ベッド⇄車椅子移乗の動作分析(新人 PT が “型” で迷わない)
ベッド⇄車椅子移乗は、ADL の自立度・転倒リスク・退院先の判断に直結する “高頻度動作” です。新人 PT がつまずきやすいのは、介助の強さではなく観察→仮説→環境設定→声かけ→介助位置の順番が崩れることです。
本記事は、頻出の立位回旋移乗( stand-pivot transfer )を中心に、危ないときの代替としてスクワットピボットも扱い、4 相(準備→立ち上がり→回旋→着座)で “見る場所” を固定します。
この記事の対象動作(先に前提をそろえる)
対象は、①ベッド端座位→②立位にいったん上がり→③小さく回旋して→④車椅子へ着座する移乗です。移乗が不安定な症例は、立位回旋を避けてスクワットピボット(浅い立ち上がり+臀部の小移動)へ切り替えます。
リフト等の機器移乗は別テーマ(安全管理・装具・看護体制が絡む)なので、本稿では徒手での観察と介助設計に絞ります。
最初に確認する中止基準(転倒と痛みを先に潰す)
動作分析の前に “できる/できない” を決めます。迷ったら立位回旋を選ばないが安全側です。
| チェック項目 | OK の目安 | 方法変更・中止の目安 | 次の一手 |
|---|---|---|---|
| 立位保持 | 手すり・介助で 3–5 秒安定 | 立位で膝折れ/強いふらつき | スクワットピボット/2 人介助/機器検討 |
| 痛み | 疼痛 NRS 0–3 程度で動作継続可 | 強い股・膝・腰痛で代償増大 | 座面高・足位置・手支持を先に調整 |
| 注意・理解 | 合図で “止まる/待つ” が可能 | 衝動性・理解低下で急に動く | 声かけを短文化/手順を 1 つずつ |
| 麻痺側荷重 | 麻痺側にも “少し” 乗せられる | 麻痺側へ乗せると崩れる・恐怖 | 回旋量を減らす/座面差を無くす |
環境設定で 7 割決まる(観察前に “条件” を固定)
移乗の成否は、筋力よりも座面高・距離・角度・障害物で決まります。まず “環境の型” を揃えると、観察がブレません。
| 項目 | 推奨 | 新人がやりがち | 理由 |
|---|---|---|---|
| 角度 | 30–45° 程度(回旋を小さく) | 90° で真正面から | 回旋量が増え、膝折れ・足部の引っかかりが増える |
| 距離 | できるだけ近く(隙間を小さく) | 遠いまま持ち上げようとする | 前方移動が増え、介助量と転倒リスクが増える |
| 座面高 | できれば同高(または行き先を少し低く) | 行き先が高いまま | 着座時の “制動” が難しく、ドスン着座になりやすい |
| ブレーキ | 車椅子ブレーキ ON | 確認が後回し | “動く支持面” は転倒の引き金 |
| フットレスト | 外す/跳ね上げる | そのまま | 足部の引っかかり・膝打ちの原因 |
| 肘掛け | 移乗側は外す or 跳ね上げ | 肘掛け越しに跨がせる | 臀部の移動距離が増え、回旋で崩れやすい |
| 床条件 | 滑りにくい靴・床面 | 靴が合わないまま実施 | 踏み込みが効かず、股・膝の代償が増える |
4 相で相分けする(準備→立ち上がり→回旋→着座)
移乗を “一つの動作” として見ると情報量が多すぎます。相(フェーズ)で切ると、観察ポイントが固定されます。
相ごとの観察ポイント(これだけ見れば崩れ方が読める)
新人 PT は “全部見る” ほど迷います。各相で見るものを 3 つに固定し、崩れた相だけを修正します。
| 相 | 観察ポイント( 3 つ ) | よくある所見 | 解釈(仮説) | まず試す修正 |
|---|---|---|---|---|
| 相 1 準備 | ①足の引き込み ②前傾の量 ③臀部の前方移動 | 前傾が浅い/離殿できない | 股・膝の伸展トルクが先に必要になり失敗 | 足を後ろへ/「鼻を膝へ」短い合図 |
| 相 2 立ち上がり | ①膝折れ ②左右荷重 ③立位保持 3 秒 | 麻痺側へ乗らず健側へ逃げる | 恐怖・感覚低下・膝制御不足 | 座面高調整/スクワットピボットへ |
| 相 3 回旋 | ①小刻みステップ ②麻痺側足の追従 ③回旋量 | 麻痺側足が引っかかる/回れない | 足部の置き換えが間に合わない | 角度を浅く/距離を縮める/回旋を減らす |
| 相 4 着座 | ①座面へ触れる ②膝が先に抜けない ③制動 | ドスン着座/後方に倒れそう | 触覚手がかり不足・恐怖で後方へ引く | 「触れたら止まる」合図/座面を少し低く |
現場の詰まりどころ( “失敗の型” で最短修正)
移乗の失敗はパターン化できます。原因を “筋力不足” で片付けず、環境→相→声かけの順で修正すると、介助量がすぐ落ちます。
| 失敗パターン | 起きる相 | 見えるサイン | 原因(多い順) | 最短の修正 |
|---|---|---|---|---|
| 離殿できない | 相 1→2 | 前傾が浅い/腕で引く | 足が前/臀部が後ろ/座面高が低い | 足を引く→臀部前方→座面高調整 |
| 立った瞬間に膝折れ | 相 2 | 膝が急に屈曲/体幹が後方 | 前方荷重不足/膝制御不足/恐怖 | 前傾を増やす/膝前方ブロック/スクワットピボットへ |
| 回旋で足が絡む | 相 3 | 麻痺側足が床に残る | 角度がきつい/距離が遠い/フットレスト残存 | 角度を浅く/距離を詰める/障害物撤去 |
| ドスン着座 | 相 4 | 制動できず一気に落ちる | 座面が高い/触れる合図がない/疲労 | 座面差調整/「触れたら止まる」/休息 |
| 介助者が引っ張られる | 全相 | 上肢で “つかむ” | 手支持が不安定/恐怖/手順が一度に多い | 支持点を固定/合図を 1 文に短縮 |
声かけスクリプト(新人でもブレない短文)
声かけは “説明” ではなくタイミングのスイッチです。長い説明は動作中に崩れます。合図は短文+同じ言い回しで固定します。
| 場面 | 短い合図(例) | 狙い | NG 例 |
|---|---|---|---|
| 相 1 準備 | 「足を後ろ。おしり前。」 | 前方荷重の条件作り | 「姿勢を整えて…えっと…」 |
| 相 2 立ち上がり | 「鼻をひざ。せーの。」 | 前傾→離殿の同期 | 「腕で引いて立って」 |
| 相 2 立位安定 | 「止まる。 3 秒。」 | 回旋前に安定確認 | 「そのまま回って座って」 |
| 相 3 回旋 | 「小さく 2 歩。」 | 足の置き換え優先 | 「ぐるっと回って」 |
| 相 4 着座 | 「触れたら止まる。ゆっくり。」 | 制動とドスン防止 | 「はい座って」 |
介助位置の基本( “近位で守る” が崩れない)
移乗の介助は、末端(腕・手)を追うほど崩れます。基本は骨盤と体幹を近位で、膝折れが怖いときは膝の前方をブロックして “最悪の崩れ” を消します。
- 立ち上がり(相 2 ):骨盤(腸骨稜付近)を近位で保持し、必要なら膝前方の軽いブロックで膝折れを予防します。
- 回旋(相 3 ):回旋を “引っ張って回す” と足が遅れます。小刻みステップの時間を確保し、回旋量を減らします。
- 着座(相 4 ):骨盤を “後ろへ戻す” 介助が入ると、ドスン着座と後方転倒が減ります。
評価・記録テンプレ(カルテに落とす型)
記録は “できた/できない” だけだと次の介入に繋がりません。相ごとに 1 行で書くと、チーム共有が速くなります。
| 相 | 観察(事実) | 評価(解釈) | 次回の方針 |
|---|---|---|---|
| 相 1 準備 | 足部は前方、前傾浅く、臀部後方 | 前方荷重条件が不足 | 足引き込み+臀部前方の練習を先行 |
| 相 2 立ち上がり | 離殿は可能、立位で膝折れ 1 回 | 膝制御と恐怖が課題 | スクワットピボット併用、立位保持 3 秒を目標化 |
| 相 3 回旋 | 回旋で麻痺側足が遅れ、引っかかり | 回旋量と距離が過大 | 角度 30–45°、距離短縮、ステップ回数を指示 |
| 相 4 着座 | 座面へ触れた後にドスン着座 | 制動と触覚手がかり不足 | 座面差調整+「触れたら止まる」合図固定 |
よくある質問(FAQ)
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Q1. 立位回旋移乗とスクワットピボットは、どう使い分けますか?
A. 迷ったら “立位回旋を選ばない” が安全側です。立位回旋は、立位保持が安定し、回旋中も小刻みステップができるときに選びます。立位が不安定、膝折れがある、衝動性がある場合はスクワットピボットに切り替え、回旋量と床反力の要求を下げます。
Q2. 介助量が増えるのに、移乗が上手くなりません。
A. 多くは “環境設定” が先に崩れています。角度( 30–45° )、距離(近づける)、座面高(できれば同高)、障害物(フットレスト・肘掛け)を揃え、相 1 の前傾と足引き込みを作ってから介助量を決めると、急に楽になります。
Q3. 麻痺側の足が回旋で追いつきません。
A. “回旋を減らす” のが最短です。角度を浅くし、距離を詰め、回旋を小刻みステップで行います。引っ張って回すほど足は遅れるので、回旋の誘導より “足を置き換える時間” を作ります。
Q4. ドスン着座が直りません。
A. 相 4 は “触れる→止まる→降りる” の順番が大切です。座面が高いと制動が難しいので座面差を見直し、「触れたら止まる。ゆっくり。」の合図を固定します。骨盤を後方へ戻す介助が入ると、後方へ倒れる怖さも減ります。
参考文献
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著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下
おわりに
移乗は「環境をそろえる→相を切る→短い合図で同期→近位で守る→記録して再評価」の順で組み立てると、介助量が落ちて再現性が上がります。明日からの観察はまず “相 1 の準備” と “相 4 の制動” を固定し、失敗を “型” で回収していきましょう。

