エルゴメーター理学療法のゴールと全体像
本記事のゴールは、エルゴメーターを「何となく 20 分回す道具」から、目的と強度をコントロールできる有酸素トレーニングツールに格上げすることです。具体的には、①負荷(W)の意味を理解し、②心拍・RPE・血圧と組み合わせて安全に強度設定を行い、③歩行・ADL の変化と結びつけて評価できる状態を目指します。
対象は、回復期・維持期・通所リハなどでエルゴメーターを多用する新人〜中堅の理学療法士です。心不全・虚血性心疾患・脳卒中・整形疾患・フレイル高齢者など、さまざまなケースで「どのくらいの W から始めて、どこまで上げてよいか?」という悩みを整理しながら、現場で使いやすい負荷設定と記録のコツをまとめます。
エルゴメーターの負荷「W」とは?|仕事率と運動強度
エルゴメーターの「W(ワット)」は、単位時間あたりの仕事量=仕事率を表す物理量です。同じ 50 W でも、回転数(rpm)やペダルの重さ(トルク)の組み合わせによって体感が変わるため、「W だけを見れば強度が決まる」というよりは、心拍・RPE・動作観察とあわせて解釈する数字と捉える方が実務的です。
エルゴメーターの機種によって、同じ 50 W でも「軽く感じる」「かなり重い」といった差が出ることも少なくありません。これは負荷方式(ブレーキ式・電磁式など)やキャリブレーション、サドル高やペダル位置の調整に左右されます。そのため新人のうちは、「この機種で 30 W はどのくらいの RPE・心拍になりやすいか?」を経験的に把握しておくと、安全な負荷設定の助けになります。
運動強度の目安としては、軽度〜中等度の有酸素運動が RPE 11〜13 程度、やや強い〜強い運動が RPE 13〜15 程度とされます。エルゴメーターでも、まずは「患者さんが RPE 11〜13 程度でこげる W と回転数」を探り、そこから心拍・血圧・症状を確認しながら微調整していく考え方が基本になります。
エルゴメーターで期待できる理学療法効果
エルゴメーターは、下肢筋を中心とした有酸素運動として、さまざまな身体機能の改善に寄与します。代表的なのは、最大酸素摂取量や嫌気性代謝閾値(AT)などの運動耐容能の向上であり、6 分間歩行距離(6MWD)や日常の歩行量の増加につながることが期待されます。また、下肢筋の持久力が高まることで、長距離歩行や坂道歩行、階段昇降などの ADL にも波及効果が見られます。
代謝面では、2 型糖尿病や脂質異常症、肥満などに対する運動療法として、インスリン感受性の改善や体脂肪率の減少が報告されています。高齢者では、エルゴメーターを用いた有酸素トレーニングが筋量そのものを大きく増やすわけではないものの、サルコペニア・フレイルの進行予防や転倒リスク低減に間接的に寄与する可能性があります。重要なのは、「何分 × 週何回 × どのくらいの強度」をある程度継続して実施できるよう、リハビリチームで計画・フォローすることです。
負荷設定の基本|何 W から始めてどう増やすか
エルゴメーターの負荷設定は、①RPE、②心拍数、③血圧・症状の 3 本柱で考えると整理しやすくなります。一般的には、「軽い〜ややきつい」に相当する RPE 11〜13 程度が安全なスタートラインです。まずは安静時心拍・血圧を測定し、既往歴(心不全・狭心症・不整脈など)や内服薬(β 遮断薬など)を確認したうえで、20〜30 W 程度から試し乗りを行いましょう。
初回は 3〜5 分ごとに RPE・心拍・血圧・自覚症状を確認し、RPE 13 を超えない範囲で 5〜10 W ずつ漸増するイメージです。安全側に振る場合は「RPE 11〜12/安静時+20〜30 拍/収縮期血圧 180 mmHg 未満/症状なし」を目安にし、それを超えた場合は負荷を下げる・中止して安静と再測定を行う対応が基本となります。2〜3 回のセッションで「この患者さんの 10〜20 分間の“ちょうどよい負荷”」を探し、その後は週ごとの経過に応じて W を微調整していくとよいでしょう。
対象別のエルゴメーター運動処方(例)
疾患・病期ごとに、エルゴメーターの開始基準や上限強度の目安は異なります。ここでは、代表的な対象について「初期負荷の目安」と「注意ポイント」を整理します。あくまで一例であり、実際には各施設の心リハ・運動療法のプロトコルや主治医の指示を優先してください。
| 対象 | 初期負荷の目安 | 目標 RPE | 主な注意ポイント |
|---|---|---|---|
| 心不全・虚血性心疾患(安定期) | 20〜30 W 程度から開始 | 11〜12(楽〜ややきつい) | 胸痛・圧迫感・息切れ増悪、不整脈、収縮期血圧 180 mmHg 以上または 20 mmHg 以上の低下で中止。 |
| 脳卒中(発症後亜急性〜回復期) | 10〜20 W 程度から試行 | 11〜13 | 麻痺側のペダリング・体幹保持を確認し、易疲労性や痙縮の増悪に注意。高血圧・起立性低血圧を事前評価。 |
| 整形外科(膝 OA・THA/TKA 術後) | 10〜20 W 程度、疼痛軽度の範囲 | 11〜13 | サドル高を調整し、膝屈曲角度が過度になりすぎないよう配慮。痛みが増悪する場合は負荷・時間を減らす。 |
| フレイル・サルコペニア高齢者 | 10 W 前後から短時間(5〜10 分) | 9〜11(非常に楽〜楽) | バランス・意識レベル・体調変化を優先的に観察。転倒リスクがあれば跨り動作の介助や固定具の利用を検討。 |
| メタボリック症候群・生活習慣病 | 20〜40 W 程度(RPE 11〜13 を目安) | 11〜13 | 高血圧・糖尿病合併症(網膜症・腎症など)に応じて血圧・足部の状態を確認し、無理な漸増を避ける。 |
よくある失敗とその対策|“回しているだけ”リハからの脱却
エルゴメーターは汎用性が高い一方で、「とりあえず 20 分まわす」だけのメニューになりがちです。よくある失敗の 1 つは、W の数字だけを追いすぎて、患者の主観やバイタルを軽視することです。たとえ 30 W でも、RPE 15 以上・息切れや胸部不快感が強い場合は強度過多であり、負荷を下げるか中止すべき状況です。
もう 1 つは、記録が「40 W・20 分」といった処方内容のみで終わり、評価につながらないケースです。少なくとも「開始時/終了時の HR・BP・SpO₂・RPE」は残し、週ごとに変化を俯瞰できるようにしておくと、「同じ 40 W でも心拍が下がってきた」「同じ RPE で 10 W 上げられるようになった」といった改善を可視化できます。これが患者さん自身のモチベーションにもつながります。
評価と記録のポイント|歩行・ADL とのつなげ方
エルゴメーター単体の記録にとどまらず、歩行や ADL と結びつけて評価することが重要です。前後での血行動態(HR・BP・SpO₂)と RPE に加え、週単位では 6 分間歩行距離、TUG、日常の歩数などを併用すると、運動耐容能の変化を立体的に把握できます。呼吸・循環・運動耐容の評価全体の流れは、院内ルールや既存の評価プロトコルと揃えておくと、新人スタッフも迷いにくくなります。
具体的な運動耐容評価の設計や、6 分間歩行・シャトルウォークテストなどとの組み合わせ方については、院内の心リハチームや循環器内科と相談しながら、施設としての標準プロトコルを整備していくことが望ましいです。また、エルゴメーターによる処方・評価結果は、カンファレンスや退院サマリーで共有し、在宅や通所リハでの運動継続につなげていきましょう。
現場の詰まりどころ
現場でよく詰まりやすいポイントを、理学療法士目線で整理しておきます。
- CPX がなく、どのくらいの強度が「安全で有効」なのか自信が持てない:RPE と心拍を軸に、初期は安全側に振ってスタートし、2〜3 回のセッションで「患者ごとの適正ゾーン」を探ることが現実的です。
- 心疾患患者で強度を上げるのが怖く、弱すぎる負荷で固定してしまう:安静時 HR・BP と症状の確認を徹底したうえで、医師・看護師と中止基準を共有し、少しずつ漸増していくプロセス設計が大切です。
- フレイル高齢者では、跨り動作や姿勢保持だけで精一杯になってしまう:乗り降りや体幹保持に介助をつける、固定式・三輪タイプを選ぶなど、「安全に乗れる環境づくり」から介入する必要があります。
- エルゴメーターの記録がカルテと結びつかず、“メニュー表”で終わってしまう:少なくとも週 1 回は、歩行・ADL 評価と並べて振り返る時間を作り、負荷設定の見直しや退院後の運動提案に反映させましょう。
よくある質問
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Q1. 何 W まで上げてよいか、上限の目安はありますか?
上限を一律の W で決めることはできず、RPE・心拍・血圧・症状を総合して判断します。一般的には、RPE 13〜14(ややきつい〜きつい)の範囲で、安静時+20〜30 拍程度、収縮期血圧 180 mmHg 未満・著明な低下なし・症状なしであれば、短時間のトレーニングとして許容されるケースが多いです。一方で、心不全や狭心症の既往がある場合は、心リハチームのプロトコルや主治医の指示を優先し、RPE・心拍上限を個別に設定することが重要です。
Q2. CPX がない施設でも「それなりに科学的」な負荷設定はできますか?
CPX がなくても、6 分間歩行・TUG・安静時 HR・RPEなどを組み合わせることで、実務上十分な精度で負荷設定を行うことは可能です。例えば、初回に 6 分間歩行を実施し、「歩行時と同程度の RPE・心拍」でこげる W を探る方法があります。そのうえで、「RPE 11〜13/安静時+20〜30 拍/症状なし」を基準に、5〜10 W ずつ漸増・見直しを行うことで、経験だけに頼らない負荷設定がしやすくなります。
Q3. エルゴメーターとトレッドミル、どちらを優先すべきですか?
どちらが優れているというより、評価したい能力と安全性で選びます。バランスや歩容、転倒リスクの評価を重視するならトレッドミルが有利ですが、心疾患や高度のフレイルでは転倒リスクが高くなります。一方で、エルゴメーターは転倒リスクが低く、下肢筋の持久力や有酸素能のトレーニングに適しています。実務的には、急性期〜亜急性期はエルゴ中心、歩行の安定と自己管理能力が高まってきた段階でトレッドミルや屋外歩行へと幅を広げる、という流れが取り入れやすいでしょう。
おわりに
エルゴメーターは、「安全の確保 → 段階的な負荷設定 → スケールや歩行テストでの評価 → 再調整」という臨床のリズムを回しやすい有酸素トレーニングツールです。負荷(W)の数字に振り回されるのではなく、RPE・心拍・血圧・症状とあわせて解釈し、患者さんの目標とつながる形でメニューを組み立てることで、「とりあえず 20 分回す」リハから一歩抜け出すことができます。
また、エルゴメーターのような運動療法は、施設の人員配置や教育体制、心リハチームとの連携によって介入の質が大きく変わります。将来的に心大血管疾患リハや運動器リハを深めたい場合は、自分がどのような環境で学びたいかを整理しながら、転職や部署異動のタイミングで職場環境を見直していくことも重要です。面談準備チェックや職場評価シートなどのツールも活用しつつ、「エルゴメーターを含めた運動処方をきちんと学べる環境か?」という視点を持ってキャリアを設計していきましょう。
参考文献
- American College of Sports Medicine. ACSM’s Guidelines for Exercise Testing and Prescription. 11th ed. Wolters Kluwer; 2021.
- 日本循環器学会ほか. 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(2021 年改訂版).
- 日本心不全学会ほか. 慢性心不全治療ガイドライン(2021 年改訂版).
- 日本サルコペニア・フレイル学会ほか. サルコペニア・フレイルに対する運動療法指針.
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

