糖尿病リハの運動療法ガイド(結論:血糖・合併症・記録を 1 本でつなぐ)
糖尿病の運動療法は、「何をどれだけやるか」だけでは安全に回りません。実務で先にそろえるべきなのは、① 運動前の条件( 血糖・食事・薬・体調 )をそろえる、② 合併症で避けたい負荷を把握する、③ FITT で処方し、次回に活きる形で記録する、の 3 点です。
この記事で答えるのは、PT / OT が糖尿病患者の運動療法をどう始め、どう調整し、どう残すかです。低血糖発生時の詳細対応や、フットスクリーニングの実施手順までは深掘りせず、病棟・外来・通所・訪問で再現しやすい「総論の型」に絞って整理します。最後に、現場で使える A4 記録シート PDF も置いています。
評価や記録の型は、個人の努力だけで安定するとは限りません。教育体制がない、相談相手が少ない、教材に触れにくいと感じるなら、学び方と環境の整え方を先に整理しておくと動きやすくなります。
このページでわかること(最短で現場に落とす順番)
読む順番に迷ったら、① 運動前の条件確認、② 合併症別の注意、③ FITT での処方、④ 運動中・後の観察、⑤ 記録と共有、の順で見てください。先に「開始条件と負荷調整の考え方」をそろえると、処方と記録がぶれにくくなります。
ゴールは、血糖値だけを見て終わることではありません。その日の条件 → 実施内容 → 反応 → 次回調整 を 1 本で残し、患者さんのセルフマネジメントとチーム共有につなげることです。
対象と前提(誰に・どの場面で使うか)
本記事は、糖尿病(主に 2 型)でリハ介入中、または併存症として糖尿病を持つ方に対して運動療法を実施・指導する PT / OT を想定しています。インスリンや SU 薬などの薬物療法、食事タイミング、体調(感染・脱水・睡眠不足)で安全域は変わるため、実施前に「今日の条件」をそろえることが前提です。
競技スポーツや高強度トレーニングの処方ではなく、病棟・外来・通所・訪問で無理なく継続できる運動療法を中心に扱います。施設ルールや医師指示がある場合はそれを上位とし、本記事は確認・処方・記録の共通フォーマットとして使ってください。
運動前の血糖値「目安」と対応(まずここで迷わない)
現場で詰まりやすいのは「この血糖でやっていいか」です。ここで大事なのは、血糖を単独で見ないことです。低血糖症状があれば中止して対応を優先し、高血糖でも体調不良やケトンが疑われるときは無理をしません。迷うときは、強度を上げる前に条件をそろえるほうが安全です。
特に、食事・薬・体調の 3 点をセットで確認すると、「いつもと違う」を拾いやすくなります。血糖値が同じでも、食事が遅れている、補食がない、感染兆候がある、などで実施判断は変わります。
| まず見ること | 起こりやすいリスク | 現場対応の型 | 記録に残す一言 |
|---|---|---|---|
| 低血糖症状の有無 | 転倒・意識障害 | 症状があれば中止して対応を優先 | 症状:あり/なし |
| 食事と薬(直近) | 低血糖/高血糖のぶれ | 食事時刻・薬の種類と投与時刻を確認 | 食事:○時、薬:○ |
| 体調(感染・脱水) | 高血糖の悪化、体調急変 | 不良なら強度を下げる/実施見合わせも検討 | 体調:要点 |
運動前チェック(抜け漏れを防ぐ最小セット)
運動前は「血糖・薬・食事・体調」を毎回同じ順番で確認すると、判断がぶれにくくなります。血糖値が許容範囲でも、直近の食事が取れていない、薬の条件がいつもと違う、睡眠不足や発熱がある、といった条件の違いが事故の引き金になることがあります。
チェック項目を固定して、同じ欄に残すことがポイントです。書く内容を増やすより、毎回同じ順番で確認して、毎回同じ場所に書くほうが、教育コストも共有の質も安定します。
合併症別の注意点(避けたい負荷を先に押さえる)
糖尿病の運動療法では、「何をするか」より先に「どんな負荷を避けるか」を決めるほうが実務的です。網膜症・腎症・神経障害・足病変があると、同じ運動でも悪化しやすい条件が変わります。禁忌を丸暗記するより、息こらえ・急な高負荷・皮膚損傷・感覚低下による気づきにくさ を避ける発想が使いやすいです。
迷うときは、強度を下げる、休息を増やす、荷重様式を変える、時間を短くするなど、後戻りしやすい調整から始めます。所見を残しておくと、次回の処方判断が早くなります。関連:糖尿病リハ評価の全体像
| 合併症 | 特に注意する状況 | 運用のコツ(例) |
|---|---|---|
| 網膜症 | 息こらえ・急な高負荷、頭部が下がる姿勢 | 呼吸を止めない負荷設定、反復は段階的に |
| 腎症 | 血圧変動が大きい場面、疲労の蓄積 | 主観強度でそろえ、休息も処方に含める |
| 神経障害(感覚) | 痛み・違和感に気づきにくい | 靴・皮膚観察を定型化し、運動後も確認 |
| 自律神経障害 | 心拍が指標になりにくい、起立時症状 | 会話テスト・主観強度を中心に使う |
| 足病変 | 胼胝・発赤・潰瘍、荷重で悪化 | 荷重量・靴・歩行量を調整し、変化は共有 |
運動処方は FITT で組み立てる(有酸素+レジスタンス)
処方は、頻度( Frequency )、強度( Intensity )、時間( Time )、種類( Type )に分けると、チーム共有がしやすくなります。糖尿病では、有酸素運動とレジスタンス運動を無理なく併用し、継続できる負荷で始めるのが基本です。強度指標は、心拍が使いにくい人では主観強度や会話テストを軸にそろえます。
このページの役割は、「正解の種目を 1 つ決める」ことではなく、その日の条件に合う処方を再現できる形で残すことです。実施した内容だけでなく、注意点や再評価条件もセットで記録してください。
| 要素 | 有酸素(例) | レジスタンス(例) | 共有のコツ |
|---|---|---|---|
| Frequency | 週の回数を決める(まずは継続優先) | 週 2〜3 回から段階的に | 今週は何回できたかを残す |
| Intensity | 主観強度/会話テストでそろえる | 息こらえを避ける負荷設定 | 指標を 1 つに固定して共有 |
| Time | 1 回の時間と休息を決める | 回数・セットを段階化する | 疲労の残り方も一言残す |
| Type | 歩行・自転車・踏み台など | 下肢中心の基本種目など | 足病変があれば荷重様式を調整 |
運動中・運動後の観察(次回に活きる記録の残し方)
運動中は、低血糖症状、胸部症状、息切れ、ふらつきなどの拾い上げが最優先です。運動後は、必要時の血糖値だけでなく、補食・休止・連絡の有無までセットで残すと、次回の安全域が見えます。数字だけでなく、症状・対応・調整点 が残っていると共有が安定します。
感覚低下や足病変がある方では、運動後に皮膚( 発赤、熱感、靴擦れ、胼胝の変化 )を短時間で確認しておくとトラブルを早く拾えます。小さな所見でも 1 行残せる設計にしておくのがコツです。
| 記録項目 | 最低限残す内容 | なぜ必要か |
|---|---|---|
| 開始前の条件 | 血糖、食事時刻、薬、体調 | 当日の安全域を後から確認できる |
| 今回の処方 | 種目、時間、強度、休息 | 次回に再現しやすい |
| 実施中の反応 | 症状の有無、主観強度、途中調整 | 負荷が適切だったか判断できる |
| 終了後の対応 | 補食、休止、連絡、足の所見 | 再発予防と共有に使える |
| 次回の調整点 | 時間帯、負荷、注意点 | 次回の迷いを減らせる |
A4 記録シート PDF(印刷・現場持ち歩き用)
現場では、「確認 → 処方 → 記録 → 共有」を 1 枚で回すとブレが減ります。下の PDF を印刷してご利用ください。
PDF をプレビュー表示(タップで開く)
現場の詰まりどころ/よくある失敗(対策までセット)
糖尿病の運動療法は、知識不足よりも「運用のズレ」で事故りやすい領域です。特に多いのは、血糖確認が前提になっていない、低血糖時の対応がチームで統一されていない、足の見方が人依存になっている、強度の言葉がそろっていない、の 4 パターンです。対策は、確認順・記録欄・共有語を固定することです。
| 失敗パターン | 起きやすい場面 | 対策(最小手数) | 記録に残す一言 |
|---|---|---|---|
| 血糖の確認が曖昧 | 忙しい時間帯・情報が散在 | 運動前チェック欄を固定し、食事と薬も同じ欄に | 運動前:BG/食事/薬 |
| 低血糖対応が人によって違う | 症状が軽いと継続しがち | 症状 → 対応 → 再確認を 1 セットで統一 | 症状 → 対応 → 再確認 |
| 足病変の見落とし | 歩行量増加・靴変更 | 運動後に足部を 10 秒確認する | 足:変化なし |
| 強度設定がぶれる | 心拍が使いづらい人 | 主観強度/会話テストで運用する | 強度:主観 ○ |
よくある質問(FAQ)
各項目名をタップ(クリック)すると回答が開きます。もう一度タップで閉じます。
運動前に確認すべき「今日の条件」は何ですか?
最低限、「血糖(必要時)」「直近の食事」「薬(特にインスリンや SU 薬の条件)」「体調(感染・脱水・強い倦怠感)」の 4 点です。血糖だけで判断せず、条件の違いを拾えると安全性が上がります。
心拍が当てになりにくい人の強度はどうそろえますか?
主観強度や会話テストなど、チームで共有できる指標を 1 つ固定します。大事なのは数値の正確さより、同じ言葉で強度を再現できることです。
足の感覚が鈍い人は、運動で何に注意しますか?
痛みや違和感に気づきにくいため、靴と皮膚( 発赤、熱感、靴擦れ、胼胝 )を運動後に短時間で確認し、所見を記録に残します。変化があれば荷重様式や歩行量を調整します。
「記録」は何を残せば次回に活きますか?
数値だけでなく、「開始前の条件」「今回の処方」「症状の有無」「対応( 補食・休止・連絡 )」「次回の調整点」を 1 セットで残すと、次回の判断が早くなります。
次の一手(行動)
まずは 1 週間だけ、運動前チェック → 今回の処方 → 運動中・後の所見を同じ欄で回し、チーム内の共有の形をそろえましょう。次に、開始可/要調整/延期の判断を 1 本化すると、現場の迷いが減ります。
- 全体像から整理する:糖尿病リハ評価|初回チェックと PDF
- 開始前判断を深掘りする:糖尿病の運動療法の注意点|開始前チェックと中止基準
参考文献
- American Diabetes Association Professional Practice Committee for Diabetes. 5. Facilitating positive health behaviors and well-being to improve health outcomes: Standards of Care in Diabetes—2026. Diabetes Care. 2026;49(Suppl 1):S89-S131. doi: 10.2337/dc26-S005
- American Diabetes Association Professional Practice Committee for Diabetes. Summary of Revisions: Standards of Care in Diabetes—2026. Diabetes Care. 2026;49(Suppl 1):S6-S12. doi: 10.2337/dc26-SREV
- Kanaley JA, Colberg SR, Corcoran MH, et al. Exercise/Physical Activity in Individuals with Type 2 Diabetes: A Consensus Statement from the American College of Sports Medicine. Med Sci Sports Exerc. 2022;54(2):353-368. doi: 10.1249/MSS.0000000000002800
- Colberg SR, Sigal RJ, Yardley JE, et al. Physical Activity/Exercise and Diabetes: A Position Statement of the American Diabetes Association. Diabetes Care. 2016;39(11):2065-2079. doi: 10.2337/dc16-1728
- 日本糖尿病学会. 糖尿病診療ガイドライン 2024 4 章 運動療法. 公式 PDF
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下



コメント