片麻痺の利き手交換と作業療法評価とは
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片麻痺の上肢リハビリでは、「どこまで麻痺側を訓練し、どこから利き手交換や代償を考えるか」という悩みが必ずと言ってよいほど生じます。利き手交換の可否は、単なる筋力や可動域だけでなく、視力・認知・巧緻性・生活歴・職業など、複数の条件が組み合わさった結果として判断されるべきテーマです。一度方向性を決めると生活全体に大きな影響が出るため、場当たり的ではない評価と説明が求められます。
本記事では、「利き手を変える/変えない」を検討する際の評価観点と、 COPM や GAS を用いた目標設定の組み立て方を整理します。上肢全体の評価プロトコルは 片麻痺上肢の作業療法評価プロトコル もあわせて参照しつつ、「利き手」という生活に直結するテーマをどう扱うかを、作業療法士の視点から解説します。
利き手交換を検討するタイミングと前提条件
利き手交換を検討するタイミングは、原則として「自然回復の見通し」と「生活期のゴール」がある程度見えた段階が望ましいです。急性期の早い時期から「利き手はもう使えませんね」と決めつけてしまうと、麻痺側の回復ポテンシャルを十分に引き出せないまま、早期にあきらめを強いることになりかねません。一方、回復期後半〜生活期に差し掛かっても方針が固まらないと、書字や食事、更衣などの日常場面で「どっちつかず」の状態が長く続き、本人・家族ともに負担が増加します。
前提条件としては、①脳画像や発症からの経過などから大まかな回復の上限を確認すること、②現時点の機能・活動レベル(麻痺の程度・上肢機能・巧緻性など)を把握すること、③本人の生活歴や職業上のニーズ(書字の頻度、細かい作業の有無など)を整理することが重要です。これらを踏まえ、「麻痺側の実用化をどこまで狙うのか」「反対側の訓練をどこまで優先するのか」といった方針を、チームで共有できる状態を目指します。
利き手交換を判断する評価観点(視力・認知・巧緻性・職業など)
利き手交換の可否を考えるときには、麻痺側の筋力や可動域以上に、次のような観点が重要になります。まず、視機能や注意機能に問題がある場合、反対側の手であっても操作精度が十分に発揮できないことがあります。特に高次脳機能障害を合併しているケースでは、視覚探索の偏りや注意の途切れやすさが、書字や食事動作の安全性に大きく影響します。
また、巧緻性(指先のスピード・協調性)、姿勢・体幹の安定性、理解力や遂行機能、さらには職業・趣味の内容も重要な判断材料です。例えば、もともと精密作業を仕事にしていた方と、書字頻度が少ない方では、利き手交換に求められるレベルが異なります。評価では、 Nine-Hole Peg Test や Purdue Pegboard のような巧緻性テストに加え、実際の書字・箸操作・ボタン留めなどの作業場面でのパフォーマンスを、具体的な観察記録として残すことが推奨されます。
COPM・GAS を用いた目標設定と説明のフレーム
利き手交換をめぐる意思決定では、「どちらが正解か」をセラピストが一方的に決めるのではなく、本人・家族と一緒に納得できるラインを探るプロセスが重要です。その際に有用なのが、 COPM や GAS などの目標設定ツールです。 COPM を用いて「書字」「食事」「仕事」「趣味」などの作業を挙げてもらい、それぞれの重要度・達成度・満足度を自己評価してもらうことで、「どの作業を優先して改善したいのか」が見えやすくなります。
GAS では、例えば「 3 か月後に、左手(非利き手)で A4 用紙に住所氏名を書けるようになる」のように、利き手交換を前提としたゴールを 5 段階で定義できます。同時に、「麻痺側の手でコップを把持して安定して口元まで運べる」といったサブゴールを設定し、両手の役割分担をどうするかも一緒に整理しておくと、本人にとってもセラピストにとっても道筋が見えやすくなります。
両手の役割分担と環境調整の視点
利き手交換は、「完全に反対側だけを使う/麻痺側はあきらめる」という二者択一ではありません。実際の生活では、「書字・箸操作は利き手交換で対応しつつ、麻痺側はコップの保持や物品の押さえなど補助的役割を担う」「屋内 ADL は片手主体で安全にこなしつつ、一部の趣味活動では麻痺側の働きを生かす」といった、柔軟な役割分担が現実的です。
このとき重要になるのが、環境調整と道具の選択です。太軸ペンや滑り止めマット、片手で扱いやすい食器、マジックテープへの衣類改変など、作業に合わせた環境設定を行うことで、利き手交換のハードルを下げることができます。評価記録には、「どの道具であればどのレベルまでできるか」「疲労や時間制約を考えると現実的か」といった観点も併せて記載しておくと、退院調整や福祉用具選定にもつなげやすくなります。
現場の詰まりどころ(よくあるつまずきと対策)
利き手交換の実務でよくあるつまずきとして、「いつの間にか現場の慣習で利き手交換が既定路線になっている」「医師・看護師・ OT・PT の間で方針がバラバラ」「本人は麻痺側の回復を強く希望しているのに、周囲が早期にあきらめモードになっている」といった状況が挙げられます。結果として、説明不足から不信感が生まれたり、退院直前になって利き手問題が浮上し、バタバタと対応することも少なくありません。
対策としては、①評価の早い段階から「利き手の今後も一緒に考えていきましょう」とテーマを共有しておくこと、② COPM や GAS を用いて、本人の希望と現実的な見通しを可視化すること、③カンファレンスで利き手交換の方針と理由(評価結果・安全性・職業ニーズなど)を言語化しておくことが有効です。「とりあえず利き手を変えましょう」ではなく、「この条件と評価結果から、現実的には〇〇の役割分担が最も安全で、一番大事にしたい作業も守れそうです」という説明ができるかが鍵になります。
よくある質問( FAQ )
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Q1.利き手交換は早く始めた方が良いのでしょうか?
早期から非麻痺側の訓練を始めること自体は有用ですが、「利き手を変える」と確定してしまうのは慎重であるべきです。発症早期は自然回復の余地が大きく、麻痺側の実用化が十分に狙えるケースもあります。したがって、「非麻痺側での練習も進めつつ、麻痺側の回復状況を見ながら役割分担を調整する」というスタンスが現実的です。
Q2.本人がどうしても利き手交換を受け入れてくれない場合は?
利き手はアイデンティティとも深く結びつくため、心理的抵抗が強いのは自然な反応です。まずは、「今のまま利き手にこだわる場合のリスク」と「交換した場合に守れること・失われること」を具体的な作業レベルで共有することが重要です。そのうえで、部分的な利き手交換(書字だけ・食事だけなど)や、時間を区切った試行期間を設けるなど、二者択一ではない選択肢を提案すると受け入れられやすくなります。
Q3.利き手交換の方針をカンファレンスでどう説明すればよいですか?
カンファレンスでは、「評価結果」と「作業レベルのゴール」をセットで示すと伝わりやすくなります。例えば、「麻痺側の FMA-UE は〇点で肩〜手指の随意性は限定的。一方、非麻痺側は巧緻性テストで年齢相応の水準。本人が優先したい作業は『署名』『箸での食事』であったため、書字と食事は非麻痺側での利き手交換を前提とし、麻痺側はコップ保持や物品の押さえなど補助的役割を目標とする」といった形で、理由とゴールをワンセットで言語化することがポイントです。
おわりに
片麻痺の利き手交換は、スケールの点数だけでは決められない、極めて生活寄りのテーマです。だからこそ、作業療法士が中心となって、視機能・認知・巧緻性・職業歴・価値観といった多面的な評価を行い、 COPM や GAS を通して「その人らしさ」を守るための方針を一緒に考えることが重要だと言えます。訓練か代償かの二択ではなく、両手の役割分担と環境調整を含めた“グラデーション”として捉える視点が求められます。
評価や目標設定の整理に悩むときは、見学や情報収集にも使える面談準備チェック( A4 ・ 5 分)と職場評価シート( A4 )を活用すると、自分の学び方や働き方も客観的に振り返りやすくなります。詳しくはこちらのダウンロードページから確認してみてください。
参考文献
- Langhorne P, Bernhardt J, Kwakkel G. Stroke rehabilitation. Lancet. 2011;377(9778):1693-1702. doi:10.1016/S0140-6736(11)60325-5
- Kwakkel G, et al. Probability of regaining dexterity in the flaccid upper limb: impact of severity of paresis and time since onset in acute stroke. Stroke. 2003;34(9):2181-2186. doi:10.1161/01.STR.0000087172.16305.CD
- Law M, et al. Canadian Occupational Performance Measure. 4th ed. CAOT Publications ACE; 2005.
- Kiresuk T J, Sherman R E. Goal attainment scaling: A general method for evaluating comprehensive community mental health programs. Community Ment Health J. 1968;4(6):443-453.
著者情報
rehabilikun(理学療法士)
rehabilikun blog を 2022 年 4 月に開設。医療機関/介護福祉施設/訪問リハの現場経験に基づき、臨床に役立つ評価・プロトコルを発信。脳卒中・褥瘡などで講師登壇経験あり。
- 脳卒中 認定理学療法士
- 褥瘡・創傷ケア 認定理学療法士
- 登録理学療法士
- 3 学会合同呼吸療法認定士
- 福祉住環境コーディネーター 2 級
専門領域:脳卒中、褥瘡・創傷、呼吸リハ、栄養(リハ栄養)、シーティング、摂食・嚥下

