USN(半側空間無視)の評価から退院先を判断する視点
評価結果を「方針」に変える組み立て方を見る( PT キャリアガイド )
USN(半側空間無視)は、検査で陽性かどうかよりも「どの生活場面で事故が起きるか」を特定できるかが退院支援の勝負どころです。転倒・衝突・逸脱(進行方向のズレ)・服薬や更衣の抜けなどは、 ADL の点数だけでは見落とされやすく、退院後のトラブルに直結します。
本記事では、抹消課題・線分二等分・二重同時刺激などの所見を、生活リスク → 退院条件(要件)→ 退院前にやること → 書類の例文へ翻訳する「変換の型」をまとめます。検査手順の詳説ではなく、意思決定(自宅/施設/転院)に効く視点に絞って整理します。
結論: USN は「探索・身体中心・注意容量」を “事故の場面” に落とす
退院判断に使う USN の見立ては、次の 3 つに分けると迷いが減ります。①探索(見落とし) ②身体中心・進行方向(ズレ/逸脱) ③注意容量(複数課題で崩れる)です。いずれも、検査結果そのものより「危険が出る場面」を特定し、退院後の条件(人・環境・サービス)へ変換することが目的です。
同じ “ USN あり” でも、危険場面が「屋外歩行」「夜間トイレ」「入浴」「車椅子操作」などどこに集中するかで、必要な支援量は大きく変わります。したがって、退院支援では “重症度ラベル” より “要件化” を先に行うのが実務的です。
ステップ 1:退院判断に効く “ 3 視点” を先に決める
| 視点 | 見えやすい問題 | 事故が起きやすい場面 | 退院支援でのゴール |
|---|---|---|---|
| 探索(見落とし) | 片側の物品・段差・人に気づかない | 歩行の衝突、車椅子の接触、配膳の片残し、整容の抜け | 環境配置とスキャンのルール化で “見落とし事故” を減らす |
| 身体中心・進行方向 | 身体の中心がズレる、進行方向が逸れる | 移乗のずれ、狭所での転倒、車椅子操作の逸脱 | 介助の立ち位置と動線を固定し “ズレ事故” を減らす |
| 注意容量(複数課題) | 話す・考える・探すで一気に崩れる | 方向転換、混雑、段差、屋外、夜間トイレ | 危険場面の条件を明文化し “見守り条件” を作る |
ステップ 2:検査所見を「生活リスク」に翻訳する
ここでは検査の “やり方” ではなく、所見の読み替えに集中します。ポイントは「所見 → 事故場面 → 退院条件」の順番です。条件は、人(見守り・介助)/環境(配置・動線・段差)/サービス(訪問介護・通所・福祉用具)へ分解すると、チームで共有しやすくなります。
| 所見の例 | 生活で起きやすいリスク | 退院条件(要件) | 退院前にやること(優先) |
|---|---|---|---|
| 抹消課題で片側の見落としが目立つ | 衝突、段差見落とし、物品探索に時間がかかる | 危険物の片側配置回避、動線上の障害物除去、見守りの時間帯設定 | 病棟動線でスキャン手順を固定、左側からの声かけルールを統一 |
| 線分二等分で偏位が大きい(中心ズレ) | 移乗でずれる、車椅子が片寄る、狭所で接触しやすい | 移乗の位置決め(椅子の角度・距離)、介助者の立ち位置固定、狭所は見守り | 移乗を “同じセッティング” で反復、狭所と方向転換を先に練習 |
| 二重同時刺激で消去がある(注意容量が小さい) | 二重課題でふらつき増、会話しながら移動で事故 | 屋外・混雑・段差は見守り必須、タスク分割(止まって考える)を徹底 | “止まって確認” の合図を作る、段差・方向転換は単一課題で型を作る |
| 日常場面で片側探索不足が残る(観察で明確) | 更衣・整容・食事で片側が抜ける、服薬や準備が漏れる | 物品配置の固定、手順をチェックリスト化、家族が声かけを統一 | 更衣・整容を “手順の型” で反復、準備物を 1 か所に集約 |
ステップ 3:退院先は「可/不可」ではなく「条件(要件)」で決める
USN があるときの退院判断は、「自宅に戻れるか」ではなく「自宅に戻るために何が必要か」を先に言語化する方がブレません。以下は “軽度/中等度/重度” を、点数ではなく要件で整理した例です。実務では、この要件が満たせるかどうかが意思決定の核になります。
| 段階(要件の考え方) | 危険場面の特徴 | 自宅退院の条件(要件) | 満たせない場合の選択肢 |
|---|---|---|---|
| 軽度(場面限定で危険が出る) | 段差・方向転換・屋外でリスクが上がる | 危険場面は見守り、動線整備、声かけルール統一 | 短期入所の併用、通所導入で見守り時間を確保 |
| 中等度(見守りが外れにくい) | 屋内でも衝突や逸脱が出る、手順抜けが残る | 日中の見守り確保、物品配置固定、移乗・移動の介助型統一、支援量の確保 | 支援量が組めない場合は施設/転院を検討 |
| 重度(事故が頻発しやすい) | 移動・移乗・準備の多くで危険が出る | 常時見守りに近い体制、環境改修の大幅調整、介助者複数の確保 | 施設・転院が現実的(支援量と安全確保を優先) |
家屋調査・退院前訪問で見るポイント( USN 版チェック)
USN の退院支援では、家屋調査で “転倒しやすい場所” を探すだけでなく、「探索が抜ける構造」そのものを減らすことが重要です。以下は、退院前訪問や退院前指導で確認すべきポイントです。
| 確認ポイント | 事故が起きやすい理由 | 調整の方向性(例) | 指導で統一する一言(例) |
|---|---|---|---|
| 動線(玄関〜トイレ〜寝室) | 狭所・曲がり角で探索が抜ける | 障害物を減らす、曲がり角に目印、通路幅の確保 | 曲がる前に止まって左右を確認してから進みます |
| 物品配置(重要物品の置き場) | 片側の見落としで準備漏れが起きる | 置き場を 1 か所に集約、定位置化、ラベル化 | 必要な物は “ここだけ” に置きます |
| 夜間(トイレ・照明・段差) | 注意容量が落ち、段差や障害物を見落としやすい | 足元灯、段差の目印、手すり、必要ならポータブル | 夜は急がず、手すりを持って進みます |
| 入浴(浴室入口・洗い場) | 狭所+滑る環境で衝突・転倒 | 導線の単純化、手すり、滑り止め、介助位置の固定 | 浴室は必ず見守りで、立つときだけ支えます |
書類に落とす例文テンプレ(家族説明/ケアマネ共有)
以下は “穴埋め” で使える例文です。角括弧[ ]を埋めると、退院支援会議や情報提供の文章が作れます。ポイントは「所見」ではなく「危険場面」と「条件(要件)」を主語にすることです。
| 用途 | 例文テンプレ(穴埋め) | 埋める要素 |
|---|---|---|
| 退院支援カンファ要約( 4 行 ) | USN により[衝突/逸脱/手順抜け]が[場面]で出やすい。 危険場面は[段差/方向転換/夜間トイレ/入浴]。 自宅退院の条件は ①[環境調整]②[見守り時間帯]③[支援導入]。 再評価は[ 2 週/ 1 か月]で実施し、条件の見直しを行う。 |
危険の型、危険場面、要件、再評価 |
| 家族説明(短文) | 家では[できること]はご本人で行えますが、[危険場面]ではぶつかる・倒れる可能性があります。[止まって確認/手すり使用]を徹底し、[時間帯]は必ず見守りをお願いします。 | できること、危険場面、行動ルール、見守り |
| ケアマネ共有(依頼事項) | 退院後は[場面]で見守りが必要です。[訪問介護/通所]の導入と、[手すり/段差対策/照明]の調整をご相談ください。生活場面での安全確認後に見守り条件の緩和を検討します。 | 支援場面、支援種別、環境整備 |
| チーム内共有(介助の型) | 移動・移乗は[介助者の立ち位置]を固定し、曲がり角は “止まって左右確認” を共通ルールとする。夜間は[手すり/足元灯]を前提に動線を固定する。 | 立ち位置、共通ルール、夜間条件 |
現場の詰まりどころ:よくある失敗と直し方
| 失敗 | なぜ起きるか | 直し方(型) | 修正文(例) |
|---|---|---|---|
| “ USN あり” だけで共有してしまう | 危険場面が特定されず、支援設計が進まない | 「危険場面」→「条件(要件)」の順で 2 行にする | 方向転換と夜間トイレで衝突・転倒リスクが高い。自宅は夜間見守りと動線整備を条件とする。 |
| “見守りしてください” が曖昧 | 家族の見守りが “何を見ればよいか” 不明 | 見守り条件を「場面」「時間帯」「行動ルール」で固定 | 曲がり角は止まって左右確認。夜間トイレは必ず同行(足元灯+手すり使用)。 |
| 家屋調査が “段差探し” で終わる | 探索が抜ける構造(狭所・配置)が残る | 動線・配置・夜間の 3 点で “探索しやすい家” に寄せる | 重要物品を 1 か所に集約し、通路の障害物を減らして動線を固定する。 |
| 退院後に “条件緩和の基準” がない | 見守りが外れる/外れないが感覚的になる | 再評価時期と “事故が起きない条件” を記録する | 2 週後に夜間トイレの安全を再確認し、問題なければ見守り条件を再検討する。 |
よくある質問
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Q1. 検査が軽度でも、退院後に転倒するのはなぜですか?
A. 病室は環境が整っており、動線も単純なため “事故が起きる条件” が隠れやすいです。退院後は狭所・曲がり角・段差・夜間など条件が増え、探索や注意容量の問題が表面化します。評価は「危険が出る場面」を先に特定し、条件(要件)として残すのが有効です。
Q2. 自宅退院に必要な条件はどう書けばよいですか?
A. 人(見守り・介助)/環境(動線・配置・段差)/サービス(訪問介護・通所)に分けて列挙してください。「夜間は同行」「曲がり角は止まって確認」「重要物品は定位置」など、具体的な行動ルールまで書くと支援設計が進みます。
Q3. 家族に “見守り” をお願いするときのコツは?
A. “何を・いつ・どう見るか” を 1 つに絞って伝えることです。例)「夜間トイレは必ず同行」「曲がる前に止まって左右確認」など、場面とルールを固定すると家族の負担感も下がります。
Q4. 退院後の再評価は何を見ればよいですか?
A. 点数よりも「事故が起きない条件が増えたか」を見ます。衝突や逸脱が出る場面、夜間の安全、外出時の見守り条件などを記録し、条件を段階的に緩和できるかを検討します。
おわりに
USN の退院支援は、検査の陽性を並べるのではなく「危険場面の特定 → 条件(要件)化 → 退院前の優先練習 → 家族・多職種への共有 → 再評価」の流れを固定することが要点です。この “リズム” が揃うと、退院先の判断も支援設計も一気に進みます。
参考文献
- Heilman KM, Valenstein E. Mechanisms underlying hemispatial neglect. Ann Neurol. 1979. PubMed
- Azouvi P, Marchal F, Samuel C, et al. Functional consequences and awareness of unilateral neglect: Study with the Catherine Bergego Scale. Arch Phys Med Rehabil. PubMed
- Halligan PW, Marshall JC. The behavioural assessment of visual neglect. Neuropsychol Rehabil. PubMed
- Winstein CJ, Stein J, Arena R, et al. Guidelines for Adult Stroke Rehabilitation and Recovery. Stroke. 2016;47(6):e98-e169. doi: 10.1161/STR.0000000000000098
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

