領域 | EPA 例 | 監督の要点 | 記録の型 |
|---|---|---|---|
| PT | ベッドサイド安全確認、起居・立位の介助(監督下)、歩行の見守り | バイタル閾値、 OH 、転倒リスク、疼痛増悪 | SOAP( S/O は事実、A/P は指導者が最終確認) |
| OT | 更衣・食事の準備と環境設定、作業活動の段取り | プライバシー配慮、危険物・誤薬の回避、疲労 | ADL 目的→手順→安全→結果の順に定型化 |
| ST | 嚥下前の姿勢調整、声かけ、とろみ確認、間接訓練の一部 | 誤嚥リスクの即時共有、食形態の遵守 | 実施条件(姿勢・食形態)と反応の記録を固定 |
患者安全・倫理(同意と守秘)
学生が関与する前に、患者・家族へ目的・範囲・拒否権を説明し、同意の取得(または施設の手順に沿った記録)を行います。学生が関与できない場面(創部観察、個人情報の写し出し、録音・撮影など)は最初に明示し、例外対応が必要なら「誰の許可で、どこに保存し、いつ廃棄するか」まで決めます。
守秘は「持ち出さない・写さない・口外しない」の 3 原則を徹底します。感染対策は標準予防策+施設ルールを、オリエンで短い確認テスト(口頭でも可)にすると定着しやすいです。
| 場面 | 必須確認 | 想定リスク | 記録 |
|---|---|---|---|
| 同意 | 目的・範囲・拒否権、学生の立場 | 同意なし介入、説明不足 | 同意取得の事実(署名/電子承認等) |
| 安全 | バイタル、 OH 、転倒、禁忌 | 転倒、急変、疼痛増悪 | 閾値と中止基準、報告先を明記 |
| 守秘 | 情報の持ち出し禁止、メモの扱い | SNS 投稿、写真・録音 | オリエン実施日と同意範囲 |
| 感染 | 手指衛生、 PPE 、曝露時対応 | 曝露、交差感染 | 指導内容と理解確認(チェック欄) |
指導とフィードバック(ミニ CEX / OMP )
短時間で回せる「型」を使うと、忙しい日でも指導が途切れません。ミニ CEX は観察→評価→即時フィードバックを 5〜10 分で完結させるフォーマットで、学生の行動を直接見て、その場で次の 1 手を決めやすいのが利点です。
One-minute Preceptor( OMP 、 5 つのマイクロスキル)は「コミットを引き出す→根拠を尋ねる→一般化→よかった点→改善点」で 1 セットです。改善点は「行動」で具体化し、次の課題は 1 つに絞ると、学生の混乱と指導者の負荷が同時に下がります。
記録と情報共有( SOAP /カンファ)
学生の記載は「S/O の事実」と「A/P の思考」を分けて添削します。安全イベント( OH 、疼痛増悪、誤嚥疑い等)は、時系列→対処→再発予防を短く残すとカンファが回ります。学生の記録は「仮」で、最終責任は指導者が持つ前提を明確にします。
日報は「学び/次回やること/質問」の 3 点固定が実務的です。質問は翌日の最初に回収する運用にすると、都度の呼び止めが減り、現場のリズムを崩しにくくなります。
評価と到達目標(簡易ルーブリック)
評価は「できた/できない」だけでなく、監督レベルをセットにすると実務に直結します。例として 3 段階(要直接監督/監督下で可/条件付きで単独可)で統一すると、指導者間のズレが減ります。
| 項目 | 基準(合格) | 観察ポイント | 次の課題例 |
|---|---|---|---|
| 安全確認 | OH ・疼痛・転倒リスクを事前に口頭報告できる | 閾値理解、危険行動の予測 | 中止基準の言語化→再評価計画 |
| 説明・同意 | 理解度に応じた説明と同意の再確認ができる | 専門用語回避、要約・復唱 | 拒否時の代替案提示(観察へ切替) |
| 記録 | SOAP で事実と考察を分けて記載できる | 客観データ→判断→次回計画 | 評価所見を 1 行で要約する訓練 |
運用ツール(院内向けに用意しておくと便利)
配布や共有の形式は施設のルールを最優先にしつつ、最低限そろえると回しやすいのは次の 4 点です。いずれも「誰が見ても同じ運用」が目的なので、手順・閾値・報告先を固定し、個人の経験に依存しない形にします。
- 受け入れ前オリエンチェックリスト(守秘・感染・同意・禁止事項・報告ルート)
- 学生用デイリーログ(学び/次回やること/質問の 3 点固定)
- ミニ CEX 記録票(観察項目、強み、改善点、次回課題 1 つ)
- 説明・同意のスクリプト(目的・範囲・拒否権・中止の扱い)
現場の詰まりどころ(よく詰まる順)
| 詰まりどころ | 起きがちなこと | 対策(型) | 記録ポイント |
|---|---|---|---|
| 任せ方が曖昧 | 日によって許可範囲が変わる/学生が萎縮 | EPA を 3 段階で明文化し、初日に共有 | 許可範囲と監督レベルを残す |
| 安全の閾値が統一されない | 中止基準が人により違う | バイタル閾値・ OH ・転倒をチェックリスト化 | 中止理由と報告先を固定 |
| フィードバックが長い | 指導者が疲弊/学生は要点を失う | ミニ CEX / OMP で「次の課題 1 つ」 | 強み 1 つ+改善 1 つ+次回 1 つ |
| 記録が破綻する | 主観と事実が混ざる/事故時に追えない | SOAP の役割分担(学生=事実中心) | 時系列→対処→再発予防 |
| 同意・守秘が形骸化 | 「いつもの」で流れる | 禁止事項を最初に提示し、例外は文書化 | 同意の事実と範囲を明記 |
よくある質問
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見学実習や OSCE との違いは?
見学実習は観察が中心、 OSCE は技能の評価が中心です。臨床参加型実習(クリニカルクラークシップ)は、患者安全を担保したうえで、学生が段階的にケアへ参加し、任せられる範囲を EPA などで広げていく点が特徴です。
学生にどこまで任せてよい?
施設ルールと患者安全が最優先です。「観察→共同→監督下単独」の順に進め、任せる前提条件(バイタル安定、転倒リスク、禁忌の有無など)を明文化します。高リスク手技や判断が難しい場面は、常に直接監督下で行います。
同意が得られない(撤回された)場合は?
患者の意思を最優先し、学生関与は中止して観察症例へ切り替えます。記録は「同意が得られなかった/撤回された」事実と、代替学習へ切り替えたことを簡潔に残します。
写真・録音・個人メモの取り扱いは?
原則は禁止にしておくのが安全です。施設手順で例外を認める場合のみ、目的・保存先・廃棄時期・閲覧者を明記し、必要な同意を取得します。メモは個人情報が残らない形(匿名化、持ち出し禁止)を徹底します。
「実習時間」や「実習場所」のルールはどこで確認する?
指定規則( e-Gov 法令検索)や、厚生労働省通知・各職能団体の手引き、大学と施設の規程が一次情報です。現場では、ルールの解釈を個人に任せず、教育担当が「院内版の運用メモ」に落として共有すると混乱が減ります。
おわりに
臨床参加型実習は「安全の確保→任せる範囲の段階づけ( EPA )→短時間フィードバック→記録と再評価」を一定のリズムで回せると、学生の成長が加速し、指導者の負担も下がります。受け入れを機に、職場の教育体制や働き方を整えたい場合は、面談準備チェックと職場評価シートを使って整理できるマイナビコメディカルのチェックツールも活用してみてください。
参考文献
- 厚生労働省.診療参加型臨床実習実施ガイドライン 平成 28 年度改訂版.PDF
- 厚生労働省.理学療法士・作業療法士学校養成施設カリキュラム等改正概要(臨床実習施設の要件など).PDF
- e-Gov 法令検索.理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則.本文
- 日本理学療法士協会.臨床実習教育の手引き(第 6 版).2020.PDF
- Norcini JJ, Blank LL, Duffy FD, Fortna GS. The mini-CEX (clinical evaluation exercise): a preliminary investigation. Ann Intern Med. 1995;123(10):795-799. doi: 10.7326/0003-4819-123-10-199511150-00008 / PubMed: 7574198
- ten Cate O. Entrustability of professional activities and competency-based training. Med Educ. 2005;39(12):1176-1177. doi: 10.1111/j.1365-2929.2005.02341.x / PubMed: 16313574
- Neher JO, Gordon KC, Meyer B, Stevens N. A five-step “microskills” model of clinical teaching. J Am Board Fam Pract. 1992;5(4):419-424. PubMed: 1496899
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


