しゃがみ込み・拾い上げ(床の物を取る)動作分析【新人 PT 向け】
臨床で迷いにくい「観察→記録→方針」の型を見る(PT キャリアガイド)
床の物を拾う動作は、在宅・病棟・外来のどこでも頻出なのに、転倒と腰痛のリスクが同時に立ち上がる “見落としやすい基本動作” です。新人 PT は「しゃがめる/しゃがめない」だけで終わらせると、原因が混ざって介入がブレます。
本記事では、しゃがみ込み・拾い上げを 4 相(準備→下降→把持→立ち上がり)で相分けし、観察ポイントを表で固定します。結論として、失敗は多くの場合「準備(足・物・支持)」「下降の戦略(股関節主導か腰主導か)」「把持時の停止」のどこかで起きます。
なぜ拾い上げを評価するのか(臨床的意義)
拾い上げは ADL の “小さな動作” に見えますが、実際には片脚支持・前方リーチ・体幹回旋・床反力の制御が重なり、転倒や疼痛を誘発しやすいです。特に回復期や生活期では、拾い上げができないことで「床に落ちた物を諦める」「無理に急いで転ぶ」につながりやすく、生活の自信を奪います。
評価の狙いは、フォームの正誤を決めることではなく、どの相で崩れるかを特定し、「環境調整」「動作手順」「練習課題」を具体化することです。相で止まれるようになると、指導も記録も一気に簡潔になります。
実施前の安全確認(中止基準と前提条件)
拾い上げは “床に近づくほど危険” になりやすい動作です。評価は安全条件を固定し、無理な反復は避けます。
| 項目 | OK の目安 | 方法変更・中止の目安 | 代替 |
|---|---|---|---|
| 立位保持 | 支持ありで 10 秒程度、ふらつき小 | 膝折れ/強いめまい/失神前兆 | 支持物を追加、まずはリーチ課題へ |
| 腰・股・膝の疼痛 | NRS 0–3 程度で動作継続可 | 鋭い痛み、荷重不能、しびれ増悪 | 高さを上げて拾う(台上)、可動域評価へ |
| 床条件 | 滑りにくい床、障害物なし | 濡れ・段差・コード類がある | 環境整理、位置マーカーで条件固定 |
| 理解・注意 | 合図で “止まる/待つ” が可能 | 急いで動く、手順が入らない | 合図を 1 文に短縮、介助量を上げる |
セッティング(物の位置・足幅・支持)で観察が安定する
拾い上げは、物の位置が毎回違うと動作戦略が変わり、評価がブレます。まずは条件を固定して “比較できる観察” にします。
| 項目 | 推奨 | 新人がやりがち | 理由 |
|---|---|---|---|
| 物の位置 | 足元の前方、距離を一定にする | 毎回違う場所に置く | リーチ量が変わり、原因が混ざる |
| 物の大きさ | つまめる小物(ペン等)で統一 | 大きさが異なる物を使う | 把持戦略が変わる |
| 足幅 | 肩幅程度(安定を優先) | 狭い足幅のまま | 支持基底面が狭くふらつきやすい |
| 支持の有無 | 必要なら片手支持を許可 | 支持なしで反復する | 恐怖が増え、腰主導になりやすい |
| 合図 | 「止まる→拾う→止まる」 | 一息で続ける | 把持時の崩れを見逃しやすい |
動作分析の型:拾い上げを 4 相に相分けする
拾い上げは、相を切ると “どこが弱いか” が一気に見えるようになります。まずは相 2(下降)で「股関節主導(ヒンジ)なのか、腰主導(体幹屈曲頼み)なのか」を見分け、相 3(把持)で “止まれるか” を確認します。
相別の観察ポイント(見る場所を 3 つに固定)
拾い上げは “全部見る” と確実に迷います。各相で見る場所を 3 つに固定し、崩れた相だけを修正します。
| 相 | 観察ポイント( 3 つ ) | よくある所見 | 解釈(仮説) | まず試す修正 |
|---|---|---|---|---|
| 相 1 準備 | ①足幅 ②物の距離 ③支持 | 足が狭い/物が遠い | 支持基底面が狭く、前方リーチで崩れる | 足幅を広げ、物を近づける |
| 相 2 下降 | ①股関節主導 ②膝追従 ③体幹安定 | 腰だけ丸めて降りる | 股関節戦略が弱く、腰主導で負担増 | 股関節を後ろへ引く合図(ヒンジ) |
| 相 3 把持 | ①停止 ②片脚支持 ③手先操作 | 止まれず前へ倒れる | 重心が前に出過ぎ、制動が不足 | 「止まる→拾う」を入れる |
| 相 4 立ち上がり | ①股・膝伸展 ②視線 ③最終安定 | 立ち上がりでふらつく | 支持脚の出力不足、足部戦略が弱い | 支持を追加し、速度を落とす |
現場の詰まりどころ(よくある失敗の “型” )
拾い上げの失敗は、パターンとして整理できます。原因を “筋力不足” で終わらせず、条件→相→合図の順で修正すると、短期間で安全性が上がります。
| 失敗パターン | 起きる相 | 見えるサイン | 原因(多い順) | 最短の修正 |
|---|---|---|---|---|
| 前へ倒れそうで手を床につく | 相 2→3 | 踵が浮く/重心が前へ | 物が遠い/足幅が狭い/恐怖 | 物を近づけ、足幅を広げ、支持を許可 |
| 腰を丸めて拾い、腰痛が出る | 相 2 | 股関節が動かず体幹屈曲のみ | 股関節戦略不足/可動域・恐怖 | ヒンジ合図(お尻を後ろへ)+高さを上げる |
| 拾う瞬間にふらつく | 相 3 | 止まれない/膝が崩れる | 制動不足/片脚支持の増加 | 「止まる→拾う→止まる」を固定 |
| 立ち上がりでよろける | 相 4 | 立ち上がり速度が速い | 下肢出力不足/足部戦略不足 | 速度を落とし、支持を追加して成功条件を作る |
| 左右差が強く片側に偏る | 相 2→4 | 健側荷重が強い | 支持脚の選択/疼痛/感覚低下 | 物の位置を調整して “偏りが少ない条件” を探す |
声かけ(短文)と介助の考え方
拾い上げは説明を増やすほど、止まれずに一息で動いて崩れやすいです。声かけは “同期” が目的なので、短文に固定します。
| 場面 | 短い合図(例) | 狙い | NG 例 |
|---|---|---|---|
| 相 1 準備 | 「足、広く。物、近く。」 | 条件固定で恐怖を下げる | 「いい感じで拾って」 |
| 相 2 下降 | 「お尻、後ろ。背中、長く。」 | 股関節主導(ヒンジ)を促す | 「腰を曲げないで」 |
| 相 3 把持 | 「止まる。拾う。」 | 把持時の制動を入れる | 「そのまま一気に」 |
| 相 4 立ち上がり | 「ゆっくり。止まる。」 | 最終安定の確保 | 「はい次!」 |
記録テンプレ(相+事実+仮説)の型
拾い上げは “フォーム” ではなく、相と事実で記録すると再評価が成立します。おすすめは「相」「事実(見えたこと)」「仮説」「修正結果」を 1 行ずつ残すことです。
| 相 | 観察(事実) | 評価(解釈) | 次回の方針 |
|---|---|---|---|
| 相 1 準備 | 足幅が狭く、物が前方へ遠い | 支持基底面が狭く前方リーチで崩れやすい | 物の距離と足幅を固定して再評価 |
| 相 2 下降 | 体幹屈曲優位で股関節の引きが少ない | 腰主導で腰部負担が増えやすい | ヒンジ合図+支持あり条件で動作学習 |
| 相 3 把持 | 把持時に止まれず、前方へふらつく | 制動不足で転倒リスクが上がる | 「止まる→拾う」を固定して比較 |
| 相 4 立ち上がり | 立ち上がりで速度が速く、最終安定が不十分 | 下肢出力不足、足部戦略が弱い | 速度低下+支持追加で成功条件を確保 |
よくある質問(FAQ)
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
Q1:しゃがみ込みは “スクワット” が正解ですか?
A:正解は 1 つではありません。目的は “安全に拾える条件” を作ることです。股関節主導(ヒンジ)で腰負担を減らせる人もいれば、膝が不安定でスクワットが危険な人もいます。相 2(下降)で腰主導になりやすい場合は、物の高さ・距離・支持を調整して、まずは安全に再現できる戦略を優先します。
Q2:拾う瞬間にふらつくのはなぜですか?
A:相 3(把持)では、手先操作で一時的に支持が減り、片脚支持が増えやすいです。止まれずに一息で拾うと、重心が前へ出て崩れます。「止まる→拾う→止まる」を入れるだけで安定するケースが多いです。
Q3:腰痛がある人は拾い上げ練習を避けるべきですか?
A:痛みが強い時期は避けますが、条件を調整して “腰主導” を減らせるなら評価と練習は有効です。まずは物の高さを上げる(台上)・支持を追加する・距離を近づける、の順で負担を下げて、相 2(下降)の戦略を確認してください。
Q4:片麻痺ではどちら側に物を置くと安全ですか?
A:一概に決めず、「崩れが少ない条件」を探すのが安全です。物の位置を少しずつ変えて、相 3(把持)で止まれるか、相 4(立ち上がり)でふらつきが増えないかを比較します。評価では “置き場所” を記録して再現できるようにします。
参考文献
- van Dieën JH, Hoozemans MJM, Toussaint HM. Stoop or squat: a review of biomechanical studies on lifting technique. Clin Biomech (Bristol). 1999;14(10):685-696. doi: 10.1016/S0268-0033(99)00031-5 / PubMed: 10545622
- Bazrgari B, Shirazi-Adl A, Arjmand N. Analysis of squat and stoop dynamic liftings: muscle forces and internal spinal loads. Eur Spine J. 2007;16(5):687-699. doi: 10.1007/s00586-006-0240-7 / PubMed: 17103232
- Kingma I, de Looze MP, Toussaint HM, et al. How to lift a box that is too large to fit between the knees. Ergonomics. 2010;53(10):1228-1238. doi: 10.1080/00140139.2010.512983 / PubMed: 20865606
- Alexander NB, Ulbrich J, Raheja A, Channer D. Rising from the floor in older adults: results of a floor rise test. J Am Geriatr Soc. 1997;45(5):564-569. doi: 10.1111/j.1532-5415.1997.tb03088.x / PubMed: 9158576
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下
おわりに
拾い上げは「条件固定→相分け→相 2 で股関節主導を作る→相 3 で止まる→相 4 はゆっくり制動」というリズムで見ると、観察と介入が繋がります。まずは物の位置・足幅・支持の有無を固定し、同じ条件で “どの相が崩れるか” を記録していきましょう。
面談準備のチェックや、職場の安全文化を見極める視点もセットで整えると、臨床の伸びが速くなります。必要なら 面談準備チェック&職場評価シート も活用して、次の一手を迷いにくくしておきましょう。

