片麻痺上肢の作業療法評価プロトコル
臨床で伸びる学び方の流れを見る(PT・OT キャリアガイド)
本記事は、片麻痺上肢の評価を「とりあえず ROM・筋力だけで終わってしまう」「スケールは取っているが、作業とのつながりを説明しづらい」と感じている作業療法士・理学療法士向けの評価プロトコルです。 FMA-UE / ARAT / WMFT /巧緻性テスト( Nine-Hole Peg Test, Purdue Pegboard など)を、どのフェーズで・何の目的で組み合わせるかを整理することをねらいとしています。
ここでは、個々のスケールのマニュアル解説ではなく、「機能レベルの回復をどこまで追うか」「作業レベルの変化をどう可視化するか」という観点から評価の流れを組み立てます。すでに公開している FMA-UE 解説記事 や巧緻性評価の記事とあわせて、片麻痺上肢の評価クラスター全体のハブとして使える構成を目指します。
片麻痺上肢評価の全体像(OT の視点)
片麻痺上肢の評価では、麻痺そのものの重症度だけでなく、「日常生活のどの場面で困りやすいか」「どの程度の改善があれば作業の選択肢が広がるか」を見通すことが重要です。急性期ではリスク管理と回復ポテンシャルの把握、回復期では機能回復と実用手獲得の見極め、生活期では維持・代償・片手動作戦略の整理など、フェーズごとに評価の目的が変わっていきます。
OT の立場では、機能レベル(麻痺・筋力・協調性)→ activity レベル(操作能力・巧緻性)→ participation レベル(職業・家事・趣味などの作業参加)がどのようにつながっているかを説明できることがポイントです。単に「 FMA が 10 点上がった」で終わらせず、「 ARAT のつまみ動作が改善し、衣類のボタン留めが自立に近づいた」「 WMFT の所要時間短縮が更衣・トイレ動作の時短につながった」といった形で、作業との関連を記録・共有していきます。
機能レベルと作業レベル:どこまで測るか
片麻痺上肢の評価は、どうしても麻痺の程度や ROM・筋力に偏りがちですが、作業療法としては「どのレベルまで詳細に測ると臨床判断が変わるのか」を意識しておくことが大切です。例えば、急性期のごく初期では、 FMA-UE の一部項目と徒手筋力・関節可動域だけでも、予後予測やポジショニング方針の検討には十分なこともあります。
一方、回復期〜生活期で「自宅復帰後に上肢をどこまで実用手として使うか」「利き手交換でいくのか」を判断する場面では、 ARAT や WMFT、 Nine-Hole Peg Test/ Purdue Pegboard など、 activity レベルのパフォーマンス評価が重要になってきます。すべてのスケールをフルセットで実施する必要はなく、症例のフェーズとゴールに応じて「いま知りたいレベル」を選択する視点が現場では現実的です。
主な評価スケールと使い分け(FMA・ARAT・WMFT・巧緻性)
ここでは、片麻痺上肢で代表的に用いられる評価スケールを「目的」と「フェーズ」の観点からざっくり整理します。詳細な手順やカットオフ値は、各スケールの個別記事や原著論文を参照してください。
※スマートフォンでは横スクロールしてご覧ください。
| スケール名 | 主な目的 | 評価レベル | 想定フェーズ | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| FMA-UE | 麻痺パターンと随意性の回復段階を定量化 | 機能レベル(運動麻痺) | 急性期〜回復期全般 | 自然回復や CI 療法などの対象選定・経過追跡に有用。 |
| ARAT | 把持・つまみ・粗大動作を通じた上肢機能の実用度評価 | activity レベル(操作能力) | 回復期〜生活期 | 日常動作に近いタスク構成で、作業への橋渡しがしやすい。 |
| WMFT | 15 課題の所要時間と FAS によるパフォーマンス評価 | activity レベル(速度+質) | 回復期〜生活期 | 時間スコアが取れるため、訓練前後の変化がわかりやすい。 |
| Nine-Hole Peg Test | 指先の巧緻性・スピードの評価 | activity レベル(巧緻性) | 回復期〜生活期 | ボタン留め・書字など、細かい作業への影響を推測しやすい。 |
| Purdue Pegboard | 片手/両手の協調性とスピードの評価 | activity レベル(両手協調) | 回復期〜生活期 | 職業復帰(手作業)や両手作業の見通しを立てる際に有用。 |
現場の詰まりどころ(よくあるつまずきと対策)
片麻痺上肢の評価では、「スケールが多すぎてどれを選べばよいかわからない」「点数は取ったがカンファレンスでどう説明するか迷う」「訓練中心で、作業場面の観察が後回しになる」といった悩みが生じやすくなります。特に、忙しい病棟では、 FMA-UE のみで上肢評価を完結させてしまい、ボタン留め・書字・調理などの課題とのつながりが見えにくくなることが少なくありません。
対策としては、まず部署内で「うちの標準セット」を決めておくことが有効です(例:急性期では FMA-UE+簡単な試行課題、回復期では FMA-UE+ ARAT または WMFT+巧緻性テストなど)。さらに、評価記録には「作業への意味づけコメント」を 1 行でも必ず添えるルールを作ると、スケールの点数がただの数字で終わらなくなります。例えば、「 ARAT のつまみ課題でスムーズに操作可能 → シャツのボタン留め練習に展開予定」のように、評価から介入へのストーリーを明示しておくイメージです。
よくある質問( FAQ )
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Q1.全スケールを行う時間がありません。どれを優先すべきですか?
時間が限られている場合は、まずフェーズとゴールから逆算して優先順位を決めます。急性期では FMA-UE を軸に麻痺の回復段階とリスク管理を、回復期では ARAT か WMFT のどちらか一方+巧緻性テストを選び、生活期では Nine-Hole Peg Test や Purdue Pegboard のような細かいパフォーマンス評価に比重を置く、という考え方が現実的です。
Q2.スケールの点数と ADL の自立度が一致しないことが多いです。
評価スケールはあくまで「一定条件下でのパフォーマンス指標」であり、環境設定や代償動作、利き手交換などの工夫によって ADL が自立している場合もあります。点数と ADL がずれているときは、「どの条件だとスコア以上にできているのか」「どんな工夫があればスコア以下の場面でもカバーできるのか」に注目して記録すると、リハビリの方向性が見えやすくなります。
Q3.OT と PT の上肢評価が重複するとき、どのように役割分担すればよいですか?
PT が主に立位バランスや歩行時の上肢協調、筋力・ ROM をみている場合、OT は「手としての実用度」と「具体的な作業での使い方」にフォーカスすると差別化しやすくなります。例えば、「歩行中の振りは PT の評価を参照しつつ、更衣・食事・書字など座位中心の作業場面での課題と強みを整理する」といった分担が考えられます。
おわりに
片麻痺上肢の評価は、スケールの数も多く、すべてを完璧に使いこなそうとするとハードルが高く感じられます。しかし、実際の臨床で求められているのは、「この人の上肢が、どの作業で・どの程度使えそうか」をわかりやすく説明する力です。機能レベルと作業レベルの情報を意識的に組み合わせ、少数のスケールを丁寧に運用するだけでも、評価の説得力は大きく変わってきます。
評価や目標設定の整理に悩むときは、見学や情報収集の場面でも使える面談準備チェック( A4 ・ 5 分)と職場評価シート( A4 )を活用すると、自分の学び方や働き方の棚卸しにもつながります。詳しくはこちらのダウンロードページから確認してみてください。
参考文献
- Fugl-Meyer A R, Jääskö L, Leyman I, et al. The post-stroke hemiplegic patient. 1. A method for evaluation of physical performance. Scand J Rehabil Med. 1975;7(1):13-31.
- Lyle R C. A performance test for assessment of upper limb function in physical rehabilitation treatment and research. Int J Rehabil Res. 1981;4(4):483-492. doi:10.1097/00004356-198112000-00001
- Wolf S L, Catlin P A, Ellis M, et al. Assessing Wolf Motor Function Test as outcome measure for research in patients after stroke. Stroke. 2001;32(7):1635-1639. doi:10.1161/01.STR.32.7.1635
- Mathiowetz V, Weber K, Kashman N, et al. Adult norms for the Nine Hole Peg Test of finger dexterity. Occup Ther J Res. 1985;5(1):24-38.
- Tiffin J, Asher E J. The Purdue Pegboard: norms and studies of reliability and validity. J Appl Psychol. 1948;32(3):234-247. doi:10.1037/h0061266
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

