心不全・呼吸器の『症状×ADL』評価

評価
記事内に広告が含まれています。

なぜ “症状加味型 ADL” が必要か

臨床の評価力とキャリアの軸をまとめて整える「PT キャリアガイド」を見る

心不全や COPD をはじめとする呼吸器疾患・心疾患では、同じ ADL が「できる」患者でも、息切れ・胸痛・動悸などの症状負荷が大きく異なります。Barthel Index(BI)や FIM で介助量だけをみると自立に見えても、「入浴は週 1 回しかできない」「階段は症状が怖くて避けている」ケースは珍しくありません。

本稿では、理学療法士が病棟・外来・心リハ・呼吸リハの場面で使いやすいように、NYHA・SAS・mMRC・6 MWT を組み合わせて「症状を加味した ADL 評価」を行う考え方を整理します。呼吸器疾患・心疾患の ADL 評価を、リハビリ専門職の目線で 1 本にまとめるイメージです。

評価ツールのラインナップと役割

NYHA:日常活動での自覚症状から心不全の機能的重症度を 4 段階で分類。
mMRC:日常生活場面での息切れ重症度を 0–4 で評価(呼吸器疾患全般)。
SAS(Specific Activity Scale):日常活動の METs と症状出現を照合し、「不可になった最小 METs」で活動能力を推定。
6 MWT:6 分間歩行で機能的運動耐容能を定量し、Borg スケールで労作時息切れ・脚疲労を併記します。

NYHA・mMRC は「症状の重さ」、SAS は「症状が出る強度(METs 閾値)」、6 MWT は「実際の歩行能力と全身耐容能」を示します。目的が異なるため、心不全・呼吸器疾患の ADL 評価では併用が前提と考えた方が安全です。

目的別:症状関連評価ツールの比較
目的 推奨尺度 見る指標 長所 注意点
症状の重さ NYHA / mMRC 日常場面の自覚症状 迅速・共有しやすい 主観度が高くばらつきあり
症状が出る強度 SAS METs 閾値 運動処方・活動指導に直結 問診技術に依存
全身耐容能 6 MWT + Borg 歩行距離・自覚負荷 予後との関連が豊富 環境・学習効果の影響

5 分で回すミニプロトコル

病棟や外来で「呼吸器疾患・心疾患の ADL と症状」をざっくり把握したいときのミニプロトコル例です。

  • ① BI(または FIM)で介助量を把握(入浴・階段・歩行など)
  • ② NYHA(呼吸器疾患では mMRC)で症状の層別化
  • ③ SAS(問診 21 項目)で症状出現 METs を推定
  • ④ 6 MWT(標準プロトコル)+ Borg で実動作の耐容能を把握
  • ⑤「介助量 × 症状 × 耐容能」の 3 軸で ADL ゴールと在宅像を共有

これにより、「BI は高値だが 3–4 METs で息切れ」「NYHA Ⅱ なのに 6 MWD が低い」といった齟齬を定量的に整理できます。退院可否や在宅サービス選定、心肺リハビリテーションの負荷設定にも直結する情報になります。

解釈のコアと典型シナリオ

評価の組み合わせと臨床的示唆
所見の組み合わせ 示唆 初期対応
BI 高値/NYHA Ⅱ/SAS 3–4 METs/6 MWD 250–350 m 介助は不要だが中等度以上の活動で症状が前面に出る 家事・入浴の分割、ペーシング、呼吸介助、家族指導
FIM 自立/mMRC 2–3/Borg ≥ 5(6 MWT 終了時) 努力性呼吸や不安による「頑張りすぎ」の可能性 呼吸訓練・不安対処・活動の段階化(ペース配分の教育)
NYHA Ⅲ/SAS 2–3 METs/6 MWD < 200 m 症状と耐容能の両面から ADL が制限されている GDMT の確認と低強度からの段階的負荷、日中の動線整理

ポイントは、BI・FIM の点数だけで「自立」と判断せず、症状や耐容能とセットで読むことです。介助量が同じでも、症状と 6 MWD の組み合わせで在宅リスクや再入院リスクのニュアンスが変わります。

目標設定:活動量と安全域のデザイン

短期目標は「症状が出る METs の閾値を 0.5–1 METs 上げる」こと、中期目標は「週あたりの活動量(Ex)を段階的に増やす」ことがひとつの目安になります。当ブログの 23 Ex / 週ガイド と組み合わせると、心不全・COPD の患者さんでも「どの ADL をどれくらい増やすか」を具体的に落とし込みやすくなります。

運動処方は “話せる強度(主観的中等度)” を基本にしつつ、日内変動や前日の疲労に応じて調整します。症状が増悪した場合は 24–48 時間の減量や休止を含めたセルフマネジメントをあらかじめ共有しておくと安心です。

実施時の注意・よくある落とし穴

NYHA・mMRC は簡便な一方で、評価者間・患者間の解釈差が大きくなりがちです。「いつ・どんな動作で・どの程度息切れするか」を具体例で聴取し、カルテやリハ記録に残しておくと再現性が高まります。

  • NYHA・mMRC:症状の「種類」「頻度」「回復時間」を具体化して共有
  • SAS:活動リストを施設で標準化し、問診スクリプトを整備する
  • 6 MWT:コース長・励ましの声かけ・学習効果(2 回目の伸び)に注意

呼吸循環の急性増悪、安静時重度症状、コントロール不良の不整脈・血圧異常などは中止基準です。詳細は 呼吸評価のまとめ も併せて確認してください。

SAS(身体活動能力指数)のクイック参照

SAS は、「健康な同年代と同じペースでその活動ができるか」を問診し、不可になった最小 METs を記録するスケールです。代表的な例として、トイレ歩行(2 METs)、普通歩行(3–4 METs)、入浴(4–5 METs)、階段 2 階分(5–6 METs)などがあります。

心不全では NYHA だけでは見えにくい「どの ADL から息切れで諦めているか」を可視化でき、COPD など呼吸器疾患では mMRC と組み合わせることで、「症状の重さ」と「活動レベル」を結び付けて説明しやすくなります。

疾患別 ADL スケールとの位置づけ

COPD や慢性呼吸不全では、ADL-D(Activity of Daily Living Dyspnea scale)など、息切れによる ADL 障害に特化した質問票も報告されています。また、NEADL(Nottingham Extended ADL)や FAI など、拡大 ADL をみる尺度も選択肢になります。

これらの疾患特異的 ADL 尺度は、症状や QOL をより詳しく追う際に有用ですが、日常のリハビリ実務では BI / FIM に NYHA・mMRC・SAS・6 MWT を掛け合わせるだけでも、退院可否や在宅生活の実現性を判断するうえで十分な情報が得られます。本稿の「症状加味型 ADL」のフレームをベースに、症例や施設のリソースに応じて疾患別尺度を追加していくイメージが現実的です。

症状加味型 ADL 評価シートのダウンロード

ここまでの内容を 1 枚にまとめた「症状加味型 ADL 評価シート(A4)」を用意しました。BI / FIM の要点、NYHA・mMRC、SAS、6 MWT のキーメモを 1 シートで確認できるようにしてあります。病棟カンファレンスや退院調整カンファでの共有にもそのまま使えます。

症状×ADL 評価シート(A4)をダウンロード

リンクをクリックすると別タブで評価シートが開きます。印刷用に PDF として保存したい場合は、ブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を選択してください。院内標準フォーマットに合わせて加筆したい場合は、シートの構成だけ参考にしていただくのもおすすめです。

おわりに

実地では「介助量(BI・FIM)→症状(NYHA・mMRC・SAS)→耐容能(6 MWT)→ゴール設定→再評価」というリズムを持っておくことが、呼吸器疾患・心疾患のリハビリテーションでは重要です。症状を加味した ADL 評価のフレームを共有しておくことで、多職種間の認識ズレや「できるけど続かない ADL」を減らしやすくなります。

働き方を見直すときの抜け漏れ防止に、見学や情報収集の段階でも使える面談準備チェック(A4・5 分)と職場評価シート(A4)を無料公開しています。印刷してそのまま使えます。ダウンロードページを見る

よくある質問

各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。

教育体制に不安があるとき、転職はいつ検討すべき?

「心不全・呼吸器の症状加味型 ADL 評価を学べる環境がない」「評価や安全管理を独学で補っている状態が続いている」と感じる場合は、まず見学や情報収集の段階から動き始めるのがおすすめです。いきなり退職ではなく、今の職場でできる工夫と並行して、評価やリハビリテーションの教育体制が整った職場の選択肢を把握しておくと安心です。具体的なチェックポイントは、PT キャリアガイドの「注意サイン」一覧も参考にしてください。

参考文献

  1. Goldman L, et al. Advantages of a New Specific Activity Scale. Circulation. 1981;64:1227–34. DOI
  2. Yap J, et al. Correlation of NYHA Class and 6MWD. Arch Phys Med Rehabil. 2015. PubMed
  3. Myhre PL, et al. Change in 6MWT predicts survival in HFrEF. Eur J Heart Fail. 2024. PubMed
  4. Hlatky MA, et al. A Brief Self-Administered Questionnaire to Determine Functional Capacity (DASI). Am J Cardiol. 1989;64:651–654. PubMed
  5. JCS 心筋症診療ガイドライン 2018(表 49 SAS). PDF
  6. 三重県:身体活動能力質問表(SAS マニュアル抜粋). PDF
  7. ATS: Dyspnea instruments(mMRC ほか). Web
タイトルとURLをコピーしました