バランス能力とは?(結論と臨床での定義)
本記事では、リハ場面で使う「バランス=姿勢制御」を概念ハブとして整理します。ここでの実務的な定義は「課題や外乱に応じて 重心( COM )を支持基底面( BOS )内に保つ能力」。転倒予防・歩行安全・ ADL 自立の土台であり、評価と訓練の「言語」をそろえることが介入精度の第一歩です。まずは BOS・COM・安定限界、感覚統合(視覚 / 体性感覚 / 前庭)、そして静的 / 動的、予測的( APA )/ 反応的という 3 つの軸で整理しておくと迷いにくくなります。
本記事は概念の整理に特化し、具体的な評価手順やプロトコルは各専門記事へ橋渡しします。感覚統合の把握は mCTSIB、包括的評価は Mini-BESTest、慢性期フォローには BBS・ TUG、歩行中の難所抽出には FGA、自己効力の確認には ABC と FES-I を参照してください。
姿勢制御のメカニズム(BOS / COM / 安定限界・ 3 システム)
BOS は足部や椅子などの支持基底面、COM は身体の重心投影、安定限界は「転ばずに COM を移動できる範囲」です。バランス不良は大きく、COM の制御がうまくいかないか、疼痛・拘縮・姿勢変化などで安定限界そのものが小さいかのどちらかと考えられます。運動方略は足関節 → 股関節 → ステッピングの順に動員され、足幅・面の硬さ・頭部位置・外乱の有無など課題設定によって要求が変化します。
情報処理面では視覚・体性感覚・前庭の「重みづけ(リウェイティング)」が重要です。床面を柔らかくする / 閉眼にするなどで体性感覚や視覚の信頼性を下げると、前庭への依存度が高まります。mCTSIB はこの感覚統合のクセをシンプルな 4 条件で可視化できる検査であり、「どの感覚入力をトレーニングの軸にするか」を決める出発点になります。
静的 / 動的・予測的 / 反応的バランスの違い
静的バランスは立位保持や座位保持などの「姿勢を保つ」課題、動的バランスは歩行・方向転換・リーチなど COM を意図的に動かす課題です。静的が安定すれば自動的に動的も改善するとは限らず、目標 ADL に近いタスクで評価・訓練を設計する必要があります(例:方向転換でふらつく症例では FGA で難所を特定)。
予測的バランス( APA )は立ち上がりや物を持ち上げる際など、「動作前に身体を用意しておく調整」、反応的バランスは予期しない外乱(押される・つまずく)に対する即時応答です。 APA に弱い症例は「動く前の準備」が遅れ、反応的に弱い症例は外乱時のステップが出にくい / 遅い傾向があります。これらを横断的に把握するには Mini-BESTest を起点にすると整理しやすくなります。
臨床評価の選び方と使い分け
評価は「何が原因で不安定か?」に合わせて目的から逆算して選びます。感覚統合の問題が疑われるときは mCTSIB。予測的・反応的制御や歩行の難所をまとめて把握したいときは Mini-BESTest。慢性期の転倒リスクの縦比較には BBS・ TUG、屋内外歩行での方向転換や速度変化は FGA が有用です。恐怖や自信のなさは ABC と FES-I で補完します。
カットオフ値は集団レベルのリスク指標であり、臨床では同一患者の縦比較(ベースラインと最小可検変化)を優先します。病期や環境が変われば最適な尺度も変わるため、評価 → 介入 → 再評価を 1 サイクルとしてあらかじめ設計しておくと「測りっぱなし」を防ぎやすくなります。
※この表は横にスクロールできます。
| 評価 | 主目的 | 対象 / 場面 | 所要 | 補足 |
|---|---|---|---|---|
| mCTSIB | 感覚統合(視覚 / 体性感覚 / 前庭)の偏り把握 | 立位保持の不安定・フワつき | 約 5 分 | フォーム / 閉眼など条件操作が簡便 |
| Mini-BESTest | 予測的・反応的・感覚・歩行の総合評価 | 多面的に弱点を特定したいとき | 約 15 分 | 訓練ターゲットの抽出に有用 |
| BBS・ TUG | 転倒リスクの縦比較・経過観察 | 慢性期・施設 / 在宅のフォロー | 各 5〜10 分 | 天井 / 床効果に注意 |
| FGA | 歩行中の方向転換・速度変化など | 屋内外歩行での不安・つまずき | 約 10 分 | 転倒既往者の「難所抽出」に◎ |
| PASS | 寝返り〜座位・立位の姿勢コントロール | 脳卒中 亜急性期 | 約 10 分 | 早期段階の小さな変化検出に向く |
| ABC | 自己効力(バランス自信)の把握 | 活動範囲を広げたいが怖さが強い症例 | 約 5 分 | 恐怖が主因かどうかの見極めに |
| FES-I | 転倒恐怖の主観的評価 | 日常生活場面での不安の強さ | 約 5 分 | 教育・セルフマネジメントと併用で効果的 |
現場の詰まりどころ(よくある見落とし)
バランス訓練でよくあるのは、「不安だからとりあえず立位保持」で終わってしまい、方向転換やデュアルタスクなど実際に転倒しやすい場面まで評価・訓練が届かないケースです。また、体幹や下肢筋力ばかりに注目し、感覚統合や COM 制御、ステップ方略の問題が見逃されることも少なくありません。
もう一つの詰まりどころは、患者の恐怖・自己効力の低下が十分に評価されていない点です。 ABC や FES-I で恐怖の程度を言語化しておくと、「筋力は改善しているが活動が広がらない」パターンを早期に拾いやすくなり、教育・環境調整・段階づけの方向性が立てやすくなります。
訓練戦略(方略 × 課題特異性 × デュアルタスク)
訓練は弱点に合わせて足関節・股関節・ステップ方略を段階づけます。 BOS を広く → 狭く、支持面を硬 → 柔へ、視覚を開眼 → 閉眼へ、外乱を小 → 大へと少しずつ負荷を調整します。動的課題では方向転換・歩行速度・ヘッドターン・障害物などを組み合わせ、目標とする生活場面に近いタスクを設定します(難所の洗い出しには FGA が便利です)。
実生活では認知課題の併存が常態であり、デュアルタスク(計算・言語・ワーキングメモリなど)を安全な範囲で早期から少量導入することが転倒予防に直結します。学びの設計と臨床のキャリア設計は連動します。バランス評価・訓練のステップを整理しつつ、自身のスキルマップを整える際には PT キャリアガイドのフロー も参考にしてみてください。
よくある誤解 Q&A
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体幹が弱い = バランスが悪い?
必ずしも同義ではありません。体幹筋力は一要素であり、感覚統合や COM 制御、ステップ方略の選択が改善すれば、筋力が大きく変わらなくても安定する症例は多いです。逆に筋力は十分でも、恐怖や方略選択の問題でバランス不良が続くこともあります。
静的が安定してから動的へ進めるべき?
安全を確保したうえで、目標 ADL に合わせた動的課題を小さく早期から取り入れた方が、実生活への汎化は得られやすいです。静的のみで長期間過ごすと、実際に転倒しやすい状況(方向転換・デュアルタスクなど)に対する耐性が育ちにくくなります。
mCTSIB と Mini-BESTest の違いは?
mCTSIB は感覚統合の偏りをみるスクリーニング、Mini-BESTest は APA・反応的制御・感覚・歩行をまとめてみる包括的評価です。「感覚のクセをざっと把握したい」ときは mCTSIB、「どこから訓練を始めるかまで決めたい」ときは Mini-BESTest というイメージで使い分けます。
おわりに
バランス評価と訓練は「原因の仮説 → 評価での確認 → タスク特異的訓練 → 再評価」というリズムで回すことで、転倒リスクや恐怖の変化をチームで共有しやすくなります。静的・動的、予測的・反応的、感覚統合の 3 つの軸を意識しておくと、評価選択やゴール設定の迷いも減らせます。
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著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下


