胸郭拡張差の測定方法|測定部位・基準値・記録

臨床手技・プロトコル
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胸郭拡張差は、最大吸気時の胸囲から最大呼気時の胸囲を引いて求める、胸郭可動性の簡便な評価です。巻尺があればベッドサイドで測定できますが、巻尺の高さ、体位、上肢位置、呼吸の指示が変わると、前回値と単純に比較できません。

測定では、腋窩部、剣状突起部、第10肋骨部などから目的に合う高さを選び、同じ条件で最大呼気時と最大吸気時の胸囲を測ります。この記事では、胸郭拡張差の測定方法、測定部位、基準値の考え方、誤差を減らす記録方法を整理します。

呼吸数、SpO₂、呼吸困難、聴診、咳嗽力などを含む評価全体は、呼吸理学療法の評価項目|順番・使い分け・記録例から確認できます。

胸郭拡張差は最大吸気時と最大呼気時の胸囲差

胸郭拡張差は、同じ高さで測った最大吸気時と最大呼気時の胸囲の差です。数値が大きいほど測定部位の周径変化が大きく、小さいほど周径変化が小さいことを示します。

計算式は次のとおりです。

胸郭拡張差(cm)=最大吸気時の胸囲-最大呼気時の胸囲

胸郭拡張差を測定するときの基本条件
項目 確認する内容
測定部位 腋窩部、剣状突起部、第10肋骨部などから選び、位置を記録する
体位 端座位、椅子座位、立位、背臥位など、保持可能な体位に統一する
上肢位置 下垂位、胸の前で組むなど、巻尺を妨げない位置に統一する
呼吸条件 最大呼気と最大吸気を使用したか、安静呼吸を使用したかを区別する
測定値 吸気時胸囲、呼気時胸囲、両者の差を記録する
再評価 測定部位、体位、上肢位置、指示方法を前回とそろえる

胸郭拡張差は、胸囲全体の変化を示す指標です。巻尺による測定だけでは、右胸郭と左胸郭のどちらが動きにくいかを直接測定できません。左右差を確認する場合は、視診や触診による胸郭運動の観察を組み合わせます。

測定部位は腋窩・剣状突起・第10肋骨から選ぶ

胸郭拡張差には、すべての対象者へ共通する単一の測定部位があるわけではありません。臨床や研究では、上部胸郭、中部胸郭、下部胸郭を反映する位置として、腋窩部、剣状突起部、第10肋骨部などが用いられています。

胸郭拡張差で使用される主な測定部位
測定部位 巻尺を合わせる位置 測定時の注意点
腋窩部 左右の腋窩直下を通る上部胸郭 上肢位置によって巻尺の高さが変わりやすい
剣状突起部 胸骨剣状突起の高さを通る胸郭 巻尺が斜めにならないよう背部の高さも確認する
第10肋骨部 左右の第10肋骨の高さを通る下部胸郭 肋骨弓や腹部へ巻尺がずれないよう位置を確認する
胸郭拡張差の測定部位である腋窩部、剣状突起部、第10肋骨部と、最大吸気時胸囲から最大呼気時胸囲を引く計算方法
図1 胸郭拡張差は、腋窩部・剣状突起部・第10肋骨部などから測定位置を選び、同じ部位における最大吸気時胸囲と最大呼気時胸囲の差として求めます。

上部胸郭の測定には、第3肋骨や第3肋間を基準とする研究もあります。腋窩部と第3肋骨部は完全に同じ測定位置ではないため、記録上は単に「上部胸郭」とせず、実際に巻尺を置いた骨指標を残してください。

3部位すべてを毎回測る必要はありません。目的とした部位を選び、同一対象者の経過を追う場合は、その位置を変えずに再測定することが重要です。

胸郭拡張差を測定する手順

測定前に呼吸状態と体位保持能力を確認します。測定によって無理な最大呼吸を繰り返す必要がないよう、手順を説明してから巻尺を当てます。

1.測定可能な状態か確認する

安静時の呼吸数、呼吸困難、SpO₂、胸痛、めまい、疲労などを確認します。急激な呼吸状態の変化や強い胸痛がある場合は、胸郭拡張差の測定より状態評価と報告を優先します。

胸部・腹部の術創、胸腔ドレーン、骨折、皮膚障害、医療機器がある場合は、巻尺による圧迫や接触が問題にならないか確認してください。

2.体位と上肢位置を決める

端座位または椅子座位では、骨盤を安定させ、足底を接地し、体幹を大きく前後左右へ傾けない姿勢をとります。座位保持が難しい場合は背臥位でも測定できますが、座位の値と背臥位の値を同じ条件として比較することはできません。

上肢は巻尺を通すときだけ挙上し、測定時にはあらかじめ決めた位置へ戻します。腋窩部では上肢の挙上角度や肩甲帯の位置が胸郭周径へ影響するため、毎回同じ位置にそろえます。

3.骨指標を確認して巻尺を水平に当てる

剣状突起や第10肋骨など、選択した骨指標を確認します。巻尺を胸郭に一周させ、前面・側面・背面で同じ高さを通っているか確認してください。

巻尺は皮膚に沿わせますが、軟部組織へ食い込むほど締めません。反対に、皮膚から浮いてたるんでいると値が大きくなります。厚い衣服の上からは測らず、可能な範囲で測定部位を直接確認します。

4.最大呼気時の胸囲を測る

普段どおり数回呼吸してもらった後、「ゆっくり息を吐き切ってください」と説明します。呼気終末で息を止めてもらい、巻尺の値を読みます。

体幹を前屈させたり、腹部を強く引き込んだりすると、呼吸以外の動作が測定値へ混ざります。姿勢が変わった場合は、その値をそのまま採用せず、体位を整えて測り直します。

5.最大吸気時の胸囲を測る

続いて「できる範囲でゆっくり大きく吸ってください」と説明し、最大吸気時の胸囲を読みます。肩をすくめる、腰を反らす、体幹を後方へ倒すなどの代償が強い場合は、その所見も記録します。

最大呼吸が難しい対象者では、測定値が理解力、努力、疼痛、疲労の影響を受けます。「最大吸気」「最大呼気」という指示を理解して実施できたかを、数値と分けて残してください。

6.胸郭拡張差を計算する

最大吸気時の胸囲から最大呼気時の胸囲を引きます。

例:剣状突起部の最大吸気時胸囲が86.2cm、最大呼気時胸囲が82.8cmの場合、胸郭拡張差は3.4cmです。

同じ手順で複数回測定し、値が安定しているか確認します。ただし、測定回数や採用値の決め方には複数の方法があります。施設内では、最大値、平均値、近似した値のどれを採用するかを統一し、記録に残すことが大切です。

測定誤差を減らすには条件を固定する

胸郭拡張差は簡便ですが、巻尺の位置や張力、読み取るタイミングによって値が変化します。小さな変化を介入効果と判断する前に、測定条件がそろっているかを確認します。

胸郭拡張差の測定値が変わる主な要因
誤差要因 起こる問題 そろえる方法
巻尺の高さ 異なる胸郭部位を測ってしまう 骨指標と測定位置を記録する
巻尺の傾き 周径が実際より長くなる 前面と背面から水平を確認する
巻尺の張力 締めすぎやたるみによる誤差が出る 皮膚に沿わせる張力を一定にする
体位 胸郭・腹部の運動条件が変わる 座位、立位、背臥位を混在させない
上肢位置 肩甲帯と上部胸郭の位置が変わる 測定時の上肢位置を統一する
呼吸の指示 最大呼吸と安静呼吸が混在する 毎回同じ言葉と速度で説明する
努力・理解 胸郭可動性以外の要因で低値になる 理解度、疲労、疼痛、代償を記録する
検者 巻尺操作と読み取り方が変わる 可能なら同じ検者、同じ手順で測定する

巻尺を測定中に緩めたり締め直したりすると、吸気値と呼気値で張力が変わります。巻尺が胸郭の動きに合わせて滑りながらも、皮膚から浮かない状態を保ちます。

胸郭拡張差に全対象者共通の基準値はない

胸郭拡張差には、年齢、性別、体格、姿勢、測定部位、呼吸の指示に関係なく適用できる単一の正常値はありません。「3cm未満なら異常」など、一つの数値だけで胸郭可動性の異常を確定することは避けます。

研究で示された平均値を参照する場合も、対象者の年齢や健康状態、測定部位、体位、呼吸条件が自分の測定と一致しているかを確認する必要があります。若年健常者の値を高齢者、術後患者、呼吸器疾患患者へそのまま適用することはできません。

臨床では、次の比較に使用しやすい評価です。

  • 同一対象者の初回評価と再評価
  • 呼吸練習や体位調整の実施前後
  • 同じ測定部位における経時的変化
  • 胸郭運動の視診・触診や呼吸困難との照合
  • 呼吸機能、筋力、疼痛、姿勢など他所見との照合

小さな数値変化がみられても、測定誤差の範囲か、実際の変化かを単回測定だけで判断することは困難です。値の変化に加えて、呼吸のしやすさ、疼痛、呼吸数、努力呼吸、動作時反応などが同じ方向に変化しているか確認します。

低値でも原因を胸郭の硬さだけに限定しない

胸郭拡張差が小さいことは、測定部位の周径変化が小さいことを示します。しかし、その原因が関節・軟部組織の可動性低下とは限りません。

胸郭拡張差が小さい場合に確認する要因
要因 追加で確認する内容
測定条件 巻尺の位置、体位、上肢位置、張力、指示方法
理解・努力 最大吸気・最大呼気の理解、疲労、協力度
疼痛 胸部、肋骨、脊柱、肩関節、術創周囲の疼痛
姿勢・運動 円背、体幹前屈、胸椎運動、肩甲帯の代償
呼吸筋機能 吸気筋力、呼気筋力、咳嗽力、疲労
呼吸器・胸郭病変 呼吸音、呼吸困難、画像所見、術後・外傷歴
体格・軟部組織 肥満、浮腫、筋量、巻尺の適合状態

胸郭拡張差だけでは、拘束性換気障害、無気肺、胸水、呼吸筋力低下などを診断できません。呼吸機能検査、画像、聴診、症状、病歴などと組み合わせて解釈します。

また、胸郭拡張差が増えた場合も、必ずしも換気量や運動耐容能が同じ割合で改善したとは限りません。胸郭周径、肺気量、ガス交換、呼吸困難はそれぞれ異なる情報です。

左右差は視診・触診を組み合わせて確認する

「胸郭拡張差」という名称から、左右の胸郭運動の差と誤解されることがあります。しかし、巻尺で求める胸郭拡張差は、吸気時胸囲と呼気時胸囲の差です。

左右の胸郭運動を確認する場合は、対象部位へ左右対称に手を当て、吸気時の移動量、動き始めるタイミング、呼気時の戻りを比較します。前胸部、側胸部、後胸部では観察できる運動が異なるため、疑う部位に合わせて確認します。

左右差がある場合も、触診だけで原因を確定しません。疼痛、手術歴、胸腔ドレーン、姿勢、筋緊張、呼吸音、画像所見などと照合します。

最大呼吸を求める前に安全性を確認する

胸郭拡張差の測定は非侵襲的ですが、最大吸気と最大呼気は安静呼吸より負担が大きくなります。測定中は、呼吸困難、胸痛、めまい、疲労、咳嗽、SpO₂や脈拍の変化を確認します。

以下の場合は、通常の最大呼吸による測定をそのまま行わず、実施の必要性と方法を再検討します。

  • 安静時から呼吸困難や努力呼吸が強い
  • 急激なSpO₂低下や呼吸状態の変化がある
  • 原因を確認していない胸痛や強い背部痛がある
  • 肋骨骨折や胸部外傷が疑われる
  • 胸部・腹部術後で呼吸時痛や創部への負担がある
  • 胸腔ドレーン、カテーテル、装具などが測定部位にある
  • 指示理解が難しく、無理な息こらえにつながる

症状が増悪した場合は測定を中止し、安楽な体位へ戻して状態を確認します。患者固有の管理目標、医師の指示、施設の中止基準がある場合は、それらを優先してください。

胸郭拡張差測定で起こりやすい間違い

測定部位を「胸のあたり」とだけ記録する

数cm高さが変わると、異なる胸郭部位を測ることになります。「剣状突起部」「第10肋骨部」など、再現できる骨指標を記録します。

巻尺が背部で斜めになっている

前面だけ高さを合わせても、背部で巻尺が上方または下方へずれている場合があります。可能であれば側面と背面も確認し、胸郭を水平に一周させます。

吸気と呼気で巻尺の張力が変わる

吸気時だけ巻尺を緩めると拡張差が大きくなり、呼気時に締めると胸囲が小さくなります。皮膚への接触を維持しながら、胸郭運動を妨げない張力にそろえます。

体幹や肩甲帯の代償を見落とす

最大吸気時に肩をすくめる、腰を反らす、体幹を後方へ倒すと、前回と異なる運動条件になります。代償を完全に禁止するのではなく、どのような方法で最大吸気を行ったか記録します。

数値だけで介入効果を決める

胸郭拡張差が変化しても、巻尺の位置や努力量が異なれば介入効果とは判断できません。条件をそろえた測定値と、症状、呼吸状態、胸郭運動を組み合わせます。

記録は測定値と条件をセットで残す

胸郭拡張差は数値だけを記録しても、前回と同じ方法だったか判断できません。少なくとも、測定部位、体位、呼吸条件、吸気値、呼気値、拡張差をセットで残します。

胸郭拡張差を記録するときの項目
項目 記録内容 記録例
測定部位 巻尺を合わせた骨指標 剣状突起部
体位 座位、立位、背臥位など 端座位・足底接地
上肢位置 測定中の上肢・肩甲帯の位置 両上肢下垂位
呼吸条件 最大吸気・最大呼気、実施状況 口頭指示にて最大呼吸可能
測定値 吸気時胸囲、呼気時胸囲、拡張差 吸気86.2cm、呼気82.8cm、差3.4cm
測定品質 代償、疼痛、理解、再現性 肩甲帯挙上なし、疼痛なし
呼吸状態 必要に応じて酸素条件、症状、SpO₂ 室内気、呼吸困難増悪なし
採用方法 測定回数と採用した値 3回測定した最大値を採用

記録例は次のようになります。

端座位・足底接地・両上肢下垂位。剣状突起部にて胸郭拡張差を測定。最大吸気時86.2cm、最大呼気時82.8cm、拡張差3.4cm。3回測定した最大値を採用。指示理解良好、体幹伸展と肩甲帯挙上による明らかな代償なし。胸痛・めまい・呼吸困難の増悪なし。

徒手的な介入前後で胸郭運動を比較する場合は、徒手胸郭伸張法のやり方|4手技の選び方と注意点もあわせて確認できます。

胸郭拡張差についてよくある質問

胸郭拡張差の正常値は何cmですか?

全対象者に共通する一つの正常値はありません。年齢、性別、体格、測定部位、体位、呼吸方法によって値が異なります。研究値を参照する場合は測定条件を確認し、臨床では同一条件での経時比較を中心に使用します。

腋窩・剣状突起・第10肋骨をすべて測りますか?

必ず3部位すべてを測る必要はありません。上部・中部・下部胸郭のどこを評価したいかに応じて選びます。経過を比較する場合は、同じ部位を同じ条件で測定してください。

吸気と呼気のどちらを先に測りますか?

重要なのは、施設や対象者ごとに順序を統一することです。本記事では最大呼気時を確認してから最大吸気時を測る方法を示しましたが、採用する手順、測定回数、採用値を記録すれば、異なる順序を用いることも可能です。

胸郭拡張差で左右差を測れますか?

巻尺による胸郭拡張差は胸囲全体の吸気・呼気差であり、左右を別々に測る方法ではありません。左右差は視診・触診で確認し、必要に応じて呼吸音、疼痛、画像所見などと照合します。

まとめ

胸郭拡張差は、同じ測定部位における最大吸気時胸囲と最大呼気時胸囲の差です。腋窩部、剣状突起部、第10肋骨部などから目的に合う位置を選び、巻尺を水平に当てて測定します。

  • 胸郭拡張差は吸気時胸囲から呼気時胸囲を引いて求める
  • 測定部位は骨指標を用いて明確にする
  • 体位、上肢位置、呼吸の指示、巻尺の張力をそろえる
  • 全対象者に共通する一つの正常値はない
  • 低値だけで疾患や原因組織を断定しない
  • 左右差は視診・触診を組み合わせて確認する
  • 再評価では測定値と測定条件をセットで比較する

胸郭拡張差を呼吸機能そのものとして扱うのではなく、胸郭運動、症状、呼吸音、呼吸筋力、運動耐容能などを補完する情報として使用することが大切です。

参考文献

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著者情報

この記事は、脳卒中認定理学療法士、褥瘡・創傷ケア認定理学療法士、登録理学療法士、3学会合同呼吸療法認定士の資格を持つ現役理学療法士が、呼吸理学療法の臨床経験と公開された研究をもとに作成しています。

胸郭拡張差だけで個別患者の呼吸器疾患や胸郭機能障害を診断することはできません。急激な呼吸困難、胸痛、SpO₂低下などがある場合は、測定の継続より状態確認と医師・看護師への報告を優先してください。