複合感覚とは(皮質での統合と臨床的価値)
※本記事は 「感覚検査の完全ガイド」 の子記事です。
複合感覚は、末梢入力を皮質で統合して対象を識別する高次機能です。二点識別・立体覚・数字書字覚などは、表在・深部で曖昧だった異常を“実用的な障害”として可視化し、訓練設計や安全管理に直結します。
詳細は 表在感覚の評価【触覚・痛覚・温度覚】 と 深部感覚の評価【位置覚・運動覚・振動覚】 も参照し、所見を統合して解釈します。本記事はベッドサイドで再現しやすい手順と判定語彙、信頼性を上げるコツ、記録テンプレをまとめました。
準備と標準化(視覚遮蔽・練習・ダミー)
静かな環境と安定した体位を確保し、目的と流れを短く説明します。視覚遮蔽(閉眼/アイマスク)を徹底し、健側で 1–2 回の練習試行を行います。提示はランダム、ダミー 20–30 % を混在させ、誘導的な声掛けやリズム化を避けます。
記録は左右・部位・語彙を統一し、誤認/遅延/無反応などの質的特徴も併記します。注意障害や半側空間無視が疑われる場合は、スクリーニングを別途実施し備考に明記します。
二点識別:装置・提示法・最小弁別の推定
手順:二点計(なければ 2 本の綿棒等)で 1 点/2 点をランダム提示します。接触は一定強度・一定時間、皮膚滑走は避け、部位ごとに距離を段階調整して最小弁別距離を推定します。左右と複数部位を交互に行います。
判定:連続正答を基準に最小弁別距離を推定し、左右差・部位差・一貫性を確認します。触覚低下や注意低下が混在すると偽陽性/偽陰性が生じやすく、表在感覚の結果と併読します。標準値は部位差が大きいため解釈は相対比較が基本です。
立体覚(ステレオグノーシス):対象選定と誤認の解釈
手順:硬貨・消しゴム・クリップ等、形状と質感が異なる 3–5 品を用意し、片手ずつ触知させて名称または用途を回答してもらいます。視覚遮蔽下でランダム提示し、同種連続は避けます。
判定:誤認/無反応/探索延長の有無を記録します。片側のみ障害なら半球病変や体知覚の皮質統合低下を示唆。半側空間無視や失語・失行が混在する場合は、理解・注意・運動プログラムの影響も備考に残します。
数字書字覚(グラフィエステジア):描記法と誤読パターン
手順:掌に数字を一定速度で描記し、即時に読み上げてもらいます。左右交互・ランダム、同数字の連続は避け、ダミー(触れるのみ)を挿入します。文化・慣れによる数字形状の差異は練習試行で補正します。
判定:誤読の傾向(特定数字に偏る、左右で差が大きい、遅延が強い等)を把握します。書字覚が保たれず触覚は保たれる場合、皮質での統合障害を示唆。立体覚や二点識別と合わせてパターン化すると局在推定がしやすくなります。
代表項目と実施要点(ダイジェスト表)
項目 | 手順ダイジェスト | 判定の着眼 | 注意点 |
---|---|---|---|
二点識別 | 1 点/2 点をランダム提示、距離段階調整で最小弁別距離を推定。 | 左右差・部位差・連続正答で信頼性担保。 | 皮膚滑走禁止、触覚低下の影響に注意。 |
立体覚 | 異なる 3–5 品を片手ずつ触知し名称/用途を回答。 | 誤認/探索延長/無反応の質的所見。 | 無視・失語・失行の関与を確認。 |
数字書字覚 | 掌に数字を一定速度で描記し読み上げを求める。 | 誤読パターン・左右差・遅延。 | 文化的形状差は練習で補正。 |
信頼性を上げる要点(連続正答・ダミー・一貫性)
複合感覚は注意・理解・実行の 3 要素の影響を受けます。各項目で“連続正答”の基準を設け、ダミーを 20–30 % 入れ、一貫性が低い場合は同日再検します。検者は提示時間・強度・速度を一定化し、口頭ヒントや視覚代償を与えません。
半側空間無視が疑われる場合は、刺激の向きや提示位置を操作して左右差の構造を確認します。失語・高次脳機能障害がある場合は、回答形式(指差し・二択カード等)を柔軟に調整し、配慮内容を記録に残します。
記録テンプレ(語彙統一)
項目 | 左 | 右 | 所見/語彙 | 備考 |
---|---|---|---|---|
二点識別 | 最小弁別 距離:xx mm | 最小弁別 距離:xx mm | 左右差あり/なし・連続正答 | 装置・距離段階 |
立体覚 | 正答/誤認/無反応 | 正答/誤認/無反応 | 探索延長・遅延の有無 | 対象種・片手/両手 |
数字書字覚 | 正答率 xx %・誤読傾向 | 正答率 xx %・誤読傾向 | 遅延・一貫性 | 描記速度・練習有無 |
よくあるミスと対策(OK/NG 早見)
場面 | OK(推奨) | NG(避ける) | 理由/メモ |
---|---|---|---|
説明・理解 | 短く具体的+練習試行 | 抽象的説明のみ | 理解不足→偽陽性/偽陰性 |
提示設計 | ランダム+ダミー 20–30 % | 予測可能なリズム | 期待バイアス増大 |
記録 | 語彙統一・左右/部位・条件 | 自由記載のみ | 共有性/再現性が低下 |
関連評価との統合(内部リンク)
複合感覚の所見は、表在・深部と合わせて病変の局在推定に有用です。転倒/バランスには FSST、ADL 影響は FIM 5 点 と統合、脳卒中では SIAS の体性感覚項目と整合をとります。
関連:表在感覚の評価【触覚・痛覚・温度覚】 / 深部感覚の評価【位置覚・運動覚・振動覚】
参考文献(一次情報は DOI/PubMed を後日追記)
- 神経学的検査の標準テキスト(高次体性感覚の章)
- 二点識別・立体覚・数字書字覚の信頼性/妥当性研究