診療記録(カルテ)の書き方総論:構造化で時短

制度・実務
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はじめに:診療記録(カルテ)は「再現できる臨床」を残す道具です

臨床で迷わない評価→介入の進め方をまとめて見る( PT キャリアガイド )

診療記録(カルテ)は、単なる「メモ」ではなく、他者が読み返しても 経過・判断・次の一手が再現できるように残す“臨床の証拠”です。書き方が整うほど、引き継ぎ・カンファ・監査対応がラクになり、結果として患者さんの安全とアウトカムに直結します。

本記事は、PT / OT / ST の実務で困りやすい「何を書けば成立する?」「主観と客観の線引きは?」「訂正はどうする?」を、最低ライン → よくある失敗 → 時短のコツの順に整理します。最後に、すぐ使える点検表と FAQ も用意しました。

結論:まずは「 5 つの要件」が揃えば、記録は崩れません

診療記録が弱くなる典型は「計画だけ立派で、根拠と経過が薄い」ことです。逆に言えば、①評価(データ)→②解釈(臨床推論)→③計画(目的と手段)→④実施(介入の中身)→⑤反応(結果と次回)が揃えば、最低ラインはほぼ守れます。

この 5 点は、書式( SOAP / 問題志向 / 自施設テンプレ )が違っても共通です。まずは「構造」を固定し、次に“数字・観察・介助量”などの 客観性で強度を上げる、という順番が最短です。

5 分で点検できる「最低ライン」チェック

忙しい日にこそ、完成度を上げるより 欠落を減らす方が効きます。以下の表は、記録を閉じる前に 5 分で見直すためのチェックです。自分の文章を責めるのではなく、要素が揃っているかだけを機械的に確認します。

特に抜けやすいのは「評価の根拠(データ)」と「次回の評価指標」です。ここが埋まると、同僚が読んでも経過が追え、あなた自身も次の治療で迷いにくくなります。

診療記録の最低ライン: 5 分点検表( PT / OT / ST )
観点 書けている例 抜けたときに起きること 1 行で足すなら
評価(データ) 痛み NRS、TUG、介助量、 SpO2、食形態など 根拠がなく「印象」扱いになる 数字 or 観察語+条件(装具・介助・環境)
解釈(推論) 何が阻害因子で、どこを優先するか 計画の妥当性が伝わらない 「〜のため、〜を優先」
計画(目的と手段) 目標+介入内容+頻度/強度+中止基準 実施の一貫性が崩れる 「次回は〜を〜条件で」
実施(中身) 実施量、負荷、介助、課題、指導内容 やったことが追えない 「〜を 10 回× 2 、介助〜」
反応(結果と次回) 反応、変化、課題、次回の評価指標 経過がつながらない 「次回は〜で再評価」

記録の型は「 SOAP 」でなくても OK :ただし “順番” は守ります

型は施設で決まっていることが多く、 SOAP でなくても問題ありません。重要なのは、読み手が迷わない 順番になっていることです。順番が整うと、同じ情報量でも読みやすくなり、引き継ぎや監査での説明コストが下がります。

SOAP は “順番を強制してくれる” ので新人に向きます。具体的な書き分け( S / O / A / P の境界や例文 )は、既存の SOAP 記事にまとめました。まずは総論で「要件」と「 NG 」を押さえ、そのあと各論で精度を上げるのが近道です。

記録フォーマットの選び方(目的別)
目的 向きやすい型 強み 弱み(対策)
新人の記載を安定させたい SOAP 順番が固定で抜けが減る A が薄くなりやすい(推論 1 行追加)
多問題を長期で追いたい 問題志向(問題リスト) 課題と介入が紐づく 記録が散らばる(見出しを固定)
時短で質を落としたくない テンプレ+追記 最低ラインを自動で埋める コピペ事故(当日データを必ず入れる)

現場の詰まりどころ:書けない原因は「情報不足」ではなく「整理不足」です

「何を書けばいいか分からない」は、情報がないのではなく、情報の置き場所が決まっていないケースが多いです。先に “箱(見出し)” を作り、観察・数値・反応を置くだけにすると、迷いが激減します。

特に詰まりやすいのは、主観と客観の混在、 A(解釈)の空白、 P(計画)の曖昧さです。下の表の “修正 1 行” をそのまま追記すると、最低ラインに戻せます。

よく詰まる場面と、修正 1 行の型
詰まり ありがちな書き方 なぜ弱い? 修正 1 行の型
主観と客観が混ざる 「歩行が不安定」 条件と根拠が不明 「 T 字杖+見守り、右荷重でふらつき 2 回」
A が書けない 「経過観察」 優先順位が伝わらない 「〜が阻害因子のため、〜を優先」
P が曖昧 「練習を継続」 再現できない 「次回は〜を〜条件で、〜を指標に再評価」

訂正・追記:やってはいけないのは「消すこと」です

紙カルテでも電子カルテでも、後からの訂正は “改ざんに見えない” 形が基本です。共通して避けたいのは、修正液・修正テープ・塗りつぶしなど、元の記載が判読できなくなる方法です。紙の場合は二重線で残し、必要事項を追記する運用が一般的です。

電子では「訂正・追記の履歴(いつ・誰が)」が残る形で行い、原記録を消さない設計が重要です。施設ルールがある場合はそれを優先しつつ、迷ったら「原記録を残す」「日付と記録者が分かる」を守ると安全です。

訂正の OK / NG(紙・電子の共通原則)
やり方 判定 理由 代替案
修正液・修正テープ・塗りつぶし NG 原記録が判読できず、改ざんに見える 原記録を残し、追記で補う
紙で二重線+追記(誰が・いつ) OK 訂正前が分かり、経緯が残る 訂正理由を 1 行添える
電子で履歴が残る訂正・追記 OK 真正性(誰が・いつ)が担保される テンプレで「追記」欄を固定

電子カルテの時短術:テンプレは「空欄を残す」ために使います

時短の本質は “文章を速く打つ” ではなく、抜けを防ぎ、探す時間を減らすことです。テンプレは便利ですが、埋めたつもりで当日データが入っていないと逆効果になります。コピペは “事故の温床” なので、毎回必ず更新する欄を決めておきます。

おすすめは、テンプレで「箱だけ」作り、当日更新が必要な項目(数値・反応・次回指標)を 太字で自分に指示する方法です。たとえば「 O:数値(条件)」「反応」「次回の指標」の 3 つだけでも、書く質が安定します。

よくある質問( FAQ )

各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。

Q1.「主観」と「客観」の境界が分かりません

A.迷ったら「第三者が再現できるか」で判断します。患者さんや家族の発言は S 、測定値・観察所見・介助量・条件(装具 / 環境 / 速度など)は O に置くとブレにくいです。S に数値を入れても構いませんが、その場合も「誰が言ったか」が分かる形にします。

Q2. A(解釈)が毎回うすくなります

A. A は長文でなくて大丈夫です。「所見 → 解釈 → 優先順位」を 1 文でつなぎます(例:「右下肢の荷重回避が強く歩行が不安定なため、荷重練習と痛みコントロールを優先」)。

Q3.忙しい日は “書けたら書く” になってしまいます

A.完成度より欠落を減らします。本文中の「 5 分点検表」を使い、まず 5 要件が揃っているかだけ確認し、数字と次回指標を最優先で追記します。

Q4.テンプレや定型文は使っていいですか?

A.使って OK です。ただし、当日データが更新されないと品質が落ちます。テンプレは「箱」作りに使い、数値・反応・次回指標は毎回必ず更新する、と決めると安全です。

参考文献

  • Weed LL. Medical records that guide and teach. N Engl J Med. 1968;278(11):593-600. doi: 10.1056/NEJM196803142781105 / PubMed: 5637758
  • Podder V, et al. SOAP Notes. StatPearls. Updated 2023. NCBI Bookshelf: NBK482263
  • 厚生労働省 医政局医事課. 診療録の保存年限に係る現行法令上の規定について(令和 6 年 3 月 22 日 資料). PDF
  • 日本病院会 ほか. 診療情報の記録指針( 2021 ). PDF
  • 厚生労働省 地方厚生(支)局. 個別指導等における主な指摘事項(診療録の訂正方法等を含む). PDF

おわりに:評価 → 解釈 → 計画 → 実施 → 反応 → 再評価、を記録でつなぎます

診療記録は、上手な文章よりも 安全の確保 → 段階介入 → 反応の記録 → 再評価のリズムが残っていることが価値になります。まずは「 5 要件」と「 5 分点検」を固定し、慣れてきたら A と P の精度を上げていくと、忙しい日でも崩れにくくなります。

面談の準備を短縮するチェックや、転職先の“記録文化”を見抜く視点もセットで持っておくと、日々の実務がラクになります(記事末の関連記事に、面談準備チェック&職場評価シートのページを置いています)。

著者情報

rehabilikun(理学療法士)

rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。

  • 脳卒中 認定理学療法士
  • 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
  • 登録理学療法士
  • 3 学会合同呼吸療法認定士
  • 福祉住環境コーディネーター 2 級

専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

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